ジャガーノートの本領
"聖堂"は十九階のおよそ半分を占める巨大な空間だ。
元は本当に何らかの宗教の大聖堂であったのだろう。
降る年月と人間・怪物双方の手による略奪が全てを破壊しつくし、今は往時の姿の面影を察することすら難しい。
怪物がほとんど出現しないことから、大迷宮最下層を目指す冒険者の数少ない安息の場となっており、常設の大型天幕がいくつかあるということだった。
だが、今は全て引き倒され、そこを拠点にしていた冒険者の姿もない。
オスタードは突然現れ、ハルキスでも最上位に位置づけられる四級冒険者パーティー"セイラン"総勢15名を蹂躙したのだという。
セイランのメンバーの半ばが死ぬか無力化され、残りはハルキス伯爵に宛てたメッセージを持って行く事でかろうじて命を永らえた。
その戦闘の名残か、天幕の残骸はまだかすかに燻っていた。
「ご武運を」
アリスは通路に残す。もし我が不覚を取った時に助けに入る者が必要であるからと言い聞かせてある。
「それがしが呼ぶまで来てはならぬ」
アリスは頷くが、まったく信用できない。
彼女が必要になるような事態を起こさないようにしなくては。
「オスタードとやら、ヨーハン・ハイデンベルク、罷り越したぞ」
大音声で告げる。
聖堂の中央に小高い塚があり、そこに白一色の鎧を着た男が立っているのが見えた。
背丈は並であるが、気配が尋常ではない。
何人かの冒険者をその足でまとめて踏みつけている。
冒険者の何人かは明らかに死んでいて、生存者がいるかどうかはわからなかった。
「来たか」
オスタードが冒険者から離れ、こちらに降りる。
「フィリフェインとやらの仇討ちか。ご苦労なことだ」
声をかけてみるが、表情に変化は見えない。
紙のような顔色の白さはフィリフェインと同じだが、目は鳶色で角もないので顔の細かい造作の違いを無視すれば人間とさほどの違いはない。
しかし明らかにフィリフェインより上手の敵だ。
「貴様に恨みはない」
オスタードが言う。
「奴は勝手に戦って死んだ。それだけだ。愚かな男だった。」
剣を鞘走らせる。
「だが、それではすまぬ御方もいるということだ。お前は運がなかった」
倒れた冒険者達に目をやる。
「この者どももな。生きている者もいる。貴様が勝ったら助けてやるがいい」
「寛大なことだな」
「恨みはない。貴様にも、ハルキスの町にもな」
「どうも聞いていた魔族というものと違うな」
「色々ある、ということだ」
「事情は色々ある。誰にでも」
十歩の距離まで近寄って、オスタードは止まった。
「しかし貴様に興味もあった。力を見せてみよ」
「応」
『鋼鉄の獣』
オスタードの剣から放たれた白い光の矢を拳で弾き返す。
『欺瞞の翼』
『貪欲の翼』
貪欲の翼が追加の光の矢を絡めとり、噛み砕く。
オスタードが目を瞬いた。
「なんだ、何をした?」
やはり魔法視覚を持っているのか。
通常の視覚と組み合わせているのだろうな。
大股で距離を詰め、まずは普通に殴ってみる。
岩の壁を殴ったような手ごたえがあった。
何らかの魔法障壁があるようだ。
だが効いている。手甲に大きな罅が入った。
「剣を使わずに殴るか。貴様それでも戦士か」
オスタードの力が膨れ上がる。
十以上の白い光が、矢ではなく剣になる。
生憎、我の本業は戦士ではない。
それに剣を使って壊れでもしたら、困る。
光の剣の斬撃が同時に閃く。
だが、ジャガーノートの装甲は地獄の業火で鍛えられている。
この程度の魔法では傷も入るものか。
今度こそ大きく目を見開いて驚愕の表情になったオスタードの顔面を拳が打ち抜いた。




