遭遇戦
盗賊を退けた後は街道に妨害する者はしばらく絶えた。
まさか、本当に試練として放置してあったわけでもあるまいが。
アリスとフェイのしつこい追求は面倒ではあったが、入学のための要項などを読ませておくと静かになってくれた。
二人ともレベルが上がっても頭の方はあまり変化がないようで、難しい言い回しなどがあると実に奇怪な身のよじり方を見せる。
どうしても読めぬ語句があるというので見てやると、冒険者学園の理念を記した文章中の『冒険者相互の共益を図り』であった。
「こんなことで大丈夫か?」
「みんなで助け合おうって書けばいいじゃないですか!」
「そうだそうだ~~」
意味は確かにそうなのだがな。
二人はあまりじっとしていることも得意ではない。
数日は馬車でも景色などを眺めて過ごしていたが、徐々に憤懣が溜まってきているのは目に見えるようだった。
額の青筋がひどいことになる前になんとかせねばと思っていたが、旅を始めて一週間が過ぎたころ、具合のいい事件が起こった。
場所は既に山道を終わり、リディカ領内に入っている。
目標とするアルカディアまでは数日の行程を残すのみで、試験には十分間に合うはずであった。
「争いの匂いがします。まだ危険かどうかまではわかりませんけど」
窓の外を見ていたフェイが突然呟いた。
「何も匂わないけど?」
アリスがよくわからない顔をする。
「ほんとに匂いがするわけじゃないですよー」
フェイは苦笑した。
「この間の盗賊さんたちとの戦いの後、危険感知がレベルアップしたので。間違いないと思いますよ」
戦雲を嗅ぎ付けるか。なかなか人間離れしているな。
「ハイデンベルク殿!」
騎乗したアリアスが寄せてくる。
「前方に煙が見えると物見が申しておる。共に先行していただけぬか」
「応」
我は御者に合図して馬車を止めた。
「アリアス殿と我等で参ろう」
「女子は残してもよいのではないか」
「いきますよ~」
「もちろん!」
二人は既に駆け出している。
我とアリアスは是非もなくそれに続いた。
「竜?いや、亜竜と言われるものであろうか」
煙の元には巨大な生物とそれに抗う十人余りの人間がいた。
鱗で覆われた体は馬車三台分ほどもある。
不ぞろいな牙の生えた口からは熱を帯びた息を吹き出し、冒険者らしき者たちの持つ木製の大盾を燃やしていた。
すでに数人の負傷者を出しているようだ。
「劣勢でござるな」
見たところ、冒険者たちの装備や練度には幅がありすぎる。前衛に立つ二人の他はろくに抵抗できていない。
「アルカディアの関係者かもしれぬ。おーい!我等はエヴィアの者だ!助太刀してもよいか!」
アリアスが大音声で呼びかけた。
「ありがたい!頼む!」
前衛の一人が煤で黒くなった顔で必死に呼び返す。
こちらに逃げようと不用意に盾の陰から出た若者が一人、熱風を浴びて喉を詰まらせ、たおれた。
「アリス。まず抑えよ」
「わかりました!」
アリスは騎士団の持つ五角形の盾を譲り受けている。
人がすっぽりと収まるほどの大きさだ。
見えない腕にそれを持たせ、体当たりするように竜の巨体と冒険者の間に割って入る。
『剣閃乱舞』
アリスの双剣が竜の鼻面を切り裂く。
怒り狂った口から吐かれる熱い息は、盾で押し返され、竜の目を焼いた。
『剛剣斬』
魔力を帯びた斬撃が追い打ちをかけ、前足を骨が見えるほど割り切った。
「こいつ弱いですよ!あたし一人でだいじょ……」
『蓮華掌』
フェイの掌底が横腹にめり込むと、巨大なうねりが螺旋となって全身に伝わっていく。
竜は全身の穴という穴から血を噴き出し、即死した。
「助かったよ。俺は冒険者学園のロトノール。生徒を引率して戦闘実習をしていたんだが、まさかこんな大物が現れるとはな」
「間に合って良かった。かなり遠くまで遠征に来るのだな」
竜……正確には亜竜のファフナーという種類らしいが、その巨体から素材を剥ぎ取りしながら最初に答えた男がアリアスと話している。
負傷者は生徒の中にいた神官が順番に癒していた。
「でも間に合ってませんね。ハイデンベルク様のお力を見せてやる時では?」
フェイに獲物を横取りされたショックをあっさり流したアリスが耳打ちしてきた。
もう慣れたようだ。
フェイはロトノールと並んで戦っていた男に話しかけられて何故か憮然とした顔をしている。
「そんなに出しゃばるわけにも行かぬ。彼らのことは彼らに任せよう」
どうも警戒されているようだ。遠巻きに見られている。
無理もあるまい。
それに、我等は別の面倒に備えなければならぬ。
「大きいなー、これが竜か!」
待っているように言われたはずなのだが。
早くもウルスラ王女の馬車が追いついてきていた。
王女自身が窓から身を乗り出して手をこちらに振っていた。




