深みにて待つ者
十九階には闇エルフの一団が待ち受けていた。
まだ最下層へのベースキャンプは再興されておらず、彼らとの邂逅を見る者は他にいなかった。
オスタードは一団の中にいないようだ。
「何の用だ。我等の道を妨げるなら容赦はしない」
指揮官らしき白い兜を被った若者が進み出た。
「我は女王の近侍。オスタード様の命で参った」
「なぜ本人が来ぬ」
「オスタード様は微妙な立場にあられる。ヨーハン・ハイデンベルク。お前のためだ」
かすかな敵意が感じられた。
それは我に向けられたものではない。
「オスタードの政治的な地位の保全のためにそれがしを役立たせようということか」
「左様。陛下以外の現在唯一の闇エルフの魔族として、かのお方は無二の立場ではあるが、それゆえに敵も多い。政敵はかのお方の同盟者として、お前がふさわしいか試すことを欲しておる」
闇エルフは簡潔に述べた。
「闇エルフを友となさんとするならば、この試練、受けるべし」
「よかろう。だが、我等は大迷宮のあるじを討伐に来ている立場でもある。討伐が終わり次第、その試練に馳せ参じるであろう」
「そう申すであろうとオスタード様も予期されておる。試練は地下21階にて行い、その突破はすなわち大迷宮のあるじ討伐を兼ねることとなろう」
「是。では案内いたせ」
「もとより。ついて参れ」
「ハイデンベルク様。結構強いみたいです。特にあの白兜の」
アリスが低く言った。フェイも頷く。
「彼らは今のところ敵ではない。殺気を抑えろ」
二十階はいわゆる"メイズ"になっていて複雑な隘路の暗がりに致命的な罠が仕掛けられている。
守護者はハイドビハインドと言われる知能の低い亜人間の一種である。
不意打ちに特化し、本能的に"隠れ身"の呪文を唱えて背後から獲物の首を刈り取るのだ。
だが、彼等も闇エルフの影響下にあるようで、罠を淡々と解除して進んで行く間、姿を見ることは一度もなかった。
「大迷宮のあるじは牛頭人身の巨人であるそうだな」
「左様。お前達が今から戦うのもそれだ」
「四級冒険者程度の力があれば倒すのも可能だと聞くが、それほどの試練で政敵とやらは満足するのか」
指揮官はその質問には答えず、足早に歩き回って罠を確認した。
「普通の"あるじ"ではないようだな」
我はフェイとアリスに言った。
「通常は持っていない攻撃手段があるかもしれぬ。気をつけておけ」
「あたしが前にいきます。フェイちゃんはハイデンベルク様の傍に」
「はい。念のために盾も持っておきますね」
落ち着いているようだ。なかなか頼もしい。
二十一階は小迷宮の七階と同様、黒曜石の扉で閉ざされていた。
「先導はここまでだ。入るがいい」
「ご苦労。討伐完了まで待つのか」
「否。討伐されればわかる」
「なるほど。ではさらば。また会うであろう」
闇エルフの指揮官は無言でアリスを先頭に迷宮主の間に入る我等を見送っていた。
おそらくオスタードの派閥に属するであろう彼がこちらにどういう感情を持っているのかは最後まで見えなかった。
「迷宮主への挑戦を許可します」
小迷宮同様に黒曜石の壁で囲まれた玄室である。
大きさも同じ程度であろう。
その中央に巨大な黒い生き物がいた。
身長はおよそ人間の三倍程度だろうか。
たしかに牛の頭に筋骨の盛り上がった人間の体を持っている。
異様なことに、全身が煤を塗ったように黒い。
「闇の力を注ぎ込んで作ったか」
恐らくフィリフェインやオスタードとの戦いから、我が暗黒の勢力に属する者であると看破したのであろう。
しかし、今の我は以前とは違う。
「あれ?そんなにこれ強いですか?」
フェイが首をかしげている。
聖闘士であるフェイや聖戦士であるアリスにはむしろ相性のいい相手になる。
危険を感知できないのだろう。
オスタードの政敵とやらにはあまり運がないようだ。
「姉さん!」
アリスが襲いかかって来た闇ミノタウロスの棍棒をかわした。
「ごめん!フェイちゃんの盾壊れちゃった!」
元々かなり痛んでいたのだろう。棍棒が軽くかすっただけでバラバラに吹き飛んでしまった。
「大丈夫です!こっちの盾を持っててください」
フェイが自分の持っていた盾を投げる。
「姉さんを守ったのはいいですけど!おこづかいを貯めてやっと買った盾なんで、やっぱりむかつきます!死ね!牛あたま!」
虹色の魔力光がフェイの拳を燦然と輝かせる。
助走をつけて飛び上がり、拳を闇ミノタウロスのみぞおちに叩き込むと、巨体の足が僅かに浮いた。
「グォォォオオオオオ!!」
闇ミノタウロスが苦悶の叫びを漏らした。




