他意はない
『大高、今日は楽しかったな。また一緒に食いに行こうぜ』
『これから風呂?それとも今入ってる?』
『もう寝たか?明日も今日と同じ時間に迎えに行くけどいいかな』
「……うっ、ぜぇぇ」
メール、メール、メールの嵐。受信ボックスが建内からのメールでどんどん埋まっていく。
迎えに行くけどいいかな?じゃねーよ。どこのお昼の司会者だ。
……今日の放課後、建内とアイス屋に寄ってから明らかに奴の態度が変わった。
今まで以上に「大高!大高!」とべったりしてきて、あげくにはアドレスの交換を要求してくる始末。
流石に「お前調子こいてんじゃねえぞ」と言いそうになった。
が、またもや建内の顔を見たらその台詞は出てこなかった。
お前調子こ、まで言いかけると奴はしゅんとして捨てられた犬のように不安そうな目で私を見ていた。
マジでふざけんなよ。
これじゃ私が人でなしみたいだろう。
私は、一瞬の間で想像した。ここで断ったらどうなるのか。そして激しく泣きたくなった。
きっと1週間は落ち込み続けるだろう、親戚でも亡くなったのかと思う程に。
私に話しかける度に「あ……悪い、俺なんかが大高に声をかけたら駄目だよな。本当ごめんな」となる確率99%だ。
結果、私は涙が出そうになるのを堪えながら「うん、喜んで」と言ってしまった。鼻の奥がツーンとして痛かった。
私のちっとも喜んでなさそうな喜んでを聞いた建内は目茶苦茶幸せそうで、心なしか左右にブンブン揺れている尻尾が見えた気がする。
犬。まるで犬。私は犬好きだけど、このワン公はちっとも可愛くない。
「こいつ…どんだけ暇なの?」
交換はした、けど私は建内からのメールに一度も返信していなかった。
非情、いくら何でも可哀想と罵られようがどうでもいい。大嫌いな相手と仲良くおしゃべり出来るはずがない。
というか、帰宅してから現在まで約20通も送られて来ているんだ。そんなのにいちいち丁寧に返信していったら切りがないじゃないか。
あぁ、ほら。また来た。
そろそろ迷惑メール扱いしても怒られないと思う。
『大高!空!』
「は?」
そら?がどうしたの?
写メくらい付ければいいのにと思いながらジュースのペットボトルに口をつける。
「……あ」
建内のメールの意図に気付き、急いで部屋のカーテンを開けた。
「う、わぁっ」
すごい、と思わず呟いた。
星だ。
満天、と言ってもいいぐらいの星空。すごい、キレイと素直に感じた。
こんなにたくさんの星が見れるなんて珍しい。
それに星だけじゃない。月まで鮮やかに見える。今夜は、満月だ。
少しばかり冷えるが、カーテンだけじゃなく窓も開けて軽く身を乗り出し、夜空を眺める。
「これのことだったのかぁ」
ぽつりと呟いてから少し考えて、携帯に手を伸ばした。
『綺麗だね』
それだけ打って、返信ボタンを押す。
まぁ、全部無視するのも可哀想だしね。
いいもの見せてくれたから、その…お礼みたいなもんだし。
「あいつにも星が綺麗だって思えるまともな感性はあったんだなぁ」
携帯を枕元に投げてベッドに寝転がる。
建内がちゃんと赤い血の通っている人間だという事を知って、何だか妙な気分になる。
どんな悪人や外道でも人間なら、1個くらいの長所はあるもんだよね。
良かった良かったと目を瞑ったその瞬間。
すぐ横の耳元から、お気に入りの音楽が鳴り響いた。
こ、この着信音は…まさか。
物凄い勢いで起き上がった私は携帯画面を確認する。
電話だ!
相手はもちろん…
「たけうち、れん」
何だ、何なんだ!?
私は『綺麗だね』としか打っていないはずだ。
みじけぇよ!もっと他に感想あるだろ!と文句でも言いたいのか?
なるべくなら通話したくない、通話したくないけどわざわざ電話をかけてきた理由が気になる。
不安と緊張で頭がどうにかなりそうだが、恐る恐る通話ボタンを押す。
「……も、もしも」
「大高!?空、見たか空!すごいよな、俺何となくベランダに出て上見上げたらびっくりしてさぁ!すっげぇなって思ったら同時に大高の顔浮かんだからテンション上がってソッコーメールしたんだよね!」
「……っそう、ですか」
「うん!」
耳の奥がキーーーンと悲鳴を上げている。鼓膜がぶち破けるかと思った。
この男は今の時間帯を忘れてるんじゃないか?
私だけじゃない。間違いなく、建内家のご近所にまで迷惑をかけているだろう。さすが建内、どこまでも不愉快な奴だ。
「大高」
「え、なに?」
「月、綺麗だな」
「……うん、そうだね」
確かに、この星空と満月だけは心から綺麗だと思う。
声には出さないけど私はこっそり建内に感謝した。
絶対、直接は言わないけどね!