小迷宮制覇
魔族というのはこの世界ではありふれた存在ではないようだ。
フェリシアは小迷宮の制覇については喜んでくれたが、魔族が現れた話をするとひどく真面目な顔になってしまった。
「ハイデンベルクさん」
「何か」
「とても危険だったことを自覚してください」
涙目になっている。
確かに危険だった。主にこちらの攻撃手段が。
「魔族は下級冒険者が戦っていい相手ではありません。どうやって逃げたんですか?」
「逃げはしない。倒した」
角と短剣を出す。
「ええええええええ!?」
フェリシアの叫び声がホール中に響き渡った。
その後、強制的にギルド長と面会させられた。アリスはホールで待たされている。
引きずられていったマスター室にいたギルド長は四十がらみの背の高い男だった。
戦士としての力量よりも調整者としての役割が求められるギルド長ではあるが、引退前は高名な冒険者であり、数々の冒険を重ねてきているそうだ。
その男が言葉を失っている。
「……魔族の角か。切り取られたものははじめて見るよ」
長い沈黙の後、嘆声を押し出す。
「やっと小迷宮に挑む程度の冒険者がたった二人で魔族を倒したなんて、普通はとても信じられないが、角からとんでもない魔力が感じられる。恐ろしい代物だ」
「ギルド長は魔族についてご存知なのだな」
少なくともアリスは知らなかった。
底辺冒険者は知らないような情報なのだ。
「魔族を殺すこと、その角を剥ぎ取ることはこの国では違法なことなのだろうか」
そこが最も気になるところだった。あの場では明らかに敵対的であったとはいえ、それだけでは魔族がこの国でどのような位置づけをされているのか判断できない。
高貴な支配階級とされていることもあり得るのだ。
「とんでもない、殺すのは当然やってもらっていいよ。角の剥ぎ取りも全く違法じゃない。出来る者がいなかっただけでね」
「迷宮の怪物と同じ扱いなのか」
「同じじゃないな。むしろ怪物よりも積極的に倒すべき……人類の敵だ」
それにしても、と言葉を続ける。
「魔族を倒せるほどの腕前の戦士にしてはそのへんの情報にずいぶん疎いんだな」
「それがしはこの国の出身ではない。それに、連れのアリスは知らなかったようだぞ」
「小迷宮の主を倒した時に魔族の実在を知らされるんだよ。どこの国でも似たような取り決めはあると思うんだがね」
魔族は人類共通の大敵だが、あまりに危険なためとその攻撃が大々的なものではないために一人前に戦える者にしかその存在を知らされていない。
一定以下の水準の者にとっては魔族は御伽噺の中の存在なのだという。
「流浪が長かったのでな。修行も旅路の上、我流で積んだ。そんな話は教えてもらっていない」
「ふうん……まあそれなら仕方がない、のかね」
あからさまに信じていない風だが、やむを得ない。
「俺としてはあんたが味方でよかったと思うだけさ」
ギルド長はにやりと笑った。
角と短剣はギルドで引き取らせて欲しいという。
「かまわぬが」
「え、いいのか?」
言っておいて驚くな。
「角を何に使うのかもわからぬし、短剣はアリスが使うにも短すぎる。我らには無用のものだ」
「そうか。素直で助かるよ」
控えていたフェリシアが話を引き継ぐ。
「ハルキス伯爵家、その後王家に報告を行い、関係各部署の引取り合戦になると思います。魔族の素材を欲しているところは多いので値段は予測できません。引取り値からギルドの取り分を引いたものが支払われますが、確定までに最低一月、実際にはもっとかかるかと」
「そうか、今すぐは金にならぬということだな」
「申し訳ありません。なるべく多くお支払いする努力をします」
「いや、無理をしなくてよい。小迷宮制覇の方だが」
「そちらはもうご用意ができています」
小さなワゴンを引いてきた。銀貨の小さな山と、短めの剣が乗っていた。
「銀で五百ターラー。特別報酬として聖銀鍍金の小剣です」
刃の部分を聖銀で薄く覆った小剣だ。
アリスが使えるだろう。
「ありがたい」
「それと、魔族討伐の報酬ですが」
「後払いなのだろう。わかっている」
「いえ、こちらにも特別報酬がありまして」
嫌な予感がするぞ。
「伯爵様に面会できます」
「そんな権利はいらないが」
ギルド長が話をまとめた。
「この権利は放棄が認められないんだ。簡単にいうと強制ということだな」
それを報酬と言ってしまうのか。




