あふれる迷宮
「ハイデンベルクさん!」
気絶したエルネシアに"邪悪なる治癒"をかけて目が覚めるのを待っていると、ギルドホールの方からフェリシアが走ってきた。
何があったのか、顔色が悪い。
「ギルド長からお話があります。すぐに来ていただけませんか」
「エルネシアとのことかな。模擬戦の形をとったつもりなのだが」
「そんなことではありません。エルネシアさんを看るなら他の方は残っていただいてかまいませんが、ハイデンベルクさんは何を措いてもということです」
「あたしは行きます。この人嫌いですし」
アリスはそうだろうな。
「フェイ。看ておいてくれるか。すぐに起きると思う。」
「はい!おまかせください!」
フェイにまかせておけばいいだろう。正直これ以上面倒は見切れぬ。
フェリシアはギルド長の部屋に行くまで終始無言だった。
あいまいな話が通行人に漏れるのすらまずい案件ということだ。
しかしそれを我の如き異邦人の冒険者に緊急に話さねばならぬ理由とはなにか。
魔族か、そうでなければ神聖魔法絡みの何事かであろう。
ギルド長の部屋にはアリアスも居合わせていた。
全員が椅子にかけると、ギルド長が幾分強張った顔で話し始めた。
「最初に言っておくが、これはハルキスの存立に関係しかねない問題になると俺は思っている。だから伯爵にも顔が利き、王家のつながりもあるアリアス殿に同席してもらっている。この後の話を聞くなら断ることは許されないと思ってくれ。アリス、お前はまだ聞かなかったことにすることが出来るってことだ」
我にはその自由がないということだな。
アリスは無言で首を横に振った。
「話を続けていいのか」
「ハイデンベルク様はあたしがお守りします」
「わかった」
ギルド長はいったん言葉を切り、水を飲んだ。
「ハイデンベルク。あんたを引き渡せと言ってきている者がいる。断ると戦争になるかもしれん」
「誰ですか!そんな……」
我はアリスを手で制した。
「戦争とはどこの国と、かね」
「……ずいぶん冷静だな。アリスみたいな反応が普通だぜ」
「内容があいまい過ぎる。怒るに怒れない」
「まあ、そうだよな……相手は魔族さ」
「ほう。フィリフェインの親族か何かが復讐を望んだか。しかし魔族は死んだ者の復讐などしないのではなかったかな」
うん、それは奇妙な所だ、とギルド長は言った。
「これも言っておこう。実はな、魔族とハルキスは外交関係がある」
「不思議な事を言うな。魔族の国があるような言い方だ」
「あるさ。俺たちの国とは重ならない版図を持つ影の国がな」
「地下……迷宮か?」
推測を述べるとギルド長は少し驚いた顔になった。
「察しがいいな。迷宮も含まれてはいる。魔族というのは単一の種族じゃないから、俺たちと外交関係があるのはあくまでもその中の一族に過ぎないけどな」
「なんと言っているのだ」
アリアスがその後を引き継いだ。
「外交関係のある魔族というのは闇エルフだ。彼らは、幹部のオスタードとハイデンベルク殿を立ち合わせろといっている。そうしなければ大迷宮の怪物たちを全てハルキスの地表に解き放つ、と」
「立ち合わせろ?引き渡せではなくか」
「大迷宮19階に彼らの王国との通路がある。そこまで連れてきて立ち会わせろというのが要求だ。引き渡せと言っておるのと同じだ」
「武装していってよいのか」
「丸腰で、とは言われておらぬ」
アリアスは苦々しい顔で首を振った。
「こんなことは頼めた義理ではないのだが、今ハルキスに怪物の総攻撃を跳ね返す力はない。ハイデンベルク殿、行っていただけないか」
「応」
我は首肯して立ち上がった。
「今から参ろう」
「助かるが……彼らがどれほどの態勢で待ち構えておるかはわからぬ。命の危険もあるぞ」
「冒険者とは危険を冒して道を切り開く者ではないか」
「あたしも行きます!」
「だめだ」
「イヤです!」
こちらの方が問題だな。




