魔王復活?
ランプの音だけがかすかに響いていく。
「なぜそれがしにそのようなことを」
「君も同じことになるはずだったからだ!」
ハルキス伯爵は怒ったようにこちらを見た。
「だがそうはならなかった。君は強かった。15人からなる四級冒険者パーティーよりも、遥かに」
「それがしも姉君のように魔法を奪われて殺されるところだった、ということでござろうか」
「魔法に限らぬよ」
ハルキス伯爵はひらひらと掌を振った。
「やつらは狂っておるのだ。願いの故にな。魔族の大目的を知る者はいないと言ったな。それは本当だ。だが推測している者はいる。私もその一人だ。誰にも話したことはないが、聞いてくれるか」
我は頷いた。
「簡単なことさ。奴らは魔王を再臨させようとしているのだ。」
「魔王、とは」
「君はこの間まで魔族も知らなかったのだったな」
伯爵は苦笑した。
「魔族は太古、この世界を支配していた。その当時、すべての亜人間は同等の権利を持ち、魔王と呼ばれる絶対者の下で平和を謳歌していた」
「何かの伝説でござろうか」
「伝説だ。今はほとんど覚えている者もいない。なぜかといえば人間がその中の裏切り者だったからだ」
ハルキス伯爵は大きな黒い本を取り上げた。
「ヴェルデンキトという古い来歴を持つ本だ。これは写本の写本だがね。これによると、あるときから、魔王は生まれなくなったのだそうだ」
「理由は?」
「この本には書かれておらん。原本はギーグ教団の禁書庫くらいにしか残っていないが、もしかしたらそちらには何か書かれているかもしれんな」
伯爵は思い出すように頁を捲っていく。
「順番に魔王を輩出し、それによって保たれていた各種族の均衡は徐々に崩れた。何世代ものうちに、繁殖力が旺盛で指導者にも恵まれた人間族が強力な他種族を圧倒し、敗れた亜人間は自分たちが最も力を発揮できる場所でのみ生きるようになった、というのがこの本の骨子だ」
「それが闇エルフなら迷宮の奥だということでござろうか」
「ああ。もちろん人間は他種族の諍いを利用しただけであって、根本的な力の差はそのままだ。圧倒したと書いてあるが、これも所詮人間族の最初期の記録にすぎない。実際には彼らがいらない部分を放棄したという方が正しいのだろうな。だが、他種族は人間よりも魔王の不在による影響が大きかったのは確かだ」
魔族とは、魔王不在によって弱体化した亜人間の間に先祖がえりのように生まれる"魔王の力を受けた"個体なのだとハルキス伯爵は言った。
弱り続け、数を減らし続けた彼らはついに諍いをやめ、相互に協力して黄金時代を取り戻そうとしている。
「それが姉君やそれがしを殺すことにつながるのかがわからぬが」
「わからぬだろうな。狂人の論理だ。どうしても魔王が生まれなくなった理由を見つけられなくなった彼らは、自分たちで魔王を作ろうとしてしまったのだ」
「それは・・・・・」
「理解したか?何よりも強い者が魔王だ。魔王は力を配下の者たちに分け与える」
では逆も真なりではないか?
力が強く、数々の技能を持った魔族が増えれば、魔王が降りてくるのではないか?
「くだらぬ話だろう」
確かに、種族の衰退の原因である魔王の不在を種族の力を強める事で呼び戻そうというのは論理が倒錯している。
「しかし奴らは本気なのだ。姉は人間にはもったいない魔法を持っていたので奪われた。同じような目にあった者はたくさんいる。知能の低い亜人間の中では単に強い者が魔王になるのだと勘違いしている者も多い。大混乱でな。彼ら同士で力を奪い合うことさえある。多分、こうした混乱によって魔族はさらに力を失うはずだ。」
しかし、と伯爵は言った。
「実はここで魔族に希望を与えるかもしれない出来事があった・・・・・魔王が降臨したという話だ」
伯爵はゆっくりと指を挙げ、我を指した。
「君のことだ」




