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立場逆転  作者: 夏樹
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奴隷じゃあるまいし

「大高、おはよ」


「……おはよう」



あのリンチ事件から1週間が経ち、私はストーカーに付きまとわれていた。

生まれて初めてのストーカー被害に戸惑いを隠せないが、それ以上に怒りが沸き上がってくる。


そのストーカー野郎こと建内蓮は毎日毎朝、私を家まで迎えに来る。そしてお昼休みになると一緒にお弁当を食べたがり、放課後には「どこか寄っていこう」と誘ってくる。

強引な割には私が本気で拒否ると「ごめん、嫌だったか?」と申し訳なさそうな顔で謝ってくるし。

この変わり様はどういう現象だ。私の頭では処理が追い付かない。


そしてやっぱり今日の朝も、建内はウチの玄関の横に寄りかかって私を待っていた。

チャイムを鳴らさず、大声で叫んで呼びかけもせず、ただじっと私を待っていた。


不気味極まりない。


コイツはつい最近まで私に嫌がらせをしまくっていた。いじめが人生の生き甲斐です、他人に不愉快な思いをさせないと死んじゃいますみたいな男だった。

私は今現在でも建内のことは大嫌いだし、あの嫌がらせの日々は思い出すだけで腹が立つ。


今日はいい天気だな、などと柄にもない爽やか台詞を言ってのける建内を無視して早足で歩き出す。

すると奴はわざわざ私の隣にやって来て歩幅を合わせてきた。



「もう、ついて来ないでよ!何なの?また嫌がらせ?」


「んなことすっかよ。お前と学校行きたいだけだって……あ、カバン持つか?」


「いいですそんなの。奴隷じゃあるまいし」


「大高なら俺喜んで奴隷にでも下僕にでもなるよ。大高だけの召使いにさせて?」


「うるっさい!」



気色悪いわ!嬉々とした表情でこき使って下さい発言すな!

大体自ら奴隷にしてくれなんて願い出る奴隷はいないだろう。建内、お前はただのマゾだ。鳥肌が治まらないから私の視界に映らないでもらえるか。


……という願いもむなしく、建内が眉をひそめながら私の顔を覗いてきた。

コイツはもしかして人の心を覗けるという超能力でも持っているのか。余計恐ろしい。



「……まだ残ってるな、頬の痣」


「痣?あぁ、こっちの」


「大高可愛いのに。アト、消えないかな」


「そんなの殴った建内くんが一番よく分かってるでしょ」



あ、やばい。言ってしまった。


そろりと建内に視線を向けたら「うっ」と声が出そうになった。

目茶苦茶凹んでるよ。こっちが罪悪感に駆られるぐらい凹んでるよ。


つい先日も私が同じような事を言ったら、一日中塞ぎこんでいたのだ。

過去の自分の行いを悔いているのか分からないけど、あれは見ていてこっちがごめんなさいと謝りたくなるほどだった。絶対謝らないが。


だから気を付けていたのにな……不覚だ。

面倒くさい男だなと思いつつもそれを口にせず、建内に声をかける。



「いや、うん、すぐ治るよこんなの。実際ちょっとずつ薄くなってきているし、ね?」


「……っご、めん」


「大丈夫だって。だから元気出して」



おかしくないか。何故被害者の私がフォローしなきゃいけないんだ?


背中をぽんぽんと叩いて励ましたら、建内は俯き気味だった顔を上げてキラキラした瞳で私を見てきた。

見るな。そんな目で私を見るな。



「お前、マジでいい女だ」


「それはどうも」



違うだろ。お人好しなんだろ、ちくしょう。

はぁぁ、と項垂れている私の隣ですっかり元気になった建内は、おもむろに自分のカバンの中を漁り始めた。



「なぁ大高、アイス好き?」


「好きだけど…なんで?」


「俺、いいもん持ってんだよね」



ほら、と渡されたものはアイス屋の割引券だった。


これは…確かに良いモノっぽい。新しく出来たお店なのかな?学校からもそんなに遠くない場所だ。

しかし、私の目に留まったのは「カップル限定・全種類50%OFF!」と表記されている部分だった。


……ん?ナニ限定だって?



「今日の放課後、暇?俺と行かね?」


「これカップル限定って書いてあるけど」


「付き合ってるフリすりゃ入れるよ。確認のためにキスとか、そんなん無いから」


「ま、待って。建内くんと私が?」


「俺と、大高が」



……いやいや、無い。あり得ない。

いくらアイスが好きでも建内とだけは全く行く気になれない。

何かの試練だとしか思えない。



「ここって最近オープンしたばっかのトコだって。行ってみたくねぇ?」


「ひとりで行くんで」


「でもさ、半額だぜ?アイス全部半額。大高ひとりで行くより得だと思うけど」



アイス、ゼンブ、ハンガク


原始人のように単語ひとつひとつを区切って頭の中で復唱する。


ずるい。卑怯だ。

ある意味これじゃ嫌がらせだ。たちの悪い誘惑をしてくる目の前の男が憎い。

悪魔・建内からの言葉は、私を引き止めるのに充分すぎる力を持っていた。



「…ほんとうに、ほんっとうに恋人確認みたいなことはしなくていいんだよね?」


「え、行ってくれんの?」


「アイス食べにいくだけだし」


「マジで!っしゃあ!」



ツーンとしてる私とは対称的に、嬉しそうに顔を綻ばせてガッツポーズを決める建内。

大高と初デートだ、やったぁ、等と聞こえるがあえてそれを無視する。今さら遅いかもしれないが突っ込んだら負け、突っ込んだら負け…自分にそう言い聞かせる。


アイス食べれるならこれくらいの苦行は仕方ないよね。


こんなに喜ばれたら悪い気はしない、し。ほんのちょびっとだけ。

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