帰還
闇ミノタウロスの素材はかなりの衝撃を冒険者ギルドに与えることになった。
「闇エルフの技術で作られた人工怪物ということですか……」
ギルドの会議室。
フェリシアは買取担当者と額を突き合わせながら難しい顔をした。
強い魔力を持っているのはわかるが、どういった性質を持っているのか試してみないと素材としての価値は未知数だという。
「どの素材も通常のミノタウロスと比べて段違いに強靭です。加工もこの町の職人では満足にできないかもしれませんね」
特別に呼ばれてきたゴランもその言葉を肯定した。
「そうだのう。魔力の篭った素材を扱える職人がここにはおらん。無論わしもだ。惜しいがもっと腕の立つ工房にまかせるべきなんじゃろうなあ」
「残念ですね」
フェリシアがため息をつく。
「ハイデンベルクさんが他の町に行かれる時に持っていくのが一番かと」
「さようか。やむを得ぬ。防腐措置だけしてもらえるか」
「それはわしのところでやろう」
ゴランが頷いた。
「では、討伐報酬の方ですが、二千ターラーになります。お支払いはフロリン金貨とターラー銀貨が選べますがどちらになさいますか」
フロリンは一枚の価値が概ね百ターラーと決められている金貨で、都市間取引などに主に使用される高額貨幣だ。
この世界には金鉱山が少ないらしく、金貨の流通量は街中での使用に耐えないほどでしかない。
高額貨幣としてはほかにプラチナ、エレクトラム貨やそのインゴットなどが使われているそうだが、いまだに見たことはなかった。
「普段使う金に困っている訳ではない。金貨にしておくか」
「ご用意しておきました。こちらを」
上等な皮袋に入った金貨をフェリシアが見せる。
「金貨とか初めて見ます!」
「うう……」
フェイは目を輝かせ、アリスは感動して涙ぐんでいた。
「で、ですね。ランクは四級に据え置きのはずでしたが、少々事情が違ってきました」
フェリシアは続けて言った。
「本来この町で上げられるのは四級までで、他で功績を挙げた方が戻ってこられたとか、戦争や盗賊討伐などの別の功をあげてやっと三級になることが出来るんです。近年はほとんどないですけどね」
「このミノタウロスの討伐がそうした功績に見合うということかな」
「それは、私などでは判断できません。今ギルド長が評議会に行って話し合いをしているところです」
結局、その談合の結果がもたらされたのは夜も遅くなってのことだった。
「お前さんがたを三級冒険者として認めるそうだ」
ギルド長は憔悴した様子で我等に告げた。
「評議会の議長が八十年前に三級登録された最後の冒険者の子孫でな。家門の名誉を奪われると思ったのか知らんがひどく抵抗するんで、こんなに時間がかかってしまった。伯爵本人まで出てきて、なんとか説得したよ」
「それは申し訳なかった」
「いや、別にあんたらなら他の町にいってからいくらでも上げられると思うんだが、この件に関しては実は伯爵が譲らないんだ」
ギルド長は声を低くして続けた。
「伯爵はあんたらにご執心だ。この後もお礼方々伯爵のところに行ってもらわなきゃならんのだが、気をつけろよ。あの方は実はなかなか策謀家だ。久しぶりに出た有望冒険者のあんたらを王家や他の貴族への外交の駒として使うつもりかもしれん」
「ふむ」
「戦争も近いようだ。冒険者は貴重な戦力になるが、なにも貴族の駒になって危ない橋を渡ることはないぜ」
なるほど、ギルド長は不自然なほどの伯爵の肩入れに裏があるのではないかと疑っている訳なのだな。
我としては伯爵と親しく話した上で別に思うところもあるが、たしかにそうした側面もあるのかもしれぬ。
大貴族は自分の感情とは別に戦略的に物事を考えるものだ。
伯爵が感傷的な言葉の裏で冷徹に利益を計算していたとしても、驚くようなことではない。
「お気遣い感謝いたす。一介の冒険者にそれほどの価値があるかどうかは別にして、気をつけよう」
「ああ、あんたらには個人的にも感謝してる。うちの看板冒険者だしな」
ギルド長は照れたように笑った。
「今日はもう遅い。ハルキス伯爵への御礼言上は明日にした方がいいだろ」
「では、こちらが三級冒険者カードになります。お疲れ様でした」
フェリシアが三人分の真紅のカードを手渡してきた。
我等はハルキスで八十年振りに三級冒険者となった。




