ハルキス伯爵
ハルキス伯爵との面会を段取りしたのは護衛隊長アリアスだった。
久しぶりに会ったアリアスは我が魔族を倒したことを既に知っていた。
「その節はお世話になり申した。御礼言上にも参上せず日を過ごし、まことに申し訳ない。」
宿の世話などについて礼を言うと、アリアスは恐縮した様子だった。
「過日の件では世話になったのはこちらだ。それに今回は魔族を倒されたとか。ハルキスは貴殿に二度の恩を受けたことになる。ハルキス伯におかれても以前から貴殿に興味を持たれておってな」
それで今回の強制面会となったのだという。
「連れの者は同行いたすのか」
「特には聞いておらぬが、同行してもらった方がよいだろうな」
アリスは緊張するであろうな。
ハルキス伯爵の居館はこの規模の町の支配者にしては大きいとは言えない。
先祖代々の豪族ではなく、行政官としての性格が強い地方貴族。
戦争に備える直接的な必要が薄いこともあり、衛兵もあまり威圧的な武装はしていない。
極めて裕福な商人と言っても違和感はないだろう。
だからといってアリスが哀れなほど怯えてしまっているのは変わらないが。
「背中を丸めすぎだ。前を向け」
「無理です……」
蚊のなくような声でアリスが言う。
エントランスに並ぶ衛兵と従僕たちにすら威圧されてしまっている。
無理もないか。この間まで貧民同然の冒険者であったのだ。
これはこういうものだと思うしかあるまいな。
「ハルキス伯爵様が面会なされます……お連れの方はご病気で?」
上品な老人がいぶかしげに問うた。伯爵家の家令ででもあろうか。
「少々腹痛でな。お待たせするわけにもいかぬのでこのままお伺いしたい」
「さようで。たしかに伯爵様はご多忙ゆえ、やむを得ませんでしょうな。」
「ぇぇ……」
更に小さな声でアリスがなにか言うが、構ってはいられない。
ハルキス伯爵は飾らない人柄のようだった。
無論貴族なので今の態度をそのまま受け取るわけにはいかないが、下級冒険者の手をとって同じテーブルに着かせるのは破格のやり方ではあろう。
現に家令の老人は非難するような目でこちらを見ている。
我のせいではないのだが。
「なかなかアリアスが会わせてくれないのでね。こちらからもギルドの方に話を通してあったのだよ」
こんな得体の知れない男を高貴な人物に会わせたがらないのは当然であろうと思う。
「そうしたらこんな短期間で小迷宮を制覇した上に魔族を倒したというじゃないか。待ちきれなくなったので強引に面会の話を進めさせてもらったのだよ。」
「魔族討伐の詳細はギルドから報告させていただこうと思っておりまするが」
「それも読ませてもらうが、実際に見ておきたかったのだ。英雄の器というものをね」
魔族の討伐例というのは少ない、とハルキス伯爵は言う。
「奴らは何らかの目的があってこの大陸を跳梁している。そしてその目的の上で邪魔になった個人や集団、国家に損害を与える。殺される者や、誘拐され、二度と戻ってこない者、一つの都市を毒の沼地に沈めたことすらある。それでいて、彼らは人間と敵対しているわけではない」
「敵対していない?」
「そう。我々は魔族を憎み、敵対している。でも彼らはそうじゃない。人間を憎んでいるわけではないんだ。たとえば、我々は別に野生の動物と敵対してはいない。でも必要になったら殺したり、毛皮を剥いだりする。つまり、そういうことだ」
「敵対するほどの存在とみなされていないということですかな」
「うん。端的にいってしまうとそういうことだ。でも、だからといって魔族に対する憎しみが減るわけではないがね」
伯爵は少し言葉を切った。
「君には少々期待していた。ウルスラ……君に助けてもらった令嬢、のこともあるしね」
それから軽く頭を下げた。
「そして今は感謝している。私には二つ年上の姉がいてね。彼女は十二歳のときに魔族に殺された、と信じるべきいくつかの証拠がある。ひどい殺され方だった。彼女は特殊な魔法の使い手でね。それを奪うために殺したのだと思っている」
顔を挙げた時、伯爵の緑色の目には抑えきれない憎悪の色があった。
「これは証拠も何もないのだが、今回倒された魔族がその犯人ではないかと私は考えているのだ。戦うときにこの魔族は瞬間移動しなかったか?」
私の姉の力だ、とハルキス伯爵は言った。




