大迷宮踏破・完了
「ハァァァァアアアア!!」
拳が目にもとまらぬ疾さで闇ミノタウロスを突き上げる。
分厚い腹から闇色の欠片がボロボロと剥がれ落ち、苦し紛れにフェイを抱き込もうとした両腕が肘打ちで大きく弾かれた。
『蓮華掌』
脇に構えなおした姿勢から繰り出した両の掌から、魔力の塊が叩き込まれた。
「オボボボボボァ!」
闇ミノタウロウスの吐き出した得体の知れない体液をフェイは軽やかに避ける。
「え?」
我をかばって正面からそれを被るアリス。
「なにこれ!」
悲鳴が痛々しく玄室に響いたのだった。
「あたしさあ……剣持ってる意味ないよね」
「そんなことないですよ!」
「いっそ剣やめて盾三枚持ってさ、鉄壁!とかさ……」
「それ、いいですね!」
「あんたなんでも「いい」って言えばいいもんじゃないよ?」
「ごめんなさい!」
「ハァ……」
やさぐれたアリスに謎の慰め方をするフェイ。
もはや見慣れた光景である。
二人は連続攻撃から逃れられず、一方的に殴り倒された闇ミノタウロスから討伐部位の角と牙、換金部位として価値の高い皮と舌を切り取っている。
討伐よりも剥ぎ取りの方が時間がかかっていた。
「舌は焼いて食べるとおいしいそうなんですけど」
「それは牛の舌のことではないのか。ミノタウロスは亜人間であろうし、それを食べるのは人間としてどうなのか」
「そもそも真っ黒ですよ、コレ」
アリスが切り取った舌を嫌そうにぶらぶらさせた。
「コレを食べるとか、ないわー」
「お金になるかどうかは微妙ですよね」
そう言いながらフェイは笑っている。
「あんた……売れなきゃ自分たちで食べればいいと思ってるでしょ」
「え、そんなことないです、よ?」
「なんで疑問形なのよ!」
そろそろ帰るぞ。
我等が討伐を終えて玄室から外に出ると、そこには闇エルフの指揮官がまだ残っていた。
どうも帰還前の点呼をしていたようだ。
「……?」
こちらを見て固まっている。
「終わったぞ」
「もう?入ったばかりだぞ?」
「討伐したらわかるのではなかったか」
「いや……拠点に帰ればわかる、という意味だ」
「そうか。終わった。この者が殴り倒した」
フェイが闇ミノタウロスの舌を手に持って胸をはった。
「そ、そうか。こんな少女が……」
何と言っていいかわからぬようだ。
「その舌は普通には食べられないと思うぞ?」
フェイの顔が驚愕に歪む。
そんなことは見ればわかるだろう。
「処理すれば魔法薬の材料として使えるだろう……さらばだ」
玄室に入る前に別れの挨拶はしたのだが、どうにも締まらぬ成り行きであった。
「あたしこれからどうしてったらいいのかなー」
二十階に上がったところで襲いかかってきたハイドビハインドの攻撃を盾で受けながらアリスが言った。
自分の存在理由を悩んでいるようだ。
それはいいから真面目に戦え。
「強力な攻撃力を備えた敵との戦いでは"究極防御術"が役に立つことになるだろう」
「そうそう。雑魚はまかせてくださいよ!」
フェイがハイドビハインドを殴り飛ばして言う。
「あたしも活躍したいのよ!」
わがままな奴だ。
では、これならどうか。
「アリスは司祭、フェイはレベルが上がっても助祭のままだ。魔法の違いがあるだろう」
「そういえば……」
敵の気配は消えた。しかし、暗がりではまだ多数のハイドビハインドが姿を消して待ち受けているはずだ。
「ほかは使いにくいけど、コレ使ってみようかな」
待て、今やるな。
『聖なる言葉』
何の魔法なのかもわからぬというのに、もう遅かった。
「罪の報酬は死。されど、御子を信じるものに永遠のいのちのあらん」
神々しい光と声が降りた。
アリスは純白の光に包まれ、ゆっくりと剣を持つ両手をかざした。
左足は宮廷舞踏家のように美しく水平に上がっている。
完全に姿勢が定まると更に光が強くなる。
「かっこいい……ポーズ……」
フェイがうっとりと言った。
光が闇を駆逐し、完全に姿を現した十体ほどのハイドビハインドどもがよろよろとこちらに歩いてくる。
隠れ身の技能が使えないようだ。
魅了、看破、一部の技能封鎖といったところか。
「なんなのこれ!こんなスキル、いらない!」
「かっこいいです!」
有用なスキルだが、この台詞と格好はどうなのか。
その後、さらに恐るべき事実がわかった。
スキル名が変わっている。
"聖なる言葉"あらため"かっこいいポーズ"。
我はあらためてアリスとフェイを見なおさなければならない。
アリスは我が使徒、フェイはその聖なる言行記録者なのだ。
"混沌の渦"では教義も何も定められていないので信者であるアリスとフェイの行動によりその内容は変貌し続けることになる。
「もういや……こんなスキル絶対使わない!」
「とってもかっこいいですよ?!」
アリスの福音書第一章はこのように始まることになるだろう。




