敗北を認めること
やはりというか、今回も護衛はアリアスの役目だった。
「ご苦労、お察しいたす」
というと苦笑いしていた。
フェイは馬車に乗り込む前に取り返している。
彼女の目が赤いのは別れを惜しんだ名残であろう。
孤児院の全員で書いた寄せ書きのようなものを大切に持っていた。
大きな紙に、ビブラ司祭のきちんとした実直な字に始まり、比較的綺麗な字、それよりは汚い字で書かれているもの、さらに年少の子のものらしき稚拙な絵などがぎっしりと書き込まれている。全てがフェイを祝福しており、見せられると涙腺などないのに目頭が熱くなった。
もちろん、エルネシアのせいでいろいろ台なしではあるのだが。
奴め、フェイをおとなしく返したはいいが、今度はウルスラ王女にベタベタと接触している。
王女は十歳かそこらなのだが。
フェイでも子供としか思えぬのに、エルネシアは顔が整っていればなんでもいいらしい。
なんと、ウルスラ王女の冒険者になりたいという望みをかなえるため、エルネシアたちとパーティーを組ませるのだという。
「アリアス殿」
「なんでござろうか」
「エルネシアには気をつけた方がよい」
「は?エルネシア殿はギーグ教の神官……ではないが優秀な戦士で、身元もしっかりとしておられる。万が一にも、刺客であるなどということはあるまいが」
「いや、そういうことではなくてだな」
「ギーグ教団は政治的には中立。それもあってこのような無理な頼みをしたのだが、快く引き受けてくださった。ハイデンベルク殿の言われることとはいえ、俄かにはそのような話は諾えぬが」
困惑しているアリアスにエルネシアの危険性を理解させるのは難しそうだ。
我はひとまず謝罪してその場を収め、フェイの所に赴いた。
「エルネシアのことなのだが」
「いい人ですよ?とてもやさしくて、私が弱くてもパーティーに入れてくれたし、ハイデンベルク様とけんかしたのはよくないと思いますけど、結局私がパーティーを離れることになっても心配してくれました」
フェイ、お前はだまされているぞ。
「よくだっこしてくれますよ?」
それが問題なのだ。
とはいえ、フェイもこの問題に関しては頼りにはならなそうだ。
「あたしも、最初はむかついたけど、今はそう嫌いでもないなあ」
アリス、お前もか。
「だって、あいつ絶対にハイデンベルク様のこと嫌いだし。へへへ」
何を言っているのだ。
「最近、ハイデンベルク様を嫌いってはっきり言ってくれる女しか安心できない気がするのよね……」
「ああ、姉さんもなんですか。わかります、それ!」
黒い笑いを交わす聖戦士と聖闘士。
「最初はビビるくせにサクっとデレやがって」
「あははー、でも本当にそうですよね!冒険者の女とか全然信用できません。夜中に目が覚めるとみんな殺そうかって思います」
「ほんとよ~。男だけでいいじゃんね」
まったくだめだ。
もうお前たちには頼らぬ。
ウルスラ王女にはあまり会いたくはないが、本人はともかく侍女には常識があるはずだ。
「王女殿下にお目通り願いたい」
山道で馬車に揺られる旅は王女には疲れるため、旅程はゆったりと組んである。
何度目かの休憩を見計らって侍女の一人に話しかけてみた。
「どうぞ。ご案内します。今はエルネシア様とご歓談だと思いますが」
「え?」
てっきり断られるはずと思っていたがあてが外れた。
断られても、その押し問答のうちにエルネシアの危険な趣味についてそれとなく注意を促そうと思っていたのだが。
我の修道院仕込みの外交技術は不発に終わった。
「来たね!冒険の話を聞かせて!」
実は王女は我に会いたいという旨の要求を何度もしていたのだが、侍女たちが旅が進まなくなるという理由で留めていたらしいのだ。
「チィッ!!」
神官どころか普通に人としてひどい態度でエルネシアが我を迎え撃つ。
我は無視してとりあえず貴人に対する挨拶をし、一別以来の我等の冒険について簡単に述べた。
曰く、魔族との再度の邂逅と、"セイラン"救出。
曰く、フェイの加入とその厳しい訓練。
曰く、闇ミノタウロスとの激闘。
最後の戦闘についてはかなり話を盛っている。
そして、その間に侍女たちにエルネシアの下劣な趣味について話せないかと考えていたのだが。
触る。胸を。
触る。尻を。
触りまくる。
エルネシアはウルスラ王女に何の遠慮もなく触りまくっている。全身くまなく。
あいた口がふさがらぬとはこのことだ。
「エルネシア殿は高貴なレディに対して少々、その、遠慮というものがないのではないかな」
そう言って侍女たちに注意を喚起しようとした我であったが。
「女同士ですもの。ほほえましいことですわ」
と侍女頭が平然と述べた。
本当にそれであのいやらしい手付きが説明できるのか。
エルネシアは美しい顔に気取った笑みを浮かべているが、目からは脂ぎった中年男のような濁った色欲があふれ出ているぞ。
しかし、これ以上はどうにもならぬ。
今はあきらめざるを得まい。
侍女も王女も貴様らの目は全員節穴だ!
と言ってやりたかったが、今回は我の負けを認めざるをえない仕儀であった。




