アルカディアの樹人
鑑定とクラス分けは次の日に行うことになった。
途方もない大騒ぎになり、当日には作業が出来ないと聞いたので復旧が済むまで一週間なりと延期するのかと思っていたが、授業の予定はきっちりと決まっており、伸ばしたりすることはほとんどできないのだそうだ。
「何しろ実家にいろいろ残して来ている人が多いからね」
ウルスラ王女が教えてくれた。
「残す?」
「婚約者とか、借金とかね。僕も婚約者いるよ?顔も覚えてないけど」
また重い話だ。
我等は鑑定を待っている。
エルネシア、フェイ、アリスも一緒だ。
鑑定石にも等級がある。
素質を見込まれた者は高級鑑定石を使われるのだが、これは学園にも数が少なく、鑑定に時間もかかるので別室で行っているのだ。
我等を含め部屋にいる者は十名。
半数をエヴィア出身者が占め、残りはローブを着た魔法使いが三名、神官が二名である。
彼等は我と目が合いそうになるとすぐにあさっての方向を向いてしまう。
完全に下々の言葉で言う"ヤバイ奴"扱いである。
ある意味当然か。
あの大爆発は非常な衝撃を各所に与えた。
敵を倒すためには大量虐殺も厭わない男だと思われているのだ。
借金を負わされた上に狂人扱いとは、まったく腹立たしい。
あの大騒ぎで得られた数少ない利点といえば、王族であるという途方もない誤解が完全に払拭されたことぐらいだろう。
代わりにエヴィア王国が秘蔵する大量殺戮兵器であるという更に滅茶苦茶な噂が流れているので、あまり利点とは言えぬが。
なぜ秘蔵の人間兵器が他国にのこのこと留学なぞするのだ。少しは頭を使えと言ってやりたいところではある。
しかし、人間兵器という点ではあながち間違ってはいないか。
フェイのステータスを確認した担当者の顔が恐ろしいしかめ面になっていた。
そして、全員のステータス確認が終わったところで、"混沌の渦"の三名のみ更に奥の別室に赴くよう指示されたのだった。
「呼びつけて悪かったな。俺はレンデュライという者だ」
そこは高級官僚の個人執務室のような場所だった。
机や本棚に乱雑に書類が積み重なり、雑多な雰囲気を醸し出している。
レンデュライは不思議な見かけの男だった。
目がおかしい。見たこともない明るい水色の瞳。皮膚の色もどこか偽物くさい。
年齢が若すぎるのも不審だ。十代と言っても通るだろう。
学園の中枢部に執務室を持つような人間にはどうしても見えなかった。
「うさんくさいか」
レンデュライは我を見て笑った。
右手を挙げて見せる。
その中指が、途中から木の枝に変わっていた。
「俺は樹人だよ。今年で二百歳の若造だがね」
「異種族が冒険者になるというのは珍しくはないんだ」
レンデュライの足は机の下で大きな水盤に突っ込まれていた。
ほそいひげ根が枝分かれしているのが見える。
毒りんごを持っていた樹の怪物。その最上位種なのだ。
「それか、行商人か。長いこと同じ場所で暮らしていると必ずばれてしまうからな。俺は自分の森を無くしてすぐに冒険者になったよ」
彼は屈託なく言った。
顔には微笑みを浮かべたままだ。
「異種族と人間は不倶戴天の敵同士ということであったが」
「ハルキス伯爵だろう?彼にとってはそうだろう。彼は自分の役目と自分自身を呪い、自分を縛りつけるものとして異種族全てを呪っている」
「誤解がある、と?」
「彼の境遇には同情を禁じ得ない。でも異種族全てにその責任を負わせるのは乱暴ではないかと思う。彼は本当はエヴィア王家と自分の両親に抗議すべきだったのじゃないかな」
「それこそハルキス伯爵には酷な言い方ではないか」
「うむ。だから、色々あるということさ。それに彼も変わるよすがを見つけたらしい」
彼の緑の指が我を差した。
「君がなんであれ、伯爵には救いとなったらしいな。ヨーハン・ハイデンベルク。"混沌の渦"よ」
「貴方は魔人なのか」
ステータスが公になる覚悟はしている。
だが、この段階で我が人間でないことが魔人の側に確定で知れるのはあまり良くないことのように思えた。
「俺は冒険者だよ。言っただろう?さらに言えばアルカディアの十人評議会の一人で、冒険者学園の理事でもある。樹人が絶滅状態の今となってはここが俺の故郷だ」
だから、とレンデュライは両手を組んでこちらを見透かすようにした。
「君がアルカディアと冒険者学園にとって如何なる存在かを教えてほしいのだ」




