後悔しつつ改めて初依頼
あの魔法はだめだ。
二度と使ってはならない。
あの後、我は抱きつこうとし、足をなめようとし、果ては服を脱ぎはじめようとした少女を押さえつけ、言い聞かせ、ついには命令してやめさせた。
なおも後ろを付け回し、隙を見ては誘惑してこようとする少女にもう行くのでついてこないように言うと彼女は眼を見開いたまま滝のように涙を流し始め、自殺用の縄を探し始めた。
根負けしてまた来る約束をすると、少女は一転して満面の笑みを浮かべ「フェイと申します。これから末永く、どんなことでもお申し付けくださいね!ご主人様!本当になんでもいいですから!どんな性癖でも受け入れますから!」と高らかに宣言したのだった。
聖者あらため変態を見る目になったビブラ司祭と孤児院の少年少女。
なんとも言えない雰囲気になった孤児院を我は小走りで逃げ出すはめになったのだった。
この世界に来て感じたことのないほどの疲労感を覚えながら、ようやくのことで冒険者ギルドにたどりつくと、フェリシアにレベルアップと依頼の顛末を報告した。
「神聖魔法ねえ……それは素晴らしいですけど、ねえ」
フェリシアもなんとも言えない目になってしまった。
「別の依頼を受けたい」
頼む。あの孤児院についてはもう触れないでほしい。
「フェイちゃんのことはあまり気にしないほうがいいですよ。あの娘さんは……」
「別の依頼を受けたい。孤児院の方は失敗扱いにしてほしい」
「は……はいはい、別の依頼ですね!」
フェリシアはわざとらしく手元の書類をばさばさとめくった。
それは「今年度の予算の概要」だぞ。どこに依頼が書いてあるのだ。
「討伐依頼とかどうでしょう!お強いんですし、ぱーーーっと戦って忘れちゃいましょう!」
「そうだな!ぱーーーっとな!はははは!」
乾いた笑い声が出た。
ハルキスには小迷宮と大迷宮があり、"二つの迷宮の町"とも言われる。フェリシアから聞いた豆知識だ。
小迷宮は地下五階までの自然洞窟とその下に続く二階分の地下墳墓からなる。
我が冒険者人生の初依頼はこの小迷宮の二階に巣食った"オークリーダー"の討伐だ。
前回の依頼は失敗しているので数えない。戦士として生きるのだから最初からこうした討伐依頼を受けるべきだったのだ。
オークとは迷宮に住む怪物の一種で、強さは以前戦ったノールより下。
ただし、今回のオークはリーダー種で、本来地下墳墓の入り口を縄張りとするものがなぜか低階層に出現し、群れをなして駆け出し冒険者を脅かしているという。
群れはリーダーを倒せば瓦解するので、全部討伐する必要はないが、右の耳を切り取ってくればその分も通常の討伐として報酬を出す、とのことだった。
小迷宮の二階までは地元の子供でも薬草を取りにいくようなところで、これまでは普通のオークすら出なかったらしい。
小迷宮は徒歩でハルキスの城壁から二十分ほどの場所に口を開けていた。
迷宮の入り口というからもっと恐ろしげな場所を想像していたが、そこはむしろ寺院の門前町のような具合に露店商が並び、人が行き交う賑やかな場所だった。
武装した者は多いが重装備はほとんど見ない。
剣も持たず、木にとがった石をくくりつけた即席の槍をにぎりしめた者さえいて、普通の町人より貧しい暮らしをしているのが伺えた。
フェリシアの地図によるとオークリーダーは地下二階の奥、薬草やキノコの採取場を占拠している。
上下の階段は全く関係のない場所にあり、それなりの腕の冒険者はわざわざオークリーダーと戦ったりせずに下層にいってしまうので、結果として採取場を稼ぎの主体としている下級冒険者が困窮しているのだという。
小迷宮の入り口は自然の洞窟そのままで、暇そうな受付がぽつんと立っていた。
なぜ受付だとわかったかというと、首に「小迷宮へようこそ」と書いた札を下げていたからだ。
「地下二階のオークリーダーを倒す依頼を受けて参った、ヨーハン・ハイデンベルクと申す」
「こりゃどうも……えらく強そうな人を頼んだもんだね。いや、別に私に断ったりしなくていいよ?うっかり大量の怪物を引き連れて逃げて来るバカがいないかを見張ってるだけなんで」
受付ではなかったようだ。
冒険者同士の喧嘩の仲裁すらせぬ、殺してしまったら迷宮に蹴り込んでおいてほしいと言う。
この世界の倫理観も相当なものだ。冒険者関係に限定したものかも知れぬが。
迷宮内部は魔法の松明が所々に配置してあり、かなり明るかった。
受付に話していた時からやたらに人が集まり始め、迷宮の中にまでついて来る者もいて少々騒がしいほどだ。
おそらく食い詰めた下級冒険者なのであろう。我が討伐をしたら滞っていた薬草採取やキノコ採取をするつもりなのだ。
一・二階に通常現れる怪物は大ネズミと巨大ナメクジ。その"大”や"巨大"さたるやおよそ通常の五倍だったり百倍だったりするというのだが……これが怪物?




