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新しい身体(一部)

「ハイデンベルク様!」

「ヨーハン様!?」

両手を引かれる感覚で目を覚ました。

霧はない。我は天幕の前で立ったまま意識を失っていたようだ。

アリスとフェイが心配そうに見上げている。

「大事ない。考え事をしていただけだ」

「えー?さっきから全然動かないし、おかしくなかったですか?姉さん」

「おかしかった!何かあるならちゃんと言ってくださいよ!」

「何もないというのに」

我は左手でまとわりつく二人を引き離そうとする。

うん?

その時、妙な感覚があった。

「あれ?ヨーハン様、どうなさったんですか。こっちだけガントレットの色が違います」

左腕にしがみついていたフェイがその手をまじまじと見る。

それは煤に似た黒ではなく、エナメルを塗ったような真白に輝いていた。

かぎ爪もない、畝や棘もない、滑らかで美しい手。

ようやく山の端にかかり始めた朝日が表面に照り返している。

「きれい……」

アリスが嘆息を漏らした。

だが、我は異様な、それでいて懐かしい感覚に戦慄していた。

本当にガントレットを着けている。

生身の指が、腕が、内張りに当たっている。

ジェスターの贈り物とはこれか。


その後もなかなか一人きりになる機会は与えられなかった。

我が思いに沈んでいたせいもあろう。

フェイとアリスが付きっ切りで我に話しかけてくるのだ。

なんとかガントレットを脱いでみたいのだが、一瞬たりとも解放されない。

その焦燥と不満が彼女らに伝わり、余計に心配させるという悪循環だ。

我は大きく息をついて馬車の窓から外を眺めた。

茶色の山肌のほかは何も見えないのだが。

「いい景色ですねー」

フェイがとってつけたように言う。

「そろそろ何があったか話してください……」

アリスが我の左手を握りながら要求してきた。

この際、二人にガントレットを脱いで見せてしまおうか。

しかし、結果として際限なく続くであろう質問攻めはあまりにも煩わしい。

そもそも、ガントレットが脱げるのは当たり前だ。

我はむしろ脱げない他の部分をこそ問題にすべきであろう。

そうしてくさぐさの事どもに思いを馳せていると、何も話せなくなってしまうのだった。


夜は夜で何も状況は変わらず、むしろ思いあぐねたフェイがアリアスを連れてくるに至って悪化した。

何やら男同士でないと話せない事柄なのかと思われているようだ。

「見事なガントレットでござるな」

アリアスは困惑した挙句、その一言だけ残して歩哨があるからと去った。

何をしに来たのか。

いや、これは八つ当たりというものだ。

「寝ろ」

「心配で寝られません!」

「そうですよ!」

彼女たちが眠気に負けたのはずいぶん遅くなってからだった。

我はうずくまって眠りに落ちた彼女らを起こさぬように気をつけながら身をひねって天幕の外から差す明かりに手をかざした。

ガントレットをひきぬいてみる。

人間の手が現れた。

かなり大きい。かすかに覚えがある我自身の前世の手とは似ても似つかない手だが、人間のものに間違いない。

戦士のように強靭そうだが、傷やしわは見当たらず、皮膚は赤ん坊のそれのようになめらかだ。

たどっていくと肘のすぐ手前で自然にうろこの生えた腕に繋がっていた。

ジェスターは煉獄の魂を増やした報酬と言っていた。

それが、あの盗賊のように我に関って死んだものの魂のことであるとするなら。

我はこの世界で死神を生業とすることによって、いずれ肉体の全てを取り戻すことが出来るのか。

可能だとしても、嫌な未来だと思わざるを得ないが。

それにしても、生身の手なら爪も伸びるだろう。

よい爪切りを買わなくてはならぬな。

上級僧職として身だしなみにうるさかった我は、久しぶりに身の回りのことを気にする感覚を思い出していた。


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