信仰の勝利(物理)
色ボケした神官もどきとは言え、ギルドホールでいきなり殺し合いをしてはまずいという程度の良識はあったようだ。
我等は神官もどき……エルネシアと共にギルドの訓練施設に移動していた。
「あんた、今猛烈に失礼なこと考えているでしょ」
エルネシアがじろりとこちらを睨んだ。
色ボケも神官でないのも本当のことだ。何も失礼ではない。
「そんなことは考えていない」
「チッ」
舌打ちした。恐るべき失礼さだ。
「謝るのなら今のうちよ!ギーグ様は慈悲深いわ!」
神官候補はまったく慈悲深くない。
「ところで、神官……では今はないエルネシアよ」
「うぐうううううう、何よ!あんたあたしに喧嘩売ってるの?」
「喧嘩を売っているのはそちらだと思うが」
「その不愉快な形容詞は禁止よ!」
「わかった、エルネシアよ。自分の武器で勝負するのか」
「当然。怖くなったなら謝りなさいよ」
「いや、本気でやりあったらこれは私闘ではないか。ギーグ神官としてもそのへんはいいのか」
「私は神官じゃ、ナイカラ……」
自分の言葉で深甚なダメージを受けているようだ。ダメだ、こいつ。
「このような場所で私的に争っては教団への聞こえもよくないのではないかな……模擬戦用の武器が訓練場にあるので、それを使えばよいと思うのだが。お前が神官になれないのもそのへんがもしかしたら影響しておるかもしれんぞ。いや、ギーグ教団についても、お前についてもそれがしは何も知らぬがな」
「そ……そうよね!この私が神官試験を三回も落とされて後輩に抜かされて実家からの仕送りも止められるとか、やっぱり、やっぱり、そういうところが原因なのかもね……」
すさまじい事情を自白しているぞ。
「あんた何も知らないくせになかなか鋭いじゃないの!模擬戦用の武器を使いましょう。これで大丈夫ね!」
少し機嫌がよくなっている。こういうのを下々の言葉で"ちょろい"というのではなかったかな。
エルネシアは模擬戦武器のうち最も重いメイスを取った。我は軽い木でできた剣だ。
打ち合えばこちらは軽く折れてしまうであろう。
「さあ、あの世にいってギーグ様に土下座する準備はいいかしら!?」
「模擬戦武器を使っている意味がないぞ。ちゃんと手加減せよ」
「て・・・てかげん??やったことないんだけど、どうやればいいのかしら」
「全力で殴ってはいかんのだ、わかるか?わかるな?」
頼むぞ。
エルネシアは納得しかねる表情で首をひねっている。
この者の武芸の師はいったい何を教えたのだ。
「まあいいわ!全力強化!」
エルネシアの四肢と武器に真紅の魔力光が宿る。
持ち前の怪力と優秀な自己強化魔法。
強力な魔法戦士であるが、これのどこが神官の戦い方なのか。
「てりゃあ!」
メイスが空気に焦げ目をつくる勢いで振り下ろされる。
まったく手加減をしていない。
普通の人間なら死んでいるぞ。
軽く一歩引いてかわすと、それは予定内の行動だったらしく、地面に着くことなくメイスが跳ね上がってきた。
試しに模擬剣を打ち合わせてみたが、何の抵抗もなく破片と化した。
「おりゃあ!」嵐のようにメイスが乱舞する。
こちらの武器がなくなっているのに全く見ていない。
この女、狂戦士か。
それは神官試験も受からぬであろう。
大振りになった隙をみて腹に蹴りを入れる。数歩下がったが、それだけだ。
耐久度もかなりのものだ。小迷宮のボスを上回るかもしれぬ。
しかし、所詮人間の女、体重が軽い。
筋力とは関係なく、メイスの重量に体が振られている。
殺気を増した殴打は隙を増すことになる。
「がッ!」
数度蹴りつけてやると、体重移動を支えきれなくなった軸足から崩れた。
頭を軽く叩いてやると、静かになった。
「お姉さま!」
フェイが駆け寄る。
「死んでしまったんですか?」
「気絶させただけだ。なかなか強い」
足は折れているようだ。
フェイが潤んだ目でこちらを見ている。
仕方がない。
治してやってもいきなり殴りかかってくるかもしれないのだが。




