入学試験・後半(ハプニング付き)
なかなか試験の順番が回って来ない。
午後いっぱいをかけて合格した者もそうでない者もゆっくりと退出していき、待機者が減っていく。
窓から入る光が赤く染まりだすころ、ウルスラ王女の順番が来た。
エルネシアは既にオークを床の赤い染みに変えて午前中に合格している。
「一人で戦うのは初めてだし、ちょっとわくわくする!」
王女は天真爛漫な顔で笑うが、大丈夫なのか。
少々心配になってきたぞ。
「エルネシア」
「何よ」
「王女はちゃんと戦えるのであろうな」
フン、とエルネシアが鼻を鳴らした。
「見てなさいよ」
合格を疑っていない。
果たして、ウルスラ王女の戦いぶりはなかなか堂に入ったものであった。
対戦相手のレプタイルの動きを完全に見切っている。
防具は軽い胸鎧と手甲、防御を高める魔力を持つ銀のティアラだけという軽装だが、踊るような動きで致命的な爪や牙、体当たりをよける。
細剣を構える腕はか細いのだが、攻撃力の無さを正確に急所を突くことで補っている。
目を突いて早々にレプタイルの戦意を喪失させると、あっさりと動脈を刎ね切って失血死させてしまった。
「手練れだな。素晴らしいものだ」
「当り前。あの子はヴィアン太子の"スペア"の一人なのよ」
我はエルネシアの顔を見た。いつも通り不愉快そうだが、いつもとは違った表情のようにも見えた。
「なるほど」
「もっと小さいうちからロイヤル・メイズで修羅場を踏まされてるの」
「そうか」
「あの子が色々おかしいのもそのせい。あんな小さい子が……いくら国のためでも嫌な話よ」
「……」
「何か言うことはないの?」
「すまなかった。お主は神官にふさわしい心の持ち主だ」
我がそう言うと、エルネシアは口を開けては閉め、結局何も言わないことに決めたようだった。
「エルー、勝ったよー」
「がんばったわね!いい子!」
エルネシアがウルスラ王女を抱き上げて頬を寄せた。
姉妹のような光景に我も微笑ましく思った。
それでも手付きが怪しいのは、こういうものだと思うしかないのだろうな。
「ヨーハン・ハイデンベルク!」
これはもう次の日に回されたのではないかと思いかけていた時、ようやく我の名が呼ばれた。
「応」
居残っていた者達が集まってくる。
見るとほとんどの者が合格者の証をつけており、我の試合が最終戦ということのようだった。
一番のフィールドに誘導される。
他のフィールドに人はいなかった。
「ハイデンベルク様~~」
「ヨーハン様ー、サクッと殺っちゃってくださいー」
声援がうるさい。
相手はレプタイル属の特徴を持っていた。
だが、見たことがない種類だ。
伸びた背筋、丸く、小さい頭、長い手足と五本の指。
まるで人間のようだ。
「あれ、竜人みたいじゃないか?」
「ほんとだ、絵で見たのと同じだ……」
「でもそんなことあるわけ……」
我は改めてその者を見た。対戦者入場口で学園の制服を着た者が顔を朱に染めて倒れている。
「貴様、学園が用意した相手ではないな」
その者はきしるような声をあげた。笑っている。人間のカリカチュアのような鼻のない骸骨めいた顔。口から長い牙が覗いた。
「ヨーハン・ハイデンベルクというのはお前だな。遊んでもらうぞ」
言葉とともに火の嵐が襲いかかった。
「ヨーハン様!」
「ブッた斬る!」
我は炎の中から手をつきだして激昂するアリスとフェイを押しとどめた。
「こんな温い火で何の遊びだ」
ここは我のみで勝たねばならない。
竜人族が向こうから接触してきてくれたのだ。この機を逃す手はない。
勝つ必要がある。それも圧倒的に。なぜならこの者は魔人ではないからだ。
舐められている認識を早々に修正せねば。
『聖邪の獣』
光と影が我の体を何倍も威嚇的に引き延ばす。
体を覆っていた火が影に飲まれ、光に打ち消されて消えて行く。
『光弾』
念のため千の光弾を一気に呼び出すと、光の精霊がフィールドに勝手に当たって壊してしまった。
多すぎたか。
制御しきれぬ。
「竜人族よ。それがしは汝らの試すが如き振る舞いを遺憾に思うぞ。次はもう少しマシな者を送って参れ」
どこかで聞いているであろう竜人の上層部に向けてあえて高慢な言い方をする。
誇り高い者は自分と同等の矜持を他者にも求めるものだからだ。
我は彼らに認められなければならない。
口上を述べると、不安定な光弾を一斉に解放した。
光が満ちた。
結果として我は合格した。
学園側が用意したものでないとはいえ、敵を倒し、重傷だった学園職員を救うことができたからだ。
誇ってよい。
そう学園側からは言われた。
竜人は光弾の嵐の直撃で粉々になったが、かろうじてそれとわかる骨と皮膚が拾い集められ、勝利は確定した。
素晴らしい。
竜人を倒す新入生など見たこともない。
そう学園側からは言われた。
しかし、魔法の出力をもう少し絞った方が良かったな?
いや、アドバイスだぞ?
おかげで闘技場が少々壊れてしまってな。
怪我人がでなかったのは不幸中の幸いだったな。
入学は許可するから弁償してください。
今手持ちがなかったら貸すから!
卒業するまでに返したらいいから!
そう学園側からは言われた。
我の手元に残ったのは。
入学許可証と〆て十万ターラーの借用書。
なぜこうなった。
 




