来訪者
我はそれ以上伯爵に何も述べることなく辞去した。
伯爵も特に引きとめはしなかった。
「エルバート。帰られるそうだ。お送りしてくれ」
わざわざ伯爵が家令に申し付ける。
単なる冒険者には過分な扱いだ。
しかし老家令は恭しく応じた。
館のホールで彼は畏まって礼をした。
「伯爵様の御悩みが晴れましたようで、祝着にございます」
「そのように見えようか」
「はい。嬉しき限りにございます」
老家令に見送られて我は館を出た。
冒険者ギルドに一度戻ることにしよう。
すでに夜で、空には大きな月が出ていた。
「思い通りにはさせぬぞ」
我は月を睨んで誰にともなくごちた。
聞き覚えのある笑い声が響いたような気がした。
アリスは起きていた。
よく寝たようで、まぶたが腫れぼったくなっている。
「伯爵様のお話ってなんでした?ご褒美とかですか?」
期待に満ちたまなざしだ。
本当にぶれない。ある意味この女には救われるな。
「そのようなことではない。宿に戻るぞ」
「お腹すきませんか?」
「宿で食べればよかろう」
「凱旋なのに・・・・・サリシアさんあんまり飲ませてくれないからなぁ・・・・」
「いい酒がある店を知ってるよ」
情けない事を言っているアリスに魔術師らしき女が声をかけた。
顔に打撲痕がある。憔悴した様子だが目には力があった。
リディア。
四級冒険者"セイラン"のリーダーで、我が魔族から助け出した者だ。
「今回は本当に助かった。礼を言うよ。正式な礼金は後日払うが、それはそれとしておごらせてくれ」
「気にされるな。連れが騒がしくてすまぬ」
刺々しい目をした若い男が脇から口を挟んだ。
「本当だぜ。こっちの気にもなれっていうんだよ」
もう一人助かった冒険者・・・・・たしかアレクシスと言ったか。
"セイラン"は今回の事で四人の死者を出している。
リーダーが助かっても良かったといえるような状態ではないのだ。
「よせ、アレクシス。無礼だぞ。ハイデンベルク殿がいなければお前も死んでいたのだ」
「俺は気を失ってた。アレは強かった・・・・リディアさん、あんたの魔法も効かなかったんだぞ?それを二人で倒したとか、信じられるかよ!」
「ではどうやって私達を助け出したというのだ・・・・・もういい。ギーエンが死んで悲しいのはわかるが八つ当たりはよせ」
「兄貴が死んだ話だってこの男が言っただけなんだろ!わかるもんか!」
「ギーエンが死んだのはお前が気絶した後だ。みんなをかばって刺突を体を呈して受けた。私が見た。助からないのはわかったよ」
「くそ・・・・・」
アレクシスは目を伏せ、後ろを向いてホールを出て行った。
「すまないな。うちで死人を出したのは久しぶりでな。特にギーエンはあいつの実の兄だ。それでも、受け止めなければならないことなんだが」
リディアが気遣わしげに目で追った。
「こちらこそすまなかった。もう少し早く行ければよかったが」
「ごめんなさい・・・・」
アリスが小さくなって謝った。
「謝られると恐縮してしまうよ」
リディアは苦笑いした。
「今日は付き合えないが、この近くにある「海の兄弟亭」に行ってみてくれ。リディアから聞いたと言えば歓待してくれるはずだ」
それではな、とリディアはアレクシスを追った。
気にならないわけではないが、彼らは彼らでやっていく他はない。
「海の兄弟って、魚料理なんですかね?あたしあんまり魚って食べたことないんですけど」
アリス。
お前は自重しろ。
海の兄弟亭はギルド職員も知っていた。
リディアたちは元々パサスの出身で、彼らの同郷の者がやっているのだという。
アリスの空腹もそろそろ限界のようだ。
連れていってやることにしよう。
「こっちですよ~~ ここから行くのが近いです!」
お前は子供か・・・・。
アリスが勝手に裏路地に入っていく。
月はあるが道は狭く、圧し掛かるような軒のせいで暗い。
「ちょっと待て、アリス」
おかしい。見失ってしまった。
そんなに早く走っている訳ではなかったのに。どこかで角に折れたのか?
暗すぎる。
いや、これは。
我はいつのまにかほの暗い広場に入っていた。
四方に同じようなアーチがかかり、その先は闇に閉ざされている。
どこから自分が来たのかわからない。
なんらかの魔法か?
殺気は感じられないがかなりの手練だ。
どこだ。
どこから来る。
「そんなに警戒しないでイイヨ~~」
気の抜けたような声がした。
真っ白な痩せた男がいる。
痩せすぎだ。骸骨なのだから。
洗ったように綺麗な歯が並んだ口を開けると向こうの風景が見えた。
声に力がないのは空気が抜けてしまうからだろう。
「ナカヨクしようぜ。おトモダチ」
カタカタという音を立てて骸骨が握手を求めてきた。




