分岐点
「貴様は何だ」
「名前はまだないンダヨ」
ふざけた骸骨だ。害意は感じられないがまともな者であるはずがない。
一足で距離を詰め、殴りかかるが、拳はするりとかわされた。
そのような気はしていた。この空間はこの者が支配している。
まるで夢の中のように現実感が剥落している。
「貴様の魔法か?」
「興奮しないデほしいんダヨ~~ トモダチトモダチ」
「何が目的だ」
「その前ニ名前をつけてほしいんダヨ 話がしにくいんダヨ」
「貴様にか?」
骸骨がカクカクと頷く。
意味がわからない。
腹立たしい思いが一つの名前を思いつかせた。
「貴様は道化だ」
言った途端、目の前がぐらりと揺れた。
何だ?
この奇妙な空間が急激に現実感を増した。
周囲に色が戻ってくる。
「ありがとうよ」
ジェスターと名をつけた骸骨はいつの間にか衣装を身につけていた。
顔にも肉がつき、ひどく痩せただけの普通の人間のように見える。
だが、その衣装は原色の入り混じった仕立ての悪い道化のもので、ふざけた格好に違いはなかった。
「ひどいね。あんたが決めたんだろうに」
「それがしの心を読むのか」
「僕はあんたの心の入り口に立っているからね。わかってしまうのさ」
ジェスターは大仰な礼をした。道化の礼を。
「ともあれ、これからよろしく。わが主君」
「貴様は何だ」
我はもう一度問うた。
「僕はジェスター。あんたの煉獄の支配人さ」
「煉獄だと?この世界に地獄も天国もない」
「だから煉獄さ。あんたこの間一人"墜とした"ろ。あれで冥界の卵が生まれたんだよ」
「卵だと?」
「そうそう。煉獄ってのは天国と地獄に振り分けられる前の魂が行くところだよな?元修道士のあんたにはおわかりだろうけど。でも僕の差配する煉獄にはまだ天国も地獄もくっついていないのさ」
だから卵、そう言ってジェスターは笑った。
「この世界は一度輪廻が壊れてるんだ。ほんとはそういう世界はそのうち混沌に飲まれちまうんだけど、あんたのせいでもう一度再生の機会が与えられたってわけ」
「貴様……偽の主の手の者か」
「違う違う」
ジェスターは手をひらひらと振った。
「あんな雲の上、いや、地の底?の方の考えなんか知らないけどさ、僕は言ってみればあんたの手の者さ。よろしく頼むぜ、わが主君」
「何が目的だ」
「だから言ってるだろ?この世界の輪廻を取り戻すのさ。そうしなきゃ混沌に飲まれるだけだからね。でもまだ時間はある。ゆっくりやろうぜ」
「ハイデンベルク様~~」
間の抜けた声がすぐ近くでした。
「ありゃ。もう少し話をしたかったんだが。あんたの信徒は優秀だね」
ジェスターはパチンと指を鳴らした。
「ではまたお会いしましょう。世界の救い主よ」
「ハイデンベルク様!」
我は路地の出口、賑やかな通りの端に立っていた。
「どうなさったんですか?どこか痛いんですか?」
アリスが心配そうに見上げている。
「い・・・いや、なんでもない」
「本当ですかぁ?」
疑わしげにこちらを伺っている。
「ぜんぜん動かないし、呼んでも返事もしてくれないし、心配しましたよ~」
「すまなかった。考え事をしていてな。さあ、海の兄弟亭とやらにいこう」
「ならいいですけど・・・・」
アリスの腹が盛大に鳴った。
「ああ、もう死にそう!魚とか苦手だけど、何でもいいわ!」
もう関心が食事に戻ったようだな。
海の兄弟亭はなかなかの高級店だった。
リディアの名前を出すまでもなく、主人は我等のことを承知していた。
出された料理は、素朴だが味わい深いもので、我は口蓋の構造が許す限り堪能したのだった。
アリスは苦手などと言っていた舌の根も乾かぬうちに絶賛しつつ貪り喰い、メインディッシュの白身魚のフリットを三回お代わりした。
「あの子ら"セイラン"はうちの恩人です。その恩人を助けてくださったんですから感謝してもしきれません」
主人はそう言って料金を受け取ろうとせず、アリスに至っては無料の食事券なるものをもらっていた。
本当に自重しろ。
深夜、宿に帰ると"ステータス"を見た。
いくつかの重大な変化が起こっていた。




