弱くてNEWGAME
時は過ぎ、流れる。
烙印を押された男が荒野を行く。
北方人の勇者だったが、彼にはもう名がなく、誰にも触れられず、死ぬことすらない。
酷いことだ。
主はロンギヌスを許したまい、聖人にさえ列したというのに。
彼女らをなんとか説得できればよいのだが。
ひどく頑固だ。
烙印の男の件で直接話をする機会が多くなることを狙ってわざと許さないのではないかとさえ思えてくる。
邪推かもしれないが、困ったものだ。
大母……アリスと呼ばれていた彼女は今では聖十字教会を手中に収めてしまい、無数の教会を建て、信者の数を増やし続けている。
彼女は信徒には寛容すぎるほど寛容で、神(つまり我)と自身に対する尊崇以外はなにも求めないと評判だ。
彼女の盾と剣は無数の怪物と異教徒の血に浸り、乾く間もない。
彼女の行くところが中央教会になるため、聖十字教会の中枢はさながら辺境を渡り歩く傭兵団のごときありさまだ。
そしてもう一人、聖処女……フェイと呼ばれていた彼女は大母と早いうちから袂を分かち、郊外の修道院でその勢力を伸ばしていた。
同じ神を崇める双子の教団で、外敵には一致して当たるが、宗教論争を限りなく続け、いがみ合う仲でもある。
宗教論争と言っても、詰まるところどちらがより神の良き子であるかという一つしか論点はないのだが。
前回、十年ぶりに開かれたハルキスでの合同公会議では大母と聖処女はいかにヨーハン・ハイデンベルクを膝枕に乗せたかというのが主たる論題であった。
伝説に残る膝枕の回数もさることながら、その癒やしの度合いが重要とされ、実際にそれを目撃した生き証人であるハルキス伯爵が重要参考人として慎重に言葉を選びながら語ったところによれば、聖処女の膝枕に頭を預けたヨーハン・ハイデンベルクのほうがかすかではあるが癒やされた表情において勝っていたのではないかということであり、三日間の論争はわずかに修道院側が有利に進んだ。
……全て、まるっと嘘ではないか。
ハルキス伯爵め。
よほど修道院のワインの利権に絡みたいらしい。
まあよい、彼も年老いた。
いずれこちらに来たら嫌みの一つも言ってやろう。
こうしたくだらない争いも平和と繁栄の一つの形である。
善哉。
輪廻は滞りなく続き、竜と巨人、諸々の魔族、人間はそれぞれに必死に生きている。
我は時間を超えた一瞬、地上に向けていた目を果てなき彼方に戻した。
未だ周囲は泡立つ混沌の領域であり、助けは足りず、自らの力はたのむも心許ない。
しかし希望は常にある。
「ジェスター。配下の天使を左舷の修復に回せ。前方の時空震はこちらで対処する」
「主よ……救い給え……」
知恵を絞って生き延びろ!