宿屋に篭る日々③
夢は見なかった。
気を失っていたのはそれほど長い時間ではなかったに違いない。
まだ夜は明けていない。
しかしMPが0になるのは避けるべきだ。しっかりと理解できた。
今誰かと戦っていたら間違いなく死んでいる。
おそらく時間経過によってMPが回復し、それによって目が覚めたのだろう。今集中してしまうとまた気絶するはずなので数値の確認はできない。
体はいったん完全に力を失い、ベッドに投げ出されたようだ。
木製のベッドの脚がすべて折れている。
全体重をあずけると軋むので、今までは座る場合もかなり注意していたが、完全に無駄と終わった。
こちらはこちらで大問題だ。
朝になったらなぜこのようになったか、サリシアに説明しなければなるまい。
かすかな頭痛が我を襲った。
「申し訳ございません。もっと丈夫なものに取替えさせます」
サリシアは特に驚いた顔もせずそう言った。
本来座ったり寝たりする必要はないのだが、ベッドなしでよいと言うのもおかしいのでもらった報酬の中から渡そうとした銀貨も断られた。
「アリアス様からは必要経費ということで過分に頂いております。ご心配なく」
「サヨウカ」
「それよりお食事はお部屋に運びましょうか」
「無用。散策イタス」
非常に面倒だが、食事をしない男などという噂が広がるのは望ましくない。
散策中に食事をすましていると思ってもらおう。
空腹ではないが、何か食事をしようと思えばできぬことはないと思う。
ただ、マナーの面というか、食事の後が汚くなるのではないかというのが気になるのだ。
宿屋前の通りは朝食を売る屋台がいくつか出ている。
そうだ。
たとえば、こうしたものなら。
我は朝食に似つかわしくない骨つきの得体の知れない肉を買い求めた。相場は聞いているし、不審を呼ばぬように両替も済ましてある。
屋台商人は甲高い声で「ありがとうございましたぁーーーー!」と言って肉を押し付けてきた。
明らかに渡した銅貨より肉が多い。怯えさせてしまったか。
顔もいずれなんとか隠さねばなるまいな。
歩きながら肉を噛みとる。我は田舎貴族の出で、聖職者になる前はかなり行儀の悪いこともしていた。
戦士ならばこれくらいの方がふさわしいはずだ。
なかなかうまい。骨を噛んでももほとんど感じないほど柔らかい。
少々夢中になって食べていると、周りから人が引いていた。
「うわ……ギョルの骨を菓子みたいに齧ってる……」
「あの兜どうなってるんだ?」
「お母さん怖いよぉ!」
「静かにして、あんたなんか頭から食べられちゃうわよ……」
「人間じゃねえ……」
散策は短く終わった。
「おかえりなさいませ。散策はいかがでした?」
「少々悪目立チスルヨウダナ……」
「うふふふ。ハイデンベルク様のような方はなかなかおられませんから」
「ドウシタモノカ」
「そうですねえ。早めに目立たないようになりたいと思し召しでしたらお城の騎士か冒険者になるのがいいと思いますわ。人間というものは強い力を持った得体の知れないものを恐れますもの」
だから、力を持っていても不思議でなく、そして馴染みのある存在になってしまえばいい、ということか。
「ありあす殿カラ騎士ニナルヨウススメテオケト言ワレタカ?」
「いえ、そういうことは特に。差し出がましいことを申して相すみません。私、実はアリアス様の庶子の妹にあたりますの。身分違いですけど、とても仲良く育ちまして、あの戦いのこともくわしく聞いております。」
なるほど、それで妙に訳知り顔に世話をしてくるのか。
「騎士と冒険者は町の守護者。ハイデンベルク様のようなお強い方が守護者になっていただければこんなに心強いことはありません」
サリシアはそう言ってにっこりと笑った。




