大迷宮へ
「ご主人様!」
スラム街の出口でフェイに会った。
小迷宮からの帰りのようだ。パーティーメンバーらしき数人の男女から離れてこちらに駆けてきた。
「体の方はもうよいのか」
あまり近寄られないようにしながら言ってみる。
「はい!ご主人様の魔法のおかげです!」
「それとご主人様はやめて欲しいのだが」
「なぜでしょう……」
一気に悲しげな顔になる。
妙な間柄だと思われては困るからだ、とは言いにくい。
「ご主人様はおかしいだろう。それがしは主人になった覚えはない」
「でも、ご恩をお返ししないと」
「気にするな!恩とか気に病む必要などないぞ!」
「でも……」
周囲の目が痛い。
特にフェイの後からついて来た銀髪の女は殺気さえ発している。
「我等は大迷宮に活動の拠点を移すのでな!またそちらで会おう!」
「わかりました。ご主……ヨーハン様」
ご主人様呼ばわりはやめてくれたようだが、何故名前呼びなのか。
しかし、フェイが小迷宮を踏破して大迷宮に出没するようになるまでは、しばらく時間がかかろう。
どうもこの少女に対しては逃げ腰になってしまうのだ。
理由は自分でもよくわからない。
「え、別に小迷宮を踏破してなくても大迷宮いけますよ?」
アリスは当たり前のように我の目算を打ち砕いてきた。
小迷宮と大迷宮の難易度は浅い層では同じようなものらしい。
小迷宮は全七層、大迷宮は全二十一層。
もちろん下の階なら大幅に危険になってくるのだが、小迷宮と大迷宮を順番に踏破しなくてはいけない決まりなどない。
他で腕を磨いた冒険者などはそもそも小迷宮を一顧だにせぬ者も多いのだという。
「それがしの思い込みだったか……」
「何ですか、何か悩みでもあるんですか?」
アリスはこの問題について何か答えを出してくれるだろうか。
我はアリスの顔をじっと見た。
なぜ赤面する。
「あんまり見ないで……」
頼りにはなりそうもないな。
大迷宮に行く前にギルドに寄ってランクを更新する。
前回は魔族の件もあってそれどころではなかったのだ。
フェリシアが応対してくれたが、今度は最初から応接室に通された。
「ハイデンベルクさんの扱いについてはギルドでも紛糾してまして」
「魔族のことでかね」
「それもありますし、神聖魔法の使い手というのも大きいです。所詮うちは中級までを扱うギルドに過ぎません。ハルキス所属の冒険者で3級まで上がったのは八十年前までさかのぼらないといけませんし、ハイデンベルクさんみたいな規格外な方を何級にすればいいのかなんて判断できないんですよ」
早めに大迷宮を踏破していただいたほうがお互いのためなんでしょうね、というフェリシアは少し寂しげだった。
だが、ギルドはどうあれ、我に迷宮攻略を急ぐべき理由はあまりない。
常識の乏しさ、人脈のなさはまだまだ解消してはいない。
学ばねばいけないことは多い。ゆっくりと取り組むべきだ。
「それで、今は何級になるのであるかな」
「あ、すみません。六級ということになります。魔族の討伐を考慮するとずっと上になるんですけど、こちらは討伐依頼がでているわけではありませんし、そもそも小迷宮に魔族が出るなんてことは想定外でしたから」
申し訳ありません、とフェリシアは謝った。
「問題はない。あまり級が上がりすぎるのも他の冒険者の手前、良くはないだろう」
嫉妬というのは恐ろしいものだ。
渦巻く嫉妬と足の引っ張り合いは昔、修道院でいやというほど見た。
「今更ですけどね。ハイデンベルクさんを普通の冒険者だなんて思ってる人はいないと思いますよ」
フェリシアは笑った。
大迷宮はハルキスの北城壁に隣接していた。
入り口そのものは小さいが、小迷宮と同じく門前町ができている。
行き交う人は比べ物にならないほど多い。
さすがに町に近いだけあって門番が一人だけなどということはなく、ハルキスの衛士隊が交代で見張りを行っている。
だが、冒険者への対応は小迷宮と変わりはない。つまり何もしないということだ。
「あたし二層までは行ったことあるし、先にいきましょうか?」
アリスは新しい武器の切れ味を試したいようだが、こちらにも都合がある。
大迷宮でまずやることはレベルアップで増えた能力の検証だ。
およその目星はつけてある。
「五階まで降りる」
「え、もうですか?」
五階には目的に適う大きさの空洞がいくつかあるのだ。




