料理人だもの
翌日の朝。
「ふぁ…よく寝た」
部屋のカーテンを開ける。まだ太陽は低く、五月とはいえ肌寒く感じる時間。
「さて、朝食とお弁当作って、お店の準備しますか」
顔を洗って着替えを済まし、エプロンを着けたら台所へ向かう。
まずは弁当と朝食だ。
昨日は新作を百合に食べられてしまったので、今日も作る。
「今日は、もう一個作るかな」
もう一個とは、クラスの人の分だ。この弁当はクラス争奪戦の戦利品になる。時々予約したがる人がいるが、そんなことを許せば平等ではなくなってしまう。だから、昼休み用のものは予約は受け付けないことにしている。
だが、それでは永遠に食べられない人が出てしまう。
そういう人は、事前に学斗に直接相談し、学斗が翌日弁当を作り終える時間に本人が取りにくるようにしてもらう。
それは予約とあまり変わらないのでは?と言われそうだが―――実際そうではあるが―――学斗が弁当を作り終える時間は朝練の人もまだ寝てるような時間なのである。学生にとって貴重な睡眠時間を、お昼ご飯のためだけに起きる人は極々少数であり、そんなことをするくらいなら大人しく争奪じゃんけん大会に参加しようと言う生徒が多いため、朝学斗の家に来る生徒は稀である。
だが、いないわけではない。
ピンポーン。
学斗が弁当に入れる料理に使う野菜を洗っている最中にインターホンが鳴った。
「はいはい、今出ますよ」
手を拭いて玄関の扉を開ける。
「トト先輩、おはようございますです!」
「おはよう、椿ちゃん。今日も元気そうだね」
そこに居たのは、ショートカットの髪に小柄な身体をした、第一印象が元気・明るいといった感じの女子生徒――――板前椿だった。
「これから始めようとしてたところだよ。上がって」
「はいです!」
学斗が中へ案内すると、嬉しそうに付いていく椿。
「それでは先輩、今日もご教授お願いしますです」
椿は、カバンから取り出したマイエプロンを着ける。
「う~ん、具体的に何が知りたい?基本的な調理法は大体教えたと思うけど」
椿が手を洗う横、キャベツを切りながら聞く。
「やり方はそうなんですが、コツとかお弁当のおかずのバランスとかはまだ全然分からないんですよ~」
なるほど、と頷きながら料理の下準備の大半を終える。
「てか、早いですよ!何か色々と教えてもらおうと思ってたですのに、もうわたしの手伝うことほとんどないじゃないですか!?」
頬を膨らます椿に、ごめんごめん、と謝る学斗。
「今日は新作を作るからあんまり時間が無くてね」
「もう!それならそう言ってくれれば無理に来なかったですのに!」
ぷんすか!という表現がピッタリな椿の様子に頬を緩めながら、フライパンに油を引く。
「でも、椿ちゃんの成長は見たいから、厚焼き卵作ってくれる?」
それを聞くと、目を輝かせてフライパンの前に立つ。
「はいです!任せてくださいなのですよ!」
強火でフライパンを熱し準備OK!
「いざ……っ!」
じゅわ~~!
卵の焼ける音が響く。
菜箸でいくつか穴を開け、形になって来たら慎重に且つ手際良く卵を巻く。
「よっ!…っほ!やた、成功です!」
「こら、気を抜かない。まだ一回目だし、ゆっくりしてたら固まっちゃうよ」
綺麗に巻けて喜ぶ椿を叱る学斗。
学斗の教え方は基本的に優しいが、料理に関してだけは厳しい。教わっている側がちゃんと話を聞かなかったり、教えているにも関わらず適当にやったりした時には本気で怒る時もある。とはいえ、怒鳴ったりすることはほとんどなく、嫌味を言うでもなく、真正面から問い質すような怒り方である。
今は気を抜いていただけなので、注意のみだった。
「あう~…ごめんなさいです」
「分かったら手を動かしてね」
言ってる間に二回目を巻き終える。
それを見た学斗は満足そうに頷く。
じゅわ~~!
三回目。
ゆっくり慎重に巻いていく。しかし、
「あぁ!」
途中で崩れてしまう。一部分がひっくり返らず、破れたような形になっている。その間から卵が漏れ出てさらに形が悪くなる。
「残念。惜しかったね」
声を掛けて交代する。
「やり過ぎるとダメだけど、フライパンを傾けながらやるといいよ。箸だけだと、量が増える度に難しくなるからね」
説明する傍らで形を大体整え、残りを投入する。
固まってきたところで、フライパンを傾けながら巻いていく。一度崩れたにも関わらず、くるっ!くるっ!と器用に巻き、完璧に綺麗にとはいかないものの一度崩れたとは思えないほど見事な厚焼き卵が完成する。
「ほわぁ…!いつ見ても先輩の手際は惚れ惚れするほどすごいです」
「僕は長くやってきたからね。料理人だもの、これくらいは出来なきゃ」
誉められたのが嬉しいのか、満更でもない様子で皿に乗せた厚焼き卵を切り分けて各弁当の中へ入れる。
「うぅ…今日こそは成功すると思ったですのに」
「いやいや、教えたての頃に比べたら格段に進歩してるよ!」
「で、でもぉ!」
「ああもう、ほら」
いじけてしまった椿の頭を少し乱暴に撫でる。
「大丈夫、椿ちゃんは成長してるよ。実際、二回目…ううん、三回目だって完璧だったよ。今回の失敗はコツを教えてなかった僕に原因があるんだから、そんなに落ち込まないで」
相手の目を見てゆっくり優しく語り掛ける。
(椿ちゃんって頑固なとこがあるからこれで納得してくれるとありがたいんだけど…)
そう思いながら頭を撫でて様子を見る。
「そ、そんな……先輩のせいじゃ…ないですです……」
すると椿は、顔を真っ赤にして目を泳がせて否定する。
「そう?ありがとう」
とれあえず納得してくれた様子なので一安心する学斗。だが、そちらに目が行き過ぎて、椿の反応が照れであるとは全く気付いていない。
学斗は次の料理に取り掛かる。炒めたり、和えたり、焼いたりして、次々と料理を作り、弁当を完成させていく。
「うん、大体出来たかな」
そう言って次に取り出したのは塩とも片栗粉とも違う白い粉だった。
「トト先輩、なんですか?それ」
「アガーっていう寒天だよ」
「寒天…ゼリーでも作るですか?」
「正解」
椿は自分の予想は当たっていて、誉められたことは嬉しいのだが、そんなことがどうでもよくなるほどに学斗の新作に興味を引かれていた。何せこれから作る料理は『学斗がより美味しく食べるための工夫を凝らした料理』なのだ。
置いてある具材を見る。
小さな鍋が一つと先程のアガー、そしてバラバラにだが、細かめに刻まれたキャベツの芯が置いてあった。
色々教えられたが、てんで素人の椿にはどんなゼリーを作ろうとしているのか見当もつかない。
「さて、始めますか」
調理開始。
とは言っても準備は既に済ませているので大したことはしない。
小さな鍋を火に掛ける。
温まってきたらキャベツの芯を鍋に投入。
投入の際見えた、香った中身は、
「コンソメスープですか?」
「そうだよ。フルーツ・イン・ゼリーってあるよね?あれのアレンジだよ」
それを言われて椿はコンソメゼリーの存在を思い出した。それと、何故キャベツは芯のみを用意したのかも理解した。
つまりは食感である。ゼリーのぷるぷる感とキャベツのしゃきしゃき感を使って料理に飽きを来させないための工夫。
しかし、疑問が一つ。
「なんで、ゼラチンを使わないんです?確かちゃんと作ったコンソメスープはゼラチンが含まれるって聞いたことがあるです。それなら、そっちの方が相性良いんじゃないですか?」
その言葉に学斗は首を横に振る。
「色んなことを調べる姿勢は偉いけど、それより、使う材料の特徴を調べておくといいよ」
アガーを投入しながら説明を始める。
「ゼラチンと寒天の大きな違いは二つ」
ゼラチンは動物性コラーゲン、寒天は植物性(海藻類)の炭水化物であるという違い。
そしてもう一つの違いは、
「凝固する温度が違うんだ」
ゼラチンは凝固する温度が低く、高温で溶けるため、冷やす必要がある。しかしアガー等の寒天は、四十度ほどで固まる。だからこそ、今回のコンソメゼリーや心太の様に、常温で食べる場合は寒天を使う方が良いのである。
「へぇ~、なるほどです。でも、ほかの具材は使わないです?」
「元々は余ったキャベツの芯を美味しく食べる方法はないかって色々試してたからね。最も、成功したら他にも色んな野菜を入れてみるつもりだけどね」
「本当に食材を無駄にしないんですね~」
感心する椿に、学斗は力強く頷く。
「そりゃそうだよ。だって、この世に食せないものなんてないんだから」
会話の間にアガーが固まり、ゼリーが出来上がる。
煮ている間にできた炒め物を菜箸で一口食べる。
「うん、いい感じ」
それから、固まったゼリーの周りを菜箸でなぞり、ゼリーを皿に盛る。
ぷるん!と皿に盛られたゼリーを一口大に切り分ける。
そのうちの一つを菜箸で掴み、
「一口どうぞ」
椿の口元に持っていく。
この行為に、学斗は何かデジャブを感じるが、気にしたら負けだと思った。
「え、う…あ……あーん!」
暫く固まってた椿だが意を決したのか、ゼリーを食べる。
(う、うわ~……っ!トト先輩にあーんしてもらっちゃったです!しかもしかも!これって、間接キスですか!!?)
「椿ちゃん、味の感想を教えてくれるかな?」
言われて、はっ!と気が付く椿。あーんと間接キスのことで頭がいっぱいで、肝心のゼリーを味わうのをすっかり忘れていた。
「も、もう一つくださいです!」
「?いいよ」
今度は椿が自分から菜箸で一つを食べる。
噛んだ瞬間、口の中にぷるぷるとしゃきしゃきの二つの食感が広がる。
(これ、食べてて楽しいです。でも……)
「う~ん、ゼリーの味が濃いです。あんまり食べ続けられないかもです。なんでですかね?」
言われた学斗は自分で食べてみて納得した。
口に入れて最初に思うのがゼリーの味の濃さ。噛み始めは食感が楽しいが、次第にしゃきしゃきとぷるぷるが無くなり、飲み込むまでにゼリーの食感はべにゃべにゃ感に変わり、しゃきしゃきだったキャベツは微妙な食感となってしまい、寧ろ邪魔である。そしてその間も舌には濃い味があり続けて飲み込んだ後味もあまり良いものではない。
はっきり言って美味しくない。
「はぁ~、これは失敗だね」
流石にこれを弁当に入れたいとは思えない。
「仕方ない、朝ごはんはこれにしよう」
食べ物に罪はない。罪があるのは折角の食材をこんな風にした自分である。
「それにしても、トト先輩でも失敗するんですね」
「当たり前だよ。僕を何だと思ってるんだよ」
「えっとぉ~、料理に関してだけは誰にも負けない凄腕コックです」
「それは流石に持ち上げ過ぎだってば」
「ええ~、そんなことないですよ~」
いやいや、と首を横に振る学斗だったが、実際学斗のことを知っている人の大半の学斗への評価や認識はそれであった。
「ふぁっ~~ああ!おう、いつも早いな」
そのまま椿と雑談しながら朝食を作っていると源蔵が起きてきた。
「おはようございます、源蔵さん」
「お邪魔してますです、店長さん」
「やや、俺の方がお邪魔だったんじゃねぇか?すまなかったな、椿の嬢ちゃん」
「い、いいいえ!そそ、そんなことないですですよ!!」
慌てまくりの椿に対し、がっはっは!と下品に笑う源蔵。
「源蔵さん、からかわないでくださいよ。椿ちゃんはその手の話題が苦手なんですから」
学斗はため息をつきながら、朝食をテーブルの上に並べる。
「いつもすまねぇな」
「それは言わない約束だよ、おとっつぁん」
いつも通りのやり取りをしてテーブルに着く。
「椿ちゃんも食べるよね?」
「はいです!」
学斗の質問に頷く椿。椿はちょくちょく学斗の家を訪ねて来る上、その時は朝食を食べてくる時間がないとのことなので、いつも朝食は学斗の家で食べることにしている。もう既に椿用の箸が置いてあるほどである。
「「「いただきます」」」
本日の朝食は白いご飯と、豆腐とワカメの味噌汁に卵焼き。そして失敗コンソメゼリー。
「…おい、学斗。このゼリーは酷くないか?」
「ごめんね。こんなの出して」
「どうせいつもの試行錯誤だろ?にしても、昨日のより具も少ないし味も濃い。一体どうした?ちょっと疲れてんのか?」
味の感想から学斗の心配に話が移るあたりがとても源蔵らしいが、それに対し学斗は首を横に振る。
「身体は大丈夫ですよ。ゼリーは、まぁ、具材が無かったのとスープを煮詰め過ぎました」
「まっ、次気を付ければ問題無いだろ」
言いながら二人でゼリーを食べる。そのまま椿が箸を伸ばす前に全部平らげた。二人の心情は同じ。
((こんな失敗作をお客に食べさせるわけにはいかない))
かなり親しくなったとはいえお客様。まだ気を遣うくらいの距離はあった。最も源蔵は、二人が付き合うことになったら今回のような失敗作を問答無用で食べさせようと思っている。
「でも、トト先輩?」
そうした配慮に気付いているのか、いないのか。卵焼きを飲み込んだ椿が学斗に声を掛ける。
「どうしたの?」
「いえ、何で昨日食べたのに今日は昨日より美味しく出来なかったですか?」
「えっ!?いや、その……何と言いますか…食べられたというか、どれでもどうぞって言ったら偶然選ばれたというか………」
しどろもどろに言い訳する学斗を見て、椿はため息をつく。
「もう…また佐原先輩ですか?ダメですよ、甘やかしちゃ。あの人はその辺思いやりが足りないんですから。嫌なら嫌、ダメならダメだとはっきり言わないと」
「いや、晶じゃなくて………」
「?じゃあ、誰です?」
学斗は、言わないとならない流れと椿の剣幕(お説教するお母さん風)に観念して話すことにした。
「あの…天橋さん……天橋百合さんだよ。名前を聞いたことくらいはあるよね?」
それを聞いた椿が見せた表情は、あぁなるほど、といった納得ではなく、あんぐりと口を開けて目を白黒させた驚愕だった。
「そ、そそそそれっ!一体どういうことですか!?男子の間では鉄壁の要塞とすら言われてる全方位完璧ガード姿勢の天橋先輩をどうやってです!?いや、それ以前にお二人はどういう関係ですですか!!?」
「どうって……ただのクラスメイトだよ」
「何だよ学斗、その明から様な言い訳っぽい関係は?」
源蔵の発言に椿はただただパニックになることしかできない。
「とっ、ということは、もうお二人は既にですーー!!?」
「はいはい、椿ちゃん落ち着いて。源蔵さんもからかわない」
「がっはっは!すまねぇな。なんせ学斗に色恋の話なんざ聞いたことなかったからついな」
二人の態度を見て、ようやく椿のパニックが収まる。
「え…あれ?それではお二人は、ホントにただのクラスメイトですか?」
「はぁ~、そうだよ。大体、『あの』天橋さんが突然誰かと打ち解けるなんて、本人にはちょっと悪いけど正直想像出来ないよ」
その言葉を聞いて、ようやく椿が落ち着く。
「あっ!で、でもですよ?でしたら何で天橋先輩がトト先輩のお弁当を食べることになったです?」
「う~ん、その辺は天橋さんのプライベートに関わりそうなんで、僕の一存だけで話せないよ」
「あぅ…そうですか」
一応納得してくれたようなので、良しとする学斗。そうこうしてる内に食事を終える。
「「「ごちそうさまでした」」」
歯を磨いたり、簡単に服装などを鏡でチェックしていく。最早椿用の歯ブラシがあることには突っ込まなくなっている。
「さて、それじゃぁ行こうか、椿ちゃん」
「はいです!」
「勉強頑張ってこいよ~」
「源蔵さんも、お店お願いしますね」
「店長さん、行ってきますです」
「おぅよ。いってら!」
ガチャン!
二人が登校するのを見送った源蔵は、台所で用意された準備の終えた食材を持って厨房に移動する。店が開くのはお昼前だが、ビーフシチュー等の煮込み料理は先に作っておかなければならない。
「にしても、学斗が異性と秘め事をねぇ」
今までの学斗は、本当に料理それのみで、そのためだけに生きてきた。一番仲の良い異性、椿や苺のことも弟子のように見ている節がある。厚意があるのは分かるが、それがどれだけ好意に近いのかは分からない。
そんな学斗に意識する異性がいるということが、驚きであると同時に嬉しくもある。
「これは、杏子さんと盛り上がるっきゃねぇなぁ」
いい話のネタができた、と呟きながらニヤニヤ笑って料理を作っていた。
「それで、晶がさ~」
「あはは、相変わらずですね」
適当に雑談しながら登校する学斗と椿。朝練の生徒が登校し終わって、まだ余裕のある時間。そんな時間に登校する生徒は少ない。今は二人の周りには生徒は誰も見かけない中を歩いていた。
「ところでトト先輩?」
「何?」
「トト先輩は『歓迎祭』何やるですか?」
歓迎祭。
学斗達の通う学校、自由が丘学園には、祭りが年に五回ある。体育祭、文化祭に加えて、街や立地の関係もあって夏祭り、年越祭。そして、それらの祭のうち一つが歓迎祭だ。
第一文化祭とも言われる歓迎祭は、一年生が学校に慣れるように、上級生が今のクラスに馴染めるようにするのが目的である。だがその出来栄えは、決して中途半端やおざなりでは無い。
一年生は仕方ないが、上級生はここでの成功が文化祭での目玉となれるかがかかっているので皆本気である。クラス替えの後、委員会より先に歓迎祭の出し物を決めるクラスも珍しくない。
「僕のクラスは満場一致で『カルラ出張店』に決定したよ」
「ああ!あれ、今年もやるですか!?それにしても満場一致とはさすがですね、トト先輩」
「あはは…楽だったのか、大変だったのか判断したくないところだよ…」
―――――簡単に再現するとこんな感じである。
「よぅし、お前ら!歓迎祭の出し物、どうする?」
担任が聞くと、打ち合わせでもしていたのかクラスの九割り以上が、
『もちろん、カルラ出張店!!』
と答えた。
「あ~、やっぱりそうか」
担任も何となく分かっていたようで、黒板に決定事項として書いていく。
「ねぇ、斗賀野君。ホントにいいの?嫌なら嫌って言わなきゃダメだよ?」
中には学斗を心配する者もいたが、
「仕方ないよ。こうなるのは分かってたし、料理するのは好きだしね。それに、これを見越してちゃんと内容を考えてあるし」
「本当に?去年みたいなことにならない?」
「大丈夫だよ」
「そう、なら良かった」
そこまで言うと、相手も信じることにしたらしく、
「で、で!斗賀野君の企画ってどんなの!?斗賀野君の料理の腕は知ってるから、もう今から楽しみなんだ!」
興味津々な感じで聞いて…いや、迫ってきた。
「それはまぁ、委員会が決まった後の話し合いで言うよ」
そう言ってようやく今聞く必要はないと納得してくれたらしく、黒板に向き直った。
委員会決定直後。
「それでは、二年三組の歓迎祭出し物『カルラ出張店』の内容を決めていきたいと思います」
おぉーーー!!
先ほど詰問してきた女子生徒―――風北陽子がクラス委員として取り仕切っていた。
「それに関して、斗賀野君からアイデアがあるとのことなので、どうぞ」
「……って感じだったんだよ」
「あぁ、また先輩の特別メニューが食べられるんですね!もう今から楽しみです!」
「………皆同じこと言うね」
「でも、ホントに去年みたいにはならないですか?」
「それはないよ。大丈夫」
去年の文化祭。学斗のクラスは今回と同じように『カルラ出張店』をやった。メニューは五品。シンプルなもの百食ずつ計五百食を用意。それも全部学斗が準備を終えたもので、あとは言われた通りに焼くだけだったのだが。
「もう、折角教えてるのにわざと適当にやるんだもん。いくら何でも我慢出来なかったよ」
「だからって全部一人でやりますですか?普通」
そう。あまりにクラスメイトが適当にやったために、出来栄えが学校の文化祭でやるにしては上出来レベルになってしまったのだ。当然学斗がそれを許すはずもなく、きちんと指示に従っていた二人に交代でアシスタントを頼み他のクラスメイトを追い出してしまったのだ。
―――――再現再び。
それはいくらなんでも横暴だ、と文句を言うクラスメイト達に対し、
「ちゃんと美味しい料理を作る方法を教えてるのに、無視するような勝手な人達に文句を言われる筋合いはないよ!せっかく皆に美味しいものを食べて欲しいって頑張ってきたのに、それを台無しにする馬鹿共に食材を扱う資格は無い!!!」
本気で怒る学斗に何も言えなかった。言っている事も正論だから、言われたクラスメイト達はすごすごと調理室を出て行った。
学斗のクラスは完売し、学校で一番の出し物として表彰されもした。しかし、学斗の怒りがそれで収まるはずも無く。
「で、何か言うことは?」
『申し訳ございません』
クラスの、アシストを頼んだ二人を除いた調理班をグラウンドに正座させての大説教会を決行した。
「君達は食事を何だと思ってるの?」
学斗が怖いのと申し訳ないのとで誰も学斗に目を合わせられない中、学斗の説教は続く。
「食事が君達の人生の何割を占めてると思ってる!?食事時間とタメ張れるのなんて、睡眠時間くらいだよ!分かってんの!!?食事がどれだけ大切か!!」
教師や遠巻きに見ている生徒も、あまりの剣幕と正論っぷりに注意することもできない。
「お客は皆お金払ってるんだよ!僕がちゃんと作った普通の美味しい料理を食べても、君達が適当に作った不味い料理でも同じお金払ってるんだよ!!そこんとこ理解してるの!!?君達のやってることは詐欺だ!詐欺!そうじゃなきゃぼったくりだよ!」
ついには泣き始める女子もいたが、学斗が止まることは無い。
「君達が作った約四十食、つまり四十人弱ものお客の食事を台無しにしたんだよ。美味しくないどころか、不味い料理を出して満足させなかったんだ!考えてもみなよ。自分が食べた料理が、同じメニューを頼んだ他の人たちよりも不味くて、量が少なくて、不満ばっかりで、それで同じ値段を払う。君達がやってるのはそれ!犯罪もいいところだよ」
言うべきことは言ったのか、語気がいつものそれに戻る。
「…本当なら反省文を書かせた後、基礎からみっちり教えたいけど、皆料理をやりたいわけじゃないからいいか」
ふぅー、と大きく息を吐いて、
「まっ、次からは気を付けてね」
顔だけ笑って言い、ぱんっ!と手を叩いて、
「それじゃ、これにて解散!」
そして、その場から去った。
それから学校中の人間に、学斗に料理のことで怒らせないようにしようという暗黙の了解が成された。
翌日。
あの後学斗は、自分の行為をやり過ぎだと後悔して謝ろうと思っていた。
だが、学斗が謝る前に、クラスメイトが一斉に謝ってきた。
今までナメていてすまなかったと。そんなに本気だとは知らなかったと。だから、ごめんと。
学斗も謝った。言い過ぎて悪かったと。自分一人が調子に乗りすぎたと。だから、ごめんと。
―――ちなみに、学斗がクラスの人に一つ、余分なお弁当を持ってくることになったのはその後からだというのは余談である。