困った同行者が現れた!
我等はハルキス伯爵の前から下がった。
時間がない。入学試験は一年に一回、しかも冒険者学園の迷宮は所属の者にしか開かれていないので、間に合わないと赴く場所を最初から決めなおす羽目になる。
しかも、権威ある冒険者学園の卒業生ということになっておけば探索にも有利であろうと予想できるので、他を探索する前に資格を得ておきたいのだ。
手早く準備をしなければならない。
なにしろ出発は明日の朝だという。
「しかし、フェイはよいのか。それがしもアリスも係累とてない身であるから外国でも何らここと選ぶところはないが、お前には孤児院の仲間やビブラ司祭がいよう」
「それは寂しいですけど、仕方ありません」
フェイは何の迷いもなく言い切った。
「わたしはヨーハン様のものですから。置いていくとおっしゃるなら、自分に"重拳"を撃って始末をつけます」
あたしもあたしも!とアリスが手を我の目の前で振る。
邪魔だな。
「それでよいのか。すでに取り返しのつかぬことをしているゆえ、ほかに致し方もないが……」
「もちろんです!」
フェイはにっこりと会心の笑みを浮かべたのだった。
フェイが孤児院には自分一人で行くと言い張ってきかないので、大迷宮踏破の報酬の半分ほどを聖十字教会への寄進として渡し、いったん別れることになった。
数少ない知り合いに挨拶していかねばなるまい。
まず冒険者ギルドを訪れ、フェリシアに冒険者学園への入学とアルカディア冒険者ギルドへの移籍を告げる。
とうに予期していたのであろう。
「正直、あの冒険者学園って言うのはあまり好きじゃありませんし、ハイデンベルクさんなら入学しなくても英雄になれると思うんですが、逆にボンボンの金ぴか冒険者たちに目にもの見せてくれると思えば、なんだか笑えてきます」
悲しいようなおかしいような変な気分です、と言いながら移籍の手続きをしてくれた。
「ちなみに、最速で一級になったのは現在冒険者学園の前の理事長が属していた"風の呼び声"です。期間は二年六か月です」
そんな情報を聞かせてどうするつもりなのか。
「三級から一級まで二年六か月です」
久しぶりに顔が近い。
顔を離そうとすると隙間にアリスがあせって自分の顔を突っ込んできた。
「やめろ!わかったからやめろ!」
「最後の日まで騒ぎを起こす人ですね」
ヴェンナが茶々を入れてきた。
本当に泣かすぞ。
「取りこみ中だったな。申し訳ない」
"セイラン"のリディアがこちらをのぞき込んでから去っていく。
「いや待て、何の取りこみ中でもない。断じて」
「そ、そうか。アルカディアに行くと聞いたのでな。まだ礼もしていないので、今晩どうかと思って」
「女は間に合ってます!」
アリスが戦時の気勢で叫ぶ。
バカ……。
凄まじく疲労し、無言でゴランの工房に向かった。
他にも何か言いたげな冒険者はいたのだが、こんな状態ででしんみりした話などできるはずがない。
そして、先ほどの出来事も嫌な伝説となって残るのだ。
「ごめんなさい……ハイデンベルク様」
アリスが謝っているが、怒るというより気力が萎えて何も言えない。
そんな我にとってゴランの髭面は癒しの効果さえあった。
素晴らしいぞ、髭。
「おお!ゴランよ!我等はアルカディアに赴く!また会う日まで達者で暮らせよ!」
そう言って肩まで叩いてしまった。
いかん。我までもおかしな具合になっている。
「そ、そうか、アルカディアに行ってもがんばれよ」
ゴランは多少茫然としながらも祝福してくれた。
「なあ、お前の旦那、今日は少しおかしくないかの」
「え、旦那……?」
アリスは何が気に入ったのか気持ちの悪いニヤニヤ笑いを浮かべている。
「そういえば、お前さんは元からおかしかったわい」
ゴランは何かをあきらめたような顔になった。
唯一まともに別れが言えたのはサリシアだけだ。
といっても向こうは出会いと別れが商売の宿屋の女中頭である。
それほど湿っぽい雰囲気になるはずもなかった。
「どうせまた戻って来られますわ。だって伯爵さまがパトロンなのですもの」
たしかにそれもそうだ。
「またのご逗留の際も当店をご贔屓に」
次の日、出立前にそう言われたくらいである。
それなりに時間を過ごしたハルキスから出ていくというのに、あまり実感がわかない。
そのような贅沢な悩みをかこっていた我は、待ち合わせ場所に現れた同行するという冒険者パーティーを見て驚愕と落胆を禁じ得なかった。
ウルスラ王女。
エルネシア。
エルネシアの仲間もいる。
そして彼女はフェイをがっちりと両手で抱え込んでいた。
ハルキス伯爵、これはどういうことか。
同行者に問題がありすぎる。
 




