死んで終わる物語
夕刻、南部連合軍が戦場に到着した時にはすでに大勢は決していた。
紫の夕映えが焼け焦げた平原を染める中、選りすぐりの勇士たちは白い顔を俯かせ、空中や地上を這い、飛び、歩くものたちにあまり目を向けないように努めながら最後の争闘の場所に向かった。
"深淵の人々"は過半を失いながら、未だ健在である。
灼熱の剣が小山ほどもある混沌の野獣を斬り捨てると、彼らの周りに一時的な空白が生じた。
荒い息を整え、不快極まりない血飛沫を拭う。
「"母"に連絡は」
「未だ感なし。"母"に異変がある可能性が捨てきれぬ」
「……なんとか一人でも逃がしたいが」
「例の気配が動いた」
「無理じゃろ。見よ」
平原に風が吹いた。
異形の者どもが音を立てて一斉に拝跪する。
三人の人間が低頭する怪物どもなど目に入らぬかのように歩いてきていた。
奇妙に生き物に似て、なおどんな生物にも似ていない奇怪な甲冑を纏った男が長だ。
間違いない。
「"深淵の人々"よ」
彼は兜を外し、尋常な目鼻立ちの顔を露わにしながらむしろ優しげな声で宣った。
ここまでよく来た、と。
「「ヨーハン・ハイデンベルク様のために、死になさい」」
優しさの欠片もない凍えるような声で二人の女が吠えた。
「殺すのが目的ではないのだが」
困ったように男が頭を振った。
「ある意味、これはよい機会でもある……うん。世界をあるべき姿に戻すために……」
ヨーハン・ハイデンベルクと名乗る男が悠長に聞こえる説教をしているうちに、背の低い方の女が祖先から伝えられた武具に籠もった呪力も、山に例えられる防御力も関係なしに"深淵の人々"を打ち据えた。
反撃は誰に向かったものも全て宙に浮かんだ輝く盾を従えた女に受け止められてしまう。
「"完全防御"」
たまらず、"深淵の人々"は最後の切り札を使ってかろうじて命をつないだ。
暫時、いかなる打撃も魔法も防ぐ神代の防御呪術。
「なんとか、"母"の元に一人でも!」
しかしそれは鬼のような形相をした女たちをさらに激高させるだけに終わった。
「役立たずと思われたらどうしてくれるの!絶対殺す!!」
それは女たちどちらの声だったか。
拳が、剣が、盾が、目に見えない速度で叩きつけられる。
「魂の輪廻に戻るだけなのだよ」
まだ説教をしている男の目の前で、"完全防御"の防御円は途轍もない攻撃によって無理矢理地面にめり込まされ、歪み、ついに耐えられず、弾けた。
「よくやった。二人とも」
ヨーハン・ハイデンベルクは穏やかに言った。
「アリス、フェイ。よくついてきてくれた」
「よくやった。今こそその時」
"最初の母"の威厳に満ちた声がヴァンダリを泥濘の中から呼び覚ます。
「これは妾のいのち」
意識は混濁し、生きているかどうかさえ定かでない彼だが、手に鉄が触れたのはわかった。
「神殺し、やってみせよ」
この世界最大の魔族は人間にその命を託して遠い場所で死んだ。
手から独りでに飛んだ冷たい鉄のやいばは過たず。
ヴァンダリは神殺しになった。