悪魔の長い手
「奇怪なしろものだな」
我は"ウェポンクリエイター"から距離を取るようにしながら言った。
奇怪、というのは控えめな表現だろう。
最初肉のかたまりのように見えたそれは、実際には人間だった。
人間のように見える、と言った方がいいだろうか。
頭部が晒したように白い骸骨であること以外は。
巨大であるため、肉で出来た体と骨の頭との接合部は見えない。
しかしおそらくは何の違和感もなく繋がっていることであろう。
「これをアイテムと言うか」
「アイテムだよ。材料を渡すだけで、何も言わないでその人にふさわしい武器を作ってくれる便利アイテム。持ち歩きは出来ないけどね。ついでに一生に一回だけ。ふさわしいかどうかを決めるのはウェポンクリエイターだから、ゴミが出来てくることもよくあるね」
制限が多いんだ、とリーティカは言った。
「わたしも若い頃試したよ。出来てきたのはでっかい扇でね。温度を一定に保つっていうアイテムスキルがついてた。今は火事に備えて学園の倉庫にしまってあるよ」
「つまり、武器というには微妙なものもある、ということだな」
「そう。でも材料はここにあるから、元手はただでやらせてあげるよ。借金あるんだろ?」
そう言って取りだしたのは鈍い光を放つ金属塊だった。
我はその金属を良く知っていた。
鉄石。
オールドワールドでは主に悪の勢力に使われていた頑強な金属である。
この世界にもあったとは知らなかった。
「知っているのか。とんでもなく希少なものなんだが、貴方はやはり得体が知れないな」
「どこで採れるのだ?」
「大きな迷宮のそれもごく下層で、まれに出ることがある。といっても加工できる者もほとんどいないから、高価じゃないがね」
リーティカは鉄石の塊をウェポンクリエイターの手の一方に載せた。
「そっち側の手に貴方の手を載せて」
我は手を重ねようとし、そしてためらった。
地下深い迷宮下層、悪の金属、人間を冒涜するような形のいにしえの魔法装置。
これは、軽々に乗れる話ではない。
背筋が凍るような悪意をどこからか感じる。
来た!
「なにをやってる?」
リーティカが怪訝そうに聞くが、振り返れない。
もう返事をしている余裕はない。
腕がほとんど物理的ほどに明確な悪意の力で押し下げられている。
この世界の輪廻は破壊されたが、その力と影響はまだ完全に廃されたわけではない。
魔人しかり、この怪しげな"ウェポンクリエイター"しかり。
どこか遥か遠い場所で含み笑いが聞こえる。
近づいて来る。
「「大儀である。褒美をとらす」」
聞き覚えのある恐ろしい声とともについに腕の力がひしがれた。
肉の焼ける嫌な匂い。
我はついに火刑の炎に追いつかれた。
「こういう時は先に呼んでほしいなあ。お客様を迎える準備もできやしない」
場違いな声がする。
我は目を見開いた。
ここはどこだ。
迷宮の中ではない。
リーティカも"ウェポンクリエイター"もいない。
狭い部屋だ。
なんの飾りもない小さな部屋。
しかし、その四隅には闇があり、真の広さは定かではない。
天井は高い。
恐ろしく高い。
天井はない。
たしかにない。
吹き抜けの遥か上から黒い光線が差し込んでいる。
「……煉獄か」
「うん。自らの領土をご覧になった感想はいかが?」
「それがしは死んだのか」
「そんな訳がないでしょ。あの程度のことでふらついちまう主君を見かねて忠臣ジェスターくんの出番ですよ」
ジェスターは我の目の前にいた。今度は黒焦げになった竜人の姿をしている。
「助かった。今度ばかりはだめかと思ったぞ」
「我が主君は自らの力をおわかりでない」
「何だと?」
「あんたは小なりといえど、世界の救い主。偽の主であってもその意志を曲げることはできない」
「しかし、さきほどは、腕すら支えられなかったぞ」
「それはあんたの意志が明確でないから。しっかりなさってくださいよ」
にわかには信じられぬ。
我は白と黒の両手を見た。
「まあ、あんたはあちらさんにとってみれば、いわばとんでもない僻地に送り込んだらうっかり出世した元部下。みたいなもので。うまくやったから褒美でもくれてやるか、と思ってらっしゃったようです。笑っておいででしたからいいようなものの、"世界の王"同士が会見して、招いた方がすぐに自分の家に引きこもってしまうというのは、言わば外交マナー違反ですからね。今後はお願いしますぜ」
「う、うむ」
「本当ですかね?」
ジェスターは黒焦げの頭を捻った。
「あ、もう時間切れだ。最後に言っときますけど、先様から頂いた贈り物を捨てたり、他の人に上げたりは絶対にしないでくださいよ!それこそ怒らせてどんなことになっても知りませんぜ!」
「やめろ!すぐに離れるんだ!」
リーティカの声がする。
我は肉の焼ける煙の中で意識を取り戻した。
手の中に白い杖がある。
その杖に触れた"ウェポンクリエイター"が苦悶している。
「ああ」
我は杖を持ちあげた。
丸い握りを持つ先細の真っ直ぐな杖だ。
軽く、白い。
この杖を我は知っている。
これは偽の主の玉座の周りに散らばる骨を削りだしたものだ。
持つだけで煮えたぎる憤怒と怨念が伝わってくる。
ジェスターによればこれを持てるのは世界に我一人。
「"ウェポンクリエイター"に傷を与える……その武器はなんだ」
リーティカの顔が白い。
「名前はそれがしも知らぬ」
「なんてことを。ワールドアイテムを傷つけるとは」
「ならばどうする」
杖の握りを確かめてみる。
「……今のところどうしようもない、な」
「そうか。では帰ろう。それがしもお主らもそれから考えればよい」
我は戻り道を辿り始めた。
リーティカが先導した。




