小迷宮のあるじ討伐
小迷宮のボスはフレッシュゴーレム。
つまり生肉、死体を使ったゴーレムであり、その形態は出現時によってさまざま、と小迷宮ガイドブックには書いてある。
見た目はつぎはぎのゾンビなのだが、アンデッドではない。あくまでも素材として無機物ではなく死体を使っているだけのゴーレムなのだ。
この世界にアンデッド、死に損なった存在、がいない理由については思うこともあるが、今はアンデッドの弱点がこのフレッシュゴーレムには一切通用しないということだけ承知しておけばよいだろう。
空ろなる騎士を蹴散らして降りた地下7階で我等はいきなり玄室の扉前に出ていた。扉は鏡のごとくなめらかな黒曜石の一枚板。
「ボスに挑戦する者は扉に手をかけてそのまま進め、って書いてあります」
アリスがガイドブックの最終章を読みあげた。
仕掛けに警戒しながら手をあて、力を込めると手ごたえなく前に進んだ。
つんのめったアリスはあやうく転ぶところをかろうじてこらえたようだ。
われらは玄室内部に入っていた。
「迷宮主への挑戦を許可します」
玄室に声が響く。
玄室内部は四方黒曜石貼りの空間だった。広さは大きめの家ほどだろうか。間違いなく小迷宮中で一番狭い階層だ。四隅に松明があるだけであとは何もない。
「討伐したあとどうやって出るんでしょう。ガイドブックにも書いてありませんし」
アリスがかすかに震える声で言った。
「先住者に聞いてみてはどうだ」
部屋の中央にボスがいる。
おおまかに人間の姿をしているが、プロポーションはかなり極端なものであり。腕と足が極端に大きい。目はどこにあるのかわからないが、口は大きく、でたらめに生えた乱杭歯のせいで閉じることは不可能だ。
「話とか通じませんよね、これ」
体からは想像もつかない甲高い声で耳障りな叫び声を上げている。
こちらに気付いたようだ。
殺気と異臭が同時に押し寄せる。
おかしな体つきのせいでわかりにくいが、上背は我をしのぐ。飛蝗を思わせる動きで巨体が宙を飛んだ。
アリスがまず標的となったようだ。
「え、え、えええええ」
武器は用いず、両手で掴みかかっている。
動けなくしておいて噛み付きでしとめるのだろう。
「掴まれるな!噛みつかれると治癒では追いつかないかもしれんぞ」
「ハイ!」
アリスの双剣がひらめき、巨大な指を切り飛ばす。
指は片手あたり二十本以上生えている。一、二本では痛手でもあるまいが何度もやればよいことだ。
指はまだうねうねと動いている。
試しに拾い上げると蛇のように襲い掛かってこようとする。
"蝕み" "魔物使役"
これは面白い。黒いオーラを染み出させた指を放ってやると、勝手に這って本体に向かっていく。
「アリス、どんどん斬れ」
「手伝ってくださいよ~~」
「無論手伝う。心配するな」
また指が落ちた。
どんどん応援を出してやるからな。
『応援』が十本を越えたあたりでボスはおかしな動きをはじめた。
痛覚などなさそうだが、重要な場所に突き刺さりでもしたのだろうか。
「アリス、もうよい。離れろ」
アリスが不安な顔で飛び退くと、ボスが前転をするような格好で丸まった。
「何でしょう、あれ。あたしが切り落とした指が口を塞いでます」
なるほど、呼吸はしているのか。喉を詰まらせたのだな。
迷宮主といえども儚いものだ。
蹴りころがしてやる。どこかから迷宮主の魔石という素材がとれるはずなのだが。
「あんた何なの?おかしな力持ってるねえ」
突然聞いたことのない声がした。
いつの間にか玄室に三人目がいた。
普通の人間ではない。




