高レベル迷宮への道
我等は次の日早々にハルキス伯爵に呼び出されていた。
朝食会を兼ねて報告を聞きたいという。
「貴族のご飯……楽しみ。朝ご飯なのが残念だけど」
「でもさー、待ってる間にお腹が鳴ったら恥ずかしいよね?先に何か食べて行ったほうがレディっぽいかも?」
「おお!姉さん、考えてますね」
「まあね!おじさん!これちょうだい、二皿、大盛りでね!」
お前らの考えるレディとは何だ。
朝から屋台でにんにくの効いたギョル肉の炒め焼きを買うな。
口臭が手遅れになる前に気にしたほうがよいぞ。
「よく来てくれた。座ってくれ」
ハルキス伯爵は前回会ったときより精力的に見えた。
「簡単なものだが食事にしよう。報告はその後で頼むよ」
「イ、イタダキマス!」
「いただきまーす」
アリスは緊張しているのか、全体に動きがおかしい。
スクランブルエッグに砂糖をかけていないか。
「おいしー」
フェイは緊張しなさすぎだろう。
「メンバーが増えているようだね。可愛らしいお嬢さんだ」
ハルキス伯爵からそう言われてフェイが顔を赤らめる。
「この者がミノタウロスを倒したのですが」
「聞いているよ。聖闘士だったかな?このあたりでは珍しい職業だが、見たことがないわけじゃない。問題は何の聖闘士かということだが」
来たか。この質問が。
鑑定石では後見人と宗派はわからない。
現在のステータス魔法研究で判明するのは、あくまでも戦闘能力に関係する事柄だけなのだ。
それはステータス魔法がまず戦争で活用されて来た歴史と関係がある、とサリシアは言っていた。
ハルキス伯爵は極めて先見的な人物だが、宗教観は不明だ。
得体の知れない新興宗教に等しい"混沌の渦"に対してどう考えるかは未知数であった。
しかし、ごまかすのは得策ではない。
理解者とは言わないまでも黙認程度は取り付けておかないと、これから先の動きが制限されることにもなりかねないのだ。
だが、ハルキス伯爵は意を決して我の発しようとした言葉をやわらかく遮った。
「混沌の渦、というのは君の故郷の宗教かね」
数秒、動けなかった。
「君のような存在でも驚くことはあるのだな」
ハルキス伯爵は意外そうな顔をした。
「そのくらいは予想済みだと思っていたよ」
「鑑定石以外にも調べる手段はあるということであろうか」
「無論だ。ただ、君が安心できるかどうかは別として一般的なものではないよ。極めて高価な触媒と高度な技術が要求される。それでも君についてはしばらく前までまったくわからなかった。強力な妨害があってね」
ハルキス伯爵は茶を飲みながらなんでもないように言った。
「何があったのかわからないが、この間の会見後しばらくして君のステータスが見えるようになったと報告があった」
我は両手をテーブルの上に出した。武器はないがハルキス伯爵が敵対するつもりなら警戒して置かなければならぬ。
「不愉快かも知れないが、こうした情報収集は私の職務なのでね。許して欲しい」
ハルキス伯爵は深く頭を下げた。
フェイとアリスが驚愕して固まっている。
これほどの大貴族が身分のない冒険者風情に頭を下げるなどありえないことだ。
「……いかがなされるつもりであろう」
「何もするつもりがない、ということを伝えたくて言ってみたのだよ」
ますますわからない。
何も答えないでいると、ハルキス伯爵は重ねて言った。
「何もする気はない。君が何をしようと、例えこの国を滅ぼそうと」
職務云々を言っておきながら矛盾しているか、とハルキス伯爵は苦笑いした。
我は部屋を見回した。
家令のエルバートと、数名のメイドが控えている。
「彼らについては何も心配しなくていい。家族同然の者達だ。何を言おうとこの部屋から漏れることはない」
「恐れ多いことでございます」
エルバートとメイドは礼をした。
「ご信頼を裏切る真似はいたしませぬ。口幅ったいようではございますが、命に代えても」
「そう。だから安心してもらいたい。君が何を望もうと、何をしようと私は止めぬし、支援する」
ハルキス伯爵は微笑んだ。
「君と君の信徒たちのステータスを見て、確信したのだよ。君こそ私が望んでいた者だ。私を信徒の列に加えて欲しいとすら思う」
「それは……」
「わかっている。誰でもなれるわけではないのだね。残念だよ」
何しろ我自身でさえ、どうやってフェイとアリスを眷属にしたのかわかっていないのだからな。
「だが、実を言うと私は安心してもいる。君がこの国にとってむしろ良い影響を及ぼす存在であると思うからね」
「では、お言葉に甘えてよいか。願いがある」
「なんなりと」
「闇エルフ以外の魔族の情報を教えてほしい」
ハルキス伯爵は頷いた。
「そういうのではないかと思っていた。君は彼らと何らかの盟約を結んだのだね。闇エルフに対しては思うところもあるが、君の言うことだから協力させてもらうよ」
「ありがたい」
「しかし、君にとっても面倒だろう。各国の高レベル迷宮を巡ることになるのだからな」
やはりそうしたことであったか。




