六対十二翼①
大迷宮は古代の城の一部だったという説があるそうだ。
神の怒りに触れて住人ごと大地に飲まれたのだとか。
そうだとしてもよほど手荒に押し込まれたのだろう。
満足な形を残している部屋はほどんどない。
下層に行くほど人工物が残っているそうなのだが、五階程度では鍾乳洞とほぼ一体化してしまっている。
複雑に入り組んだ道から突然ぼんやりとした光に包まれた聖堂のような空間に出る。
一から四階も構造としては同じなのだが、五階は特にこうした大空間を多く含むのだ。
空洞を行き来するのは衛兵の役を果たす魔法生物と蜥蜴人。
蜥蜴人は五階から七階のいずこかに繁殖場を持っており、数年に一度大発生して冒険者に大量の犠牲を強いるのだそうだ。
残念ながら今年は大発生の年ではない。
いくつかの空間には腰を据えた冒険者パーティーが狩りをしていたが、やがて誰もいない場所を見つけることができた。
「入り口で待て。合図をするまで入ってはならん」
アリスは訳がわからないようだが、彼女はこれからする実験でうっかり気を失った時のための保険だ。
42レベルでのMPは1457、HPは320555。
相変わらず釣り合いがおかしい。
"翼"の能力がMPを消費するのはわかっている。
順番に検証していかねばなるまい。
蜥蜴人の斥候種が空洞の外周を何匹か歩いている。
中央には巨大な目と触手をもった魔法生物が鎮座し、文字通りにらみをきかせている。
たしかビホルダーという名前で、各種蜥蜴人と共に能力と姿をフェリシアから教えてもらっている。
蜥蜴人と魔法生物は長年にわたって共存しており、争うことはないのだそうだ。
さて、始めるか。
もう一度アリスに動かないように言い含めて空洞に入る。
欺瞞の翼を発動させている。
探知魔法を妨害することができるなら、通常の感覚を遮断することもできるのではないかと思ったからだ。
しかし、いきなり蜥蜴人の槍が飛んでくる。
これはだめだな。ゴランやフェリシアは欺瞞の翼を発動していても我を普通に認識していたのだから当たり前だ。
しかし、ビホルダーのほうはこちらに反応しない。
まさか、魔法生物の視覚は妨害できるのか?
切ってみると即座に巨大な目から魔法の光を撃ってきた。
なるほど。
何によらず魔法の探知を妨害するのだな。
次に移ろう。
魔法の光を飛びのいてよけながら今度は貪欲の翼を広げる。
MPが一気に100ほど減った。
蜥蜴人のうち一番近くに寄ってきていた者がミイラのように萎んで死ぬ。
ある一定の範囲の敵の生命力を吸い取るようだ。次に近づいて来た者は何ともないので効果があるのは広げた直後だけのようなのだが、アリスが近くにいたらどうなっていただろう。
これは大軍の中に一人というような時でもなければ使えぬ。
次だ。
貪欲の翼の代わりに誘惑の翼を広げる。
最初はなにも起こっていないように見えたが、すぐに蜥蜴人が同士討ちを始めた。
ビホルダーへは効果はないようだ。
相変わらず魔法の光線を撃ってくる。
魔法生物だからなのか、レベルが高いからなのかはよくわからぬ。
そのうち蜥蜴人への効果も切れてしまう。傷を負うと我に帰るようだ。
使用MPは400ほど。範囲の広さはともかく、遣いどころが難しい。
次の非道の翼だが、このまま使うと高い確率で昏倒することになる。
いったん下がってMPを回復しよう。
蜥蜴人もビホルダーも通路まで下がると追ってはこなかった。
警戒しているようだ。
「ハイデンベルク様。何が起こってたんですか?」
アリスが心配そうに聞いてきた。
「レベルアップで得た能力を試している」
「そうなんですか・・・・ハイデンベルク様の背中に透明な羽みたいなものが見えて。それでちょっと心配になっちゃって」
見えるのか?欺瞞の翼が他人からは見えなかったので、他もそうかと思っていた。
「ハイデンベルク様がお話の天使みたいに空昇っちゃうんじゃないかと」
この世界にも天使はいるのだろうか。
しかし、天使もこんな穢れた翼と一緒にされては困るであろうな。




