神聖告解
「伯爵。それがしはそのような者ではない。オスタードという魔族にそれらしき誤解を与えるような事をしたのは事実だが、伯爵のお話を聞いて浅はかな真似であったと後悔している」
弁明をしようとした我に取り合わず、伯爵は続けた。
「君の来歴が不思議でね。
アリアスも海外から来たのだとしかいっていなかったので、隣国パサスとの国境の関所に問い合わせてみた。パサス国内の港と主な街道の町にもだ。
誰も君の名前は愚か、そのような異形の戦士の話さえ知らなかった。もちろん海外からというのは状況によって判断されたものだ。
別の隣国から入国してずっと山の中を歩いてきたというのも、あり得ない話ではない。
だから、大陸諸国にも尋ねてみた。期間は限られていたが、金を惜しまず、ほぼすべての国に君の風体、体格、腕前などを説明して少しでも似た人物がいないかを確かめた」
大柄な戦士というのはいる。
だが、そこまで背の高い戦士は少ない。
強い戦士というのはいる。
だが、そこまで強い戦士は少ない。
鎧についてはかすかに似たものさえ皆無。
そしてその候補者のすべてが現在エヴィア国外にいる。
「こんなところでどうだろうか。君の存在があり得ないという証明になったかな?」
これはいけない。
ハルキス伯爵は曖昧な答えを許すつもりはないようだ。
しかし、であるならば。
「何故それがしに護衛も無くお会いになられるのか」
「何故?私は君が魔王であるなどとは思っていないからだよ」
「いったい何を仰せられるのかわからぬ」
「魔王がこの世に生まれなくなった原因を私は知っていると思う。アンデッドという存在を知っているかな」
ハルキス伯爵は我がその言葉に衝撃を受けているのを見て会心の笑みを浮かべた。
「魔王と同時期にアンデッドがこの世に生まれなくなった、私はそう信じている。ゾンビ、スペクター、リッチ、マミー。高位から低位まですべてだ。今ではもうアンデッドそのものの存在を誰も信じていない」
我は黙して彼の話を聞いていた。
極めて重要な示唆が与えられようとしている。
「魔王は魂を介して配下に力を与える存在だった。アンデッドは魂を利用することで生まれる怪物だ」
これが何を意味するか。
「その時代に、私たちの世界そのものが魂と切り離されたのだ。魂の輪廻の道が破壊されたのだと思う」
「それが、それがしと何の関係が」
「神と悪魔がこの世界に戻ってくる。私はそう信じている。いや、そう願っているのだ。魂の輪廻を取り戻すことで、私は姉にもう一度会える、そう願っているのだ。それが私の望みだ」
ハルキス伯爵は祈りの姿勢に跪いた。
「君が神か悪魔か、いずれかの勢力から遣わされた使徒であると私は信仰している。"我が望みを聞き給え"」
我は後ずさった。この的外れな祈り。
ハルキス伯爵は恐るべき洞察力の持ち主だった。だが、適切な推論を積み重ねても、ふざけた現実には届かない。
我は廃棄されたにすぎないというのに。
「それは違う」
なんとかそれだけ言うことができた。
伯爵は動かない。
「これは私の祈りだ。祈りはもとより成就を期さないもの。神も悪魔も交渉など出来ない存在なのだから」
その祈りは無意味だ、と我は思う。
聞き届ける者はいないのだから。
だが、本当にそうか?
魔族、フィリフェインはいずこかに堕ちた。
天界も地獄にはるかに遠いこの時空で、我は何か重大な事をあのときやったのではないか。
答えの出ない問いだ。
故に、我はハルキス伯爵の祈りにそれ以上何を言うこともできず、立ちすくんだ。




