大迷宮踏破・中層
蝙蝠でフェイのレベルをいくらか上げることができた。
拳で戦うことにも慣れたようだ。
次は自分より体格で上回る敵を当ててみよう。
十階。
怒り熊が出現する階層だ。
熊とはいうが、自然の生き物ではない。
金属製の爪と牙を備えたゴーレムの一種で、防御力も高い。
高い討伐報酬と剥ぎ取り部位価格で冒険者に人気があるが、それなりに熟練しても油断が命取りになる。
そういう怪物だ。
この階層は人が多い。
盾持ち複数で押さえながらクロスボウなどの威力の高い遠距離攻撃で仕留めるのが主流の討伐方法だから大人数パーティーが多いのだ。
「再出現場所は押えられてるとこが多いですねえ」
再出現直後には混乱しているのでそこを狙うのだろう。
いくらかでも削れば後が楽になる。
パーティーの中にはこちらに敵意のある目を向けてくるものもあったが、獲物の横取りを警戒しているのだろう。
以前会ったような盗賊じみた輩はいなさそうだ。
そんなやり方が通じるような危険度ではないということだろう。
「奪うわけにもいかぬ。無理にここで戦うのはあきらめて更に降りたほうがいいかもしれぬな」
「そうですねえ……あ」
アリスが目を見開いた。
通り過ぎようとした部屋に陣取っていたパーティーの盾持ちが怒り熊に吹き飛ばされたのだ。
そのパーティーは初期構成は十人いたはずだ。
今は吹き飛ばされた者を含めて九人。
盾持ちがすでに一人負傷で下がっており、負担が増えたところで突出を抑えられなくなったようだ。
「危ないです!」
フェイが駆け出そうとする。
「まって、フェイちゃん。まだ押し返そうとしてる……これはむりかなー」
クロスボウでは怒り熊の巨体を押しとどめられない。
ゴーレムには急所がなく、苦痛も感じないので怯ませて逃げるということができないのだ。
「たすけて!」
最後の盾持ちがくずおれると、後衛は逃げにかかる。
しかし、怒り熊は脚も早い。そう簡単に逃がしてはくれまい。
クロスボウを持った女がこちらに気づいて声を上げたが、直後、後ろから怒り熊に突き飛ばされて派手につんのめった。
「救援要請と見なす。アリス、押えにかかれ。フェイ、牽制してみろ」
言われるまでもなく走り出していたアリスを追い越してフェイが弾丸のように飛び掛る。
「シッ!!」
勢いそのままに鉄拳が怒り熊の顔面に叩き込まれる。
たたらを踏んで後ろに下がった怒り熊が威嚇の叫びを上げるが、その口からは折れた牙が何本も吐き出されていた。
「フェイ!あたしの分も残しときなさいよ!」
アリスが必死に叫ぶ。
「わかってます!姉さん!重拳!」
フェイの拳が目もくらむ魔力光で輝く。
殴りかかる怒り熊の右前足が虹色の光を帯びた拳と打ち合い、あっさりと砕けた。
「何がわかってんのおおおおおお?!」
蝙蝠に続いて活躍の場を奪われたアリスの絶叫が虚しく響いた。
最終的に止めを刺したのはまたもというか、アリスの盾だった。
場所を譲ったフェイに変わって闘争心満々で挑んだものの、右前足を砕かれた怒り熊のHPは限界に近かったらしく、攻撃を勢い良く食い止めた盾と打ち合ったせいで0になってしまったのだ。
「なんでよ……」
「止めをさしたのは姉さんですし!」
なにも出来ずにいじけているアリスをフェイが慰めている。
我は負傷したパーティーの者たちに"邪悪なる治癒"をかけていた。
「ありがとう、本当に助かった」
我に声をかけてきたクロスボウを持った女が擦過傷を負った顔で礼を言った。
幸い死者はいなかった。最初に後方に下がっていた盾持ちが最も傷が深く、治癒で傷が治っても目をさまさない。
「頭を打っているせいだろう」
我は盾持ちの瞳孔を確かめて言った。
「目も異常な動きはしていない。そのうち起きるはずだ」
女がほっと息をついた。
「よかった……私たちは六級冒険者パーティー"エリン"。この恩は忘れない」
「我等は"混沌の渦"と名乗っている」
「知っている。最近大活躍してるそうだね。こんなに人数が少ないとは思わなかったけど。私たちはもう撤退するけど、助けてもらった礼はするよ」
「必要ない。冒険者同士の助け合いというものだ」
横からフェイとアリスが口を挟んできた。
「そうそう、必要ないんですよ!」
「うちにこれ以上女は必要ないからな!」
「お前たち……」
撤退していく"エリン"のメンバーたちは「大変そうだな、がんばれ」と目で言っているように見えた。
「はぁ……せっかく場所をあけてくれたのだ。訓練をしよう」
「次はあたしが先ねー」
「ずるいです!妹に譲ってください!」
出現した怒り熊は攻撃する暇もなくボロボロになっていくのだった。
もっと下層でないと緊張感がでないな。




