前編
短編の予定だったのに……一向に完結しない……。
とりあえず前編、後編ぐらいで完結予定……(>_<)
―――遠い遠い空の下。
私に光を……希望をくれたあなたの幸せを願っています。
たぶん忘れることは、できないでしょう。
この命が続く限り、あなたのことを愛しています。
***
子育てというものは、戦争といっても過言ではない。
仕事、家事、育児すべてがノンストップ。
協力してくれるパートナーがいれば話は別だが、あいにくと私はシングルマザー。
親や兄弟にも相談できず、逃げ出してきてしまった。
協力者は大家のおばあさんと、近所のママ友。本当に助かってます。
でも、弱音を吐くわけにはいかない。子どもを産むって決めたのは私。両親にも、兄弟にも、もちろんあの人にも知らせずに……。
絶対に守ってみせる。私と彼との間にできた娘を――。
「……さ……、おか……ん、おかあさん!!!」
「え、あ、ごめんボーっとしてた。なに?どうしたの?」
「もぉう、そんなんじゃあしたおしごとで、しっぱいしちゃうよ。」
「そうだね。心配してくれてありがとう。で、どうしたの?」
「ぅん……あのね……こんど、ほいくえんでね、うんどう会があるの……。でも……いいや。おかあさんおしごといそがしくて疲れてるでしょう?ムリしなくていい。」
「ううん、そんなことないよ。お母さん運動会行きたいな。サクラ練習頑張ってるんでしょう?お母さんサクラの頑張りを見に行かなくちゃ。」
「うん!!!あのね、あのね、サクラかけっこ速いんだよ。1番取るからね!!!」
「楽しみにしてるね。」
それからサクラは運動会の練習のことをいっぱい話してくれた。はしゃぎながら一生懸命に話すものだから疲れて、寝てしまった。
この子の寝顔はあの人そっくりで、うれしいような切ないような気持にさせる。
彼は今どうしているしら―――。
***
私が記憶している、あの人との出会いは私が18歳、彼が14歳の時でした。
普段なら絶対に入ることのできない、竜王様のお城に母とともに出かけたのです。
母は神子様が竜王様と仲たがいをして、家出したとき住んでいた村の村人でした。
当時、母と神子様は年齢も近く、子育ての苦労をしているもの通し気が合い、仲よくしていたそうです。その時、私は幼い彼に会っていると考えられますが、残念なことに私も幼かったため、覚えていません。
母と神子様の交流は、神子様が竜王様のもとに帰った後も続いていました。
その日は竜王様と神子様の間に生まれた、双子の姫君の出産お祝いに、母とともに伺ったのです。
姫君は一卵性の双子。一卵性双生児の不思議というやつでしょうか、姫君たちは同時に泣き出します。しかも、神子様や竜王様、4人の兄君達、家族があやさないと、泣き止まないという問題点がありました。
夜はいいのです。竜王様のファミリーは、家族の時間を大切になされるため、手があるのですが、昼になると、竜王様は執務へ、兄君達は、勉学と執務が待っています。神子様一人の手に、姫君たちの育児がのしかかってくるのです。できる範囲で侍女の方々が神子様をサポートしていましたが、限界が来ていたのです。
そんな事とはつゆ知らず、姫君のお一人が可哀想で、つい手が出てしまいました。
すると、どういうことでしょう。姫君が泣き止んだのです。
神子様も、近くにいて泣き声を聞いて駆け付けた、ご長男であるシオン様も、びっくりなさっていました。
その日から、私はお城にとどまり、姫君達のお世話係をすることになったのです。
そしてこの日が、私とシオン様の出会いとなったのです。
***
シオン様はとても優秀なお方でした。
竜としての身体的なお力は、双子の弟君であるディラン様には劣りますが、伝心能力をはじめとした精神的なお力は、竜王様が唸るほどでした。
お二人はそれぞれ個性を生かし、シオン様は執務や公務を中心に、ディラン様は軍部を中心に国のため、また、後継ぎとして努力をなされていました。
姫君達はとてもかわいらしく、また、私によく懐いてくれました。時々失敗はあるけれど、竜王様も神子様も、もちろん姫君達の兄君方、お城の方々にも優しくしていただき、微力ながら神子様をお助けできていると、仕事に充実感を持っていました。
私の仕事の時間は、竜王様方が朝執務および、勉学に励まれている時間です。つまり、朝から夕方程度までになっていました。時々延長がありましたが、大抵時間通りに終わります。
そんな、お仕事や勉学忙しい時間でも、度々、神子様と姫君を訪ねに竜王様や、王子様方が訪ねてくることがありました。
そんな中私の視線は常に、シオン様へと向いていたのです。
竜王様のご子息であられる王子様方は、皆様美しい容貌をされていますが、私はシオン様が気になって仕方がありませんでした。
竜王様の後をお継ぎになる方……私には計り知れない葛藤があったのでしょう。
私がみるときは常に、何か考えている様子でした。
とくに会話があるわけではありません。
ただ……ただ、時々、休憩時間に裏庭で休んでいた時に隣にいらっしゃることはあった。
たったそれだけの関係でした。
***
そんな日々が2年ほど続いたある日、彼が16歳、私が20歳の時だった。
いつもの裏庭で私は……シオン様に犯された。
正確な表現は犯されたとは、違う。
私は、抵抗らしい抵抗をしなかった。
そのころにはもう、なぜ目が行ってしまうのか理由を知っていたから。
身分も立場も違いすぎる。それに竜王となれば、彼は異世界から神子様を召喚し、つがいとしてお迎えする。
共にいられる未来なんて、考えもしないものでした。
それでも、たった一時でも、彼の安らぎになれればいいと感じたのです。
実際彼は、とても切なそうな顔をしたけれど、どこか晴れやかな気がしたから。
その日を境に、私は時々、夜、彼の部屋に呼び出されるようになった。
気を使ったのは、誰にも知られないようにすること。
こんなことは、優しく、信頼してくださった竜王様や、神子様、お城の方々に対する裏切りにしか感じられなかったから。
***
そんな生活を半年も続けていると、問題が起こった。
姫君方の遊び相手をしていると、不意に気持ちが悪くなり、お手洗いに駆け込むことが何度かあった。
思い当たることは―――妊娠。
どうしたらいいのかわからなくなって、いつも通りの生活を行おうとしていた。だけど、できるはずもなく……神子様に知られてしまった。
神子様は、私の体調がどこかおかしいことを心配し、医者にかかるように何度となく言われた。しかし、決定打をもらうのが怖くて……。
ついには、6人の子の母君である神子様に気づかれてしまった。
「……いったい誰の子なの?あなたは、私が友人から預かっている、大切な娘さんなんだよ。正直に話して……。責任をとらせるから。あまり考えたくないけど、堕すことだってできる。」
「そんな!!!それだけは絶対にダメです。そんなことはできません。」
「じゃあ話して?城下の人?お城の人?」
「…………言えません。」
「……ねぇ、私あなたのこと自分の娘だと思ってるの。幼いころを知っているのももちろんあるけど……この2年半双子の面倒を一緒に見て、優しく接してくれているのを見ているとね……家族の一員だと思っているの。だから、家族がつらい目に合うのはつらいんだ。話してくれる?」
「…………これだけは……神子様でも言えません……。」
「シオンの子どもだろう。」
後ろから急に第三者の声。
振り返らなくてもわかる。それでも確認のために、恐々と振り返る。
「竜王様……。」
予想通り、背後には扉に腕を組んで寄りかかる竜王様がいた。
「聞かずともわかる。気がシオンに近い。まだ不安定だから気も微弱ではあるが……。お前はどうするつもりだ?」
「……。」
「産むつもりなのであろう?では、どうするのだ?シオンに告げぬのか?」
「黙って聞いてたらなんなのよ、その態度!そんなに威嚇しなくていいでしょ!!!怖いじゃない。妊娠初期なんて、ただでさえ負担が大きいんだから。プレッシャーなんてかけられたら最悪よ!!!」
「いや……そんなつもりは……。」
「つもりはなくても、そんな態度よ!!!」
竜王様の言及にこたえられずにいると、神子様がかばってくれた。
「あの人のことなんて放っておきましょう。でも、あの人の言ってたことが本当なら、お腹の子は、私たちの孫ってことになるのよね?どうして言ってくれなかったの?あの子と恋人だって。」
「いいえ、神子様私とシオン様はそんな関係ではありません。この子もシオン様の子ではありません。そんなことは絶対にありません。私とシオン様に関係など、あるはずもないじゃないですか……。」
「言い逃れなぞ意味がないぞ。その腹の子は明らかに竜族の……シオンの子だ。状況からみても、ほぼ間違いなくそうであろう?」
ドキっとした。知られていたのだ。神子様は状況がわからず声を上げる。
「……状況って何の話よ?」
「時々……シオンとともに裏庭にいたであろう?城から数回みかけたことがある。」
言い逃れなどできぬ状況、けれど……認めるわけには、絶対にいかなかった。
「その場所は、城からは見えぬはずです。」
「やはり……そうなのだな。城から見えてなどいない。だた、シオンと隣にいる人の気を感じただけだ。お前だったのだな……。」
息が止まるかと思った。カマをかけられたのだ。
しかも、焦って否定し、真実を自分から告げたようなものだ。
「シオンの子なのね……。あの子、人様の娘さんになんてことを!今すぐに責任をとらせましょう。その前に、ぶん殴ってやる。」
神子様の口から恐ろしい言葉を聞いた。
「いいえ、神子様。シオン様には何の責任も咎もないのです。そんなことは……。」
「なに馬鹿なことを言ってるの?子どもができるようなことをした時点で、責任大有りよ!!!咎がありまくりよ!!!恋人にしたってひどいわ。」
「…………私とシオン様は、恋人ではありません。そもそも恋人になどなれるわけもないではないですか。」
「恋人でないの!!!?それこそありえないわ!!!恋人でもない女性に子どもをつくらせるなんて!!!!」
私の言葉を聞いた瞬間、神子様は激昂した。
「……あなた……あの子は、万死に値するわ。今すぐにやってきて。」
やるが殺すに聞こえた。
「落ち着け。彼女の希望も聞いてやろう。それからやっても遅くはない。」
えっと……竜王様も同意なの?
「それもそうね。ねぇ、あなたはどうしたいの?」
「私は……私は……ぜ、贅沢を言わせていただければ、このままシオン様には何も告げずに、お城での仕事を辞職したく思っています。それで、この子を産んで一人で育てていきたいと思います。未だに、姫君達の人見知りが激しい中、こんな贅沢を言うのは、どうかと思っているのですが……。」
「仕事のことは、どうとでもなるからどうでもいいのよ。……本当に何も告げなくていいの?」
「はい。……シオン様の負担にだけは……なりたくないのです。」
「…………あなたは、シオンが好きなのね……。」
「……私などには、遠い遠い夢のようなお方です。だけど……こんなことを口にするのもおこがましいですが、お慕いしております。」
「…………わかった。城でのお仕事はやめて。そもそも双子の面倒は、妊婦さんにはきついもの。」
「ご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません。」
「こんなこと迷惑でもなんでもないわ。それより、ねぇ竜王様?」
神子様が、今まで静かに話の成り行きを見ていた竜王様に話しかけました。
「お前がそんな風に呼ぶな……。で、なんだ?」
「私たちの孫が生まれるっていうのに、なんにもしないなんてないわよねぇ?」
「当たり前だ。それに、こんな言い方はどうかと思うが、竜族の子どもを放置することはできない。」
「そうようねぇ。ねぇ、あなたはどうするの?」
「どうするとは……?」
「お城の職を辞めた後よ。このまま城に滞在するは、たぶんないでしょう?実家に戻るの?それとも一人暮らし?……町を出る?」
「…………実家に帰るつもりはありません。両親や兄弟に告げるつもりも……。街を出て、どこか静かなところで、この子を育てていきたいと思います。」
「そう。でも、妊婦さんに長旅はつらいわ。産後体が落ち着くまでは、城下にいて。その後の生活の場は、私達で用意する。生活も不自由させるつもりはないわ。」
「そんなことをしていただくわけには……。」
「いいのよ。私は娘と、孫につらい思いをさせたくないの。」
「神子様……。ありがとうございます。」
「基はといえば、うちのバカ息子がいけないんだから。って、ことでよろしく竜王様。」
「わかった。城下のはずれに、余の個人所有の屋敷がある。竜族の力を遮断する結界が張ってあるから、シオン達も知らないだろうし、知られることもないと思う。しばらくはそこにいろ。」
「本当にありがとうございます。」
涙が止まらなかった。よほど足りない女に対して、神子様も竜王様も優しかった。
***
それからの日々はアッという間でした。
城を出るための荷造り、お世話係の後任決めなど、忙しく過ごしました。
同時にシオン様もお忙しくなられたようで、シオン様に呼ばれることはありませんでした。竜王様と神子様によると、忙しくすることで、私への接触を最低限にすることと、私の動向に気づかせないようにするためだそうです。
しかし、今夜は城での最後の夜。
明日の朝には、私はここを出ます。そして、もう二度と戻ってはこないでしょう。
そんなこともあり、最後にシオン様のお姿を拝見したく思い、また、伝えるだけなら自由だと思い、竜王様に頂いた、竜の気封じのネックレスをつけて部屋を訪ねました。
―――コンコン
―――カチャ
ノックをしてしばらくすると、彼が部屋をあけてくれました。
呼び出しがなければ訪れることのない、私が来たからでしょうか、ひどく驚いた様子、また、お仕事が忙しいのでしょう、顔色もあまりよくありません。
「中に入りますか?」
彼が声を掛けてくれました。しかし、そんなに長居をするつもりは毛頭ありません。伝えたいことを伝えて去るだけです。
「いいえ、ここで十分です。」
「そうですか。ご用件を伺ってもいいですか。」
ふと、気づいてしまったことがある。
会話なんてほとんどない関係だが、彼は私と話すときいつも敬語なのだ。
私からすれば彼は、お仕えすべき人であるため敬語だが、彼は違う。
気を許していないのだろう。そもそも、ただの抱き人形に気を許す必要はない。
乾いた笑いが思わずこぼれた。
「ハハハ……。」
「どうしたのですか?」
珍しい私の様子に、彼が様子をうかがう。
「いえ……なんでもありません。……お伝えしたいことがあってきました。」
「なんですか?」
「…………私…………真名を……マルチナといいます。お伝えしたかったのはそれだけです。失礼します。」
シオン様の反応が怖くて、その場から走って逃げた。
その時だけは、自分が妊婦であるなんて考えもしなった。
ただ、涙が止まらなかった。
***
使用人は最低限の人しかおらず、すべて通いの方であるため、夜には一人っきりだった。
ゆったりとした時間を過ごし、出産に備えた。
臨月近くになると、さすがに夜間に陣痛が来たとき一人だと困るので、一人だけメイドさんに常駐してもらった。
いざ出産の日は、常駐のメイドさんに医師と、産婆さんを呼んでもらい、神子様と竜王様にあて、城へ使いを出してもらった。
陣痛の感覚も狭くなり、もう少しで分娩というところで、神子様が急いでいらしてくれた。
そのあとはずっと付き添って、手を握り続けてくれた。
生まれた娘は、私の緑瞳、ライトブラウンの髪とは違い、黒い瞳に黒い髪。シオン様と同じ色を宿していた。
出産後は疲れのためか、わが子をじっくりと眺め、抱く暇もなく、寝てしまった。
ようやく、眠りから覚め、子に乳をあげていると神子様がやってきた。どうやら私が目を覚めるまでずっといてくれたようだった。
神子様もお忙しいのに、負担をかけてしまって申し訳なく思っていたのが、顔に出ていたのか、「初孫を私があの人より先に抱くのよ。自慢してやるわ。」といって笑わせてくれた。
親切にしてくださった竜王様や神子様に、名づけ親になってほしくてお願いしたが、断られてしまった。
どうにか食い下がり、真名を私が、通り名を神子様がつけてくださることになった。
「『サクラ』という名にしましょう。」
「『サクラ』ですか?なんだか、聞きなれない言葉ですね。」
「私の祖国の花の名よ。薄紅のとても美しい花。私の国には花言葉っていうのがあって、花に意味があるといえばいいのかしら?まぁそんな感じなのだけど、サクラの花言葉が、『精神の美』とか『心の美しさ』なのよ。この子にはそういう子に育って欲しいわ。」
意味を聞いて涙が出そうになった。
竜王様、神子様、そしてシオン様、この子を授けてくださったことに感謝し、名に恥じぬ子に育ててみせると改めて誓った。
***
産後、三月ほどして竜王様と神子様が共にいらっしゃった。
城下を出て、行く場所が決まったらしい。
遠く西方の国境近くの町らしい。家も用意してくださって、竜の気封じの結界が張ってあるとのことだった。
出発は一月後。子連れと、産後ということもあり、3週間ほどの距離を一月かけて行くらしい。
この日の訪問で、竜王様は初めて孫と会うこととなった。
初孫ということもあり、今後会う機会もないせいか、とてもかわいがってくれた。そして、竜王様自ら、竜の気封じのお守りをサクラに着けてくれた。
父親に知れてはいけない身の上の子。せめてこれから一生外すことができなくても、祖父から……竜王様から授けられたものであれば、この子の支えになると信じている。
***
西方の町は住みやすく、人々もあたたかい。
何より、王都から遠いためか、情報があまり入ってこない。シオン様のことを聞かなくていいのが何より楽だった。
ここに来て4年という月日は、瞬く間に過ぎて行った。
サクラが1歳になるまでは、竜王様と神子様から生活の援助を頂いていたが、保育園に預けられるようになってからは、保育園に預け、仕事をし、生活費を稼いでいた。
暇なんてなく、毎日に追われていた。
それでも、サクラに不自由な、さみしい思いはさせたくないと、サクラとの時間もとった。
誕生日は二人っきりだけど、ケーキを手作りして、精一杯お祝いをしている。毎年、竜王様と神子様から、サクラの誕生日にプレゼントが届く。二人からではなく、二人共から……。甘やかし過ぎである。
そんな日常だけれど、父親のいない分を賄えてはいないのだろう……それでも――。
走り続けてきた。そして、これからも走り続けていくと思う。彼への思いを胸に、そして、いつか伝えることができたらいいと思う。
サクラは、私が最も愛した人との子どもだと―――。
***
運動会の当日、娘の好物をたくさん入れたお弁当を持って、保育園を訪れた。娘は一足早く、ママ友が連れて行ってくれた。
しかし、会場となる保育園は物々しい雰囲気。保育園を取り囲むように兵が整列いている。
雰囲気の異常さに危機感を覚え、娘の担当の先生に声を掛けた。
「先生?今日はどうしてこんな……。」
「軍人さんのことですか?嫌ですよね~。対して大きくもない町の、保育園の運動会なのに……。……今日、視察の方が王都から来るんです。この保育園、多少なりとも国からの補助を受けているので……。末端の方まできちんと機能しているか、調べにくるんですよ。」
「そうなんですか。」
「ええ、わざわざ忙しい今日を、選ばなくてもいいとは思うんですけどね。」
「視察はどなたがいらっしゃるんですか?」
「ん~確か……第一王子のシオン様だったと思います。昨日のうちに領主様のお屋敷に入ったはずですよ。」
息が止まるかと思った。
一気に血の気が引いていくのがわかる。
あまりに顔色が悪かったのであろう、先生に心配された。
「大丈夫ですか?ご気分でも悪くなりました?医務室でしばらく休みますか?」
休んでいる暇などあるはずもない。
サクラを連れて、今すぐに帰らなければ……。見つかるわけにはいかないのだ。
「いえ、大丈夫です。それよりも先生、サクラはどこにいますか?」
「それならいいのですが……。サクラちゃんなら今は教室で、準備をしていると思いますよ。」
「そうですか。では、これからサクラを連れて帰ります。」
「え!今日は運動会ですよ!?サクラちゃん、お母さんがみに来てくれるからって、練習とても頑張ったんですよ。」
「わかっています。だけど……今日だけは……お願いします。」
よほど私の必死さが伝わったのだろう、釈然としないながらも、先生はサクラを連れてきてくれた。
「ありがとうございます。」
先生に深く頭を下げた。
運動会の準備で忙しいのだろう。深い事情は聞かず、来週の予定等を伝えると先生は去っていった。
「おかあさん?どうしたの?これからうんどう会なんだよ?サクラ、かけっこで1番とるんだよ?」
「1番は来年の運動会にしましょう。今日は帰ろう。」
「ええぇぇぇ!!!いやだ。サクラうんどう会出る。」
いつもは我儘なんて言わないサクラが、駄々をこねた。
いつもなら……我慢をさせているという思いがあるから、サクラのたまの我儘は答えると決めている。だけど、今日は、今日だけはそうはいかなかった。」
「お願い。お願いサクラ。今日はお母さんと一緒にお家に帰ろう。」
サクラをきつく抱きしめた。
私の常とは違う様子に、サクラは腕の中で小さくうなずいた。
「ごめん。ごめんね、サクラ。そして有り難う。」
サクラを抱き上げ、保育園を出ようとしたその時だった。
遠くから騎馬の音が聞こえる。
急いで出なければ!保育園を出ようと門に手を掛けたところで、兵にとめられた。
「シオン様が入られるまで、一時的に出入りを止めさせていただいております。」
「そんな……あの、すぐに帰らなければいけないのですが……。」
「一時的な処置なので、どうかご理解ください。」
一刀両断だった。しかし、いつまでも門の近くにいると、顔を合わせる危険が高くなる。
「わかりました。」
顔を合わせるわけにはいかない。引き下がるしかなかった。
どこに隠れたらいいのだろうか?
竜の気封じのお守りを付けている、サクラが発見される可能性はないだろう。
ならば、他の父兄に紛れ、封鎖が解除された折をみて、出ればよいだろう。
この、無意識にも彼を見たがための、行動がいけなかった。
見つかりたくないならお手洗いにでも隠れ、裏門からでも出ればよかった。表門にこだわる必要などないのに……。
保護者の人の群れの中から、彼を見ていた。
一瞬、ほんの一瞬、目があった気がした。次の瞬間には、そらされていたから気のせいだとは思う。
だけど、幸せだった。
数年ぶりに見る彼は、少年らしさが抜け、立派な青年へと成長していた。
抱き上げているサクラに声を掛ける。
「サクラ、あれが王子様だよ。」
「ぐすん……おーじさま?」
「そうだよ。王子様。」
「じゃぁ、サクラのおとうさんといっしょだね。だってサクラのおとうさんはおかあさんのおーじさまなんでしょう?」
「うん、そうだよ。サクラのお父さんと一緒だよ。」
一生見せることなどできない父親を、偶然出会ってもサクラに見せることができてよかった。
たとえ、父親だと知らなくても……。
王子様が来たことによる混乱が静まり、門が開かれると同時に外に出ようとした。
そう、出ようとしたのだ。
しかし、その行動は肩をつかまれて止められる。
「どこに行くつもりなのですか?これから運動会が始まりますよ。お子さんが、出場するのではないのですか?」
何年とその声を聴いていなくても、間違えるはずなどない。
「お久しぶりですね。挨拶もなしに帰るなんて、ひどいではないですか。昔は仲よくしていたけど、今はそんな気分にもなれないということですか?」
「いえ、そのようなことは……。ご挨拶に伺わず、申し訳ありません。お忙しいようだったので……。」
「私は、昔馴染みを邪険に扱うような者だと思われていたのですか?心外ですね。」
「そ、そんなことは……。」
『……これから選手入場を始めます。園児のみんなは入場門に集合してください。』
「放送もかかっていますよ?お子さんを連れて行かなくていいのですか?」
「いえ……私たちはこのまま帰ります……。」
「なぜです?体調でも悪いのですか?ああ、それとも私がここにいるからですか?」
「…………。」
「……否定しないのですね。ですが、帰すわけにはいきません。あなたには運動会の間中、私の世話係をしてもらいます。」
「!!!なぜですか!!!」
「王都から、私の世話をする者を連れてきませんでした。今までの旅路、不便だったのですよ。しかし、未経験者をいきなり雇い入れても……。その点、あなたには経験があるから問題ないですしねぇ。それとも、私の命に逆らうというのですか?ああ、お子さんが参加する競技の間は観ていて構いませんよ。」
「…………わかりました……。」
「よろしくお願いしますね。兵に話は通しておきます。」
そういって彼は去っていった。
純粋な話、声を掛けられてうれしかった。まだ、彼の中に私が残っていたことが……。
そして、捨てられない恋心から、彼の要求を呑んでしまった。少しでも彼のそばに居たくて……。
「おかあさん?」
腕の中で顔を伏せていたサクラが顔を上げた。
「ん、なぁに?」
「かえらないの?」
「んー、帰れなくなっちゃったみたい。折角だからサクラは運動会に出て、かけっこで1番とってお母さんに見せてくれるかな?」
「うん!!いいよ!!!サクラいっしょうけんめいはしる。」
「じゃあもう行かないと。入場始まっちゃうよ。」
サクラを腕からおろし、入場門に向かわせた。
今日が彼と居る最後の日になると思いながら―――。
続き頑張ります!