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…いただきます

この作品はフィクションです。

この作品に登場する人物、又は人物名、団体名、地名その他固有名称はたとえ実在する名前と同一のものであっても何の関係もございません。

誤字・脱字がございましたら報告していただけると幸いです。

 

 なんて事の無い日々


 そんなものはたやすく砕け散る


 それもほんのちょっとした意外なことで


 もしくは何の準備もないまま突然に


 善い意味でも悪い意味でも





 キーン、コーン、カーン、コーン

「ちょうど時間だな。号令」

「起立、礼」

 昼休み。

 それは学生にとって昼食の時間というだけでなく、仲間とのコミュニケーションや、テストに向けた勉強にも使う憩いの時間でもある。

「あぁ~~~~!!お腹へった~~!」

 大きく伸びをしてテンションを上げる男子が一人。

「よぉ、トト。今日の弁当はどんなのだ?」

「ん?今日は新作もあるし、自分で味見だよ」

 トト、と呼ばれた男子生徒――――斗賀野学斗(とがのがくと)はそう言うと教室を出て行った。それを見たクラスメイトから揃って残念そうにため息が漏れる。しかし、学斗は別に、超イケメンだとか、大企業の御曹司だとかではない。

 ルックスはまあまあ。成績は平均よりは上だが、高得点者と比べると見劣りするという見事な中の上。くせっ毛の髪に童顔メガネ。

 そんな平凡そのままな学斗が得意なのが、料理である。

 味良し、学生からしてもお値段良しの洋食喫茶『カルラ』。学斗はそこで働くコックなのだ。そんな店で学斗が働いているのは周知のことで、そこが学斗本人の家でもあり、さらには毎朝弁当を作って持ってきているのも周知のことである。

 そして、その弁当が作りすぎることが時々あるのだが、とりわけ学斗は大食いというわけではない。

 以前は夕食にしていたのだが、そのことを友人に話したら「買う!」と言われたので持ってきたらクラス争奪戦が始まってしまった。それ以来作りすぎた時はクラスじゃんけん大会の勝者が三百円で買うことが通例となっている。

 とはいえ、毎度毎度のことではない。しかし、学斗がクラスで食べていると友人その他が「一口くれ」と集まり始めるので、自分の分しか持ってこない時は学校のどこかで一人で食べるようにしている。

 学斗は、そのクラスメイトが知らないどこか――――――校舎裏の隅のフェンスに腰を降ろしていた。

 学校の裏に山がある関係で、このフェンスのすぐ側は木々が生い茂っている。そのフェンスの一部に大の大人でもなんとか通れるほどの大きな穴が開いているのだ。その穴を通って茂みを掻き分けて進むと、五分ほどで少し開けた場所に出る。そしてここは猫の集まる場所にもなっていて、学斗が弁当を広げると匂いに誘われて出て来るのだ。最初は動物の知識なんてなかったからあげるわけにもいかなかったが、ここへ来るときはいつもエサを持ってくるようにしている。今では、学斗が来ただけでも寄ってくるくらいにはなつかれた。

「やっほ。また来たょ―――」

 猫達に掛けようと発した声が急速に(しぼ)んでいく。

 理由は簡単。



 満面の笑みのツンツンアイドルがいたからだ。



(……は?え?)

 あまり、いや一度も見たことの無い光景だったから思考ごと停止してしまったが、徐々に頭が回りだした。

 彼女は天橋百合(あまばしゆり)

 ツーサイドポニーにまとめた髪に、整った顔。特段巨乳というわけではないが、バランスの取れたスタイル。成績も平均して上の中。所謂、大抵のことはそつなくこなす万能人間。

 しかし、その一番の特徴は容姿でも能力でもなく、性格にある。

 とにかくきついのだ。容赦がないとも言う。何が何でも他人を寄せ付けない。むしろそのためにエネルギーを使っているふしすらある。

 そんな百合の行動から、彼女は(特に男子から)高嶺の花扱いされている。告白もかなりの数されているが、全て断っているらしい。

 そういったことを思い出しながら百合を見ていたら、一拍遅れてこちらの存在に気付いて、少し顔を赤らめながら睨む。

「何か用?っていうかよくこんなところ知ってたわね」

 そこまで言うと、はっ、として視線をよりきつくする。

「まさか、ストーカーじゃ――――」

 と言った瞬間にはその手に携帯電話が握られていた。

「ちょっと待って!!」

 そんなことはさせまいと、慌てて止めに入る。

「…あっ、もしもし警察ですか?実は―――」

 止めたにも関わらず電話をかける百合。

「いきなり警察に電話するなーー!!いいから話を聞いてよ!」

 やっぱり全力で止めに入る学斗。

「………何よ?」

 百合は仕方ないとばかりに電話を切り、警戒心全開にして一歩下がる。

「僕はここに猫とご飯食べにきただけで、君のストーカーじゃないよ!」

「じゃぁ、何でこの場所を知ってるの?」

「それは、去年の今頃に一人で食べられる場所はないかって探してたら偶然見つけたからだよ!」

 それに、と学斗は付け加えて、

「今までここでは誰とも会わなかったから予想もして無かったんだよ」

 最後の方は必死に訴える必要性を感じなくなったのか、語気を弱めて普通に説明する。

「う~ん…一応話の筋は通ってる、かな」

 そうは言いながらも、百合は首を傾げる。

「けど、前もって考えていた嘘だっていう可能性も高いけど」

 まだ疑ってかかる百合に、学斗はため息を付く。

「あのね、嘘ならここに猫がいることを知ってたとは思えないんだけど」

「で、でも!私の、その…さっきの、見たなら咄嗟に言えても不思議じゃないでしょ!」

 先ほど猫と戯れていたのを見られたのが余程恥ずかしいのか、再び顔を赤くして睨む。

「ああもう。それでいいから、せめてここでお昼は食べさせてよ」

 やけっぱちになって適当に言うと、百合がさらに顔を赤くした。茹でた蟹か蛸のように耳まで真っ赤だ。

「昼は、って!昼も夜もダメに決まってるでしょうが!!」

 さらに距離をとって警戒心を強める。

「…………………………え?」

 今度は学斗が首を傾げる番になった。

(あれ?お弁当ってお昼ご飯に食べるよね?いや、三食コンビニ弁当って人もいるだろうから一概に違うとも言えないけど…)

 と思いながら首を横に振る。

「いやいや、普通は夜じゃないでしょ?」

「何言ってるのよ!どう考えても普通は夜にするでしょうが!」

 それにっ!と百合は付け加えて、

「外でするだなんてありえないでしょ!室内が常識よ!」

「でも、外の人も結構いると思うよ?」

 弁当を食べる場所なんて別にどこでもあんまり関係ないんじゃないかな?と思う学斗には、百合の異様なまでに感じる剣幕に疑問しか沸かない。

「うそ…っ!私の常識って間違ってるの?」

「いや、それこそ人の価値観の部分が大きいし、常識云々ってのはあんまり引っ掛からないと思うけど?」

「なに言ってるのよ!外なんて誰が見てるか分からないのになんでそんなことができるの!?」

(もしかして天橋さんは、料理があまり得意じゃないのかな?だから弁当の中身を見られるのは嫌だ、とか?)

 純粋な疑問が募っていく学斗は、そんな見当違いなことを考える。

「そんな恥ずかしがる必要はないんじゃないかな?ちゃんとしたものなら、誰に見せても恥ずかしくないし、それに見られたら見られたで、見せてあげればいいと思うよ?そういうのって、他人の評価も大事だし」

 言われた百合はそろそろ真っ赤を通り越して爆発しそうな勢いである。

「あっ…あんた、本気?」

 料理の話だと思い込んだ学斗は、うん、と力強く頷き、

「なんなら、今度教えてあげようか?」

 と聞いた。

 もうそこまで来たら爆発するしかない。

「この…」

 早足で近づいて、

「ド変態ーーーーーーーー!!!!!」

 バシィッ!!と鋭い音が響いた。

「どういう神経してたら人にあ、あ、…野外露出プレイを教えるだなんて言えるの!?」

 叩かれた上にその言葉でようやく先程まで百合が言っていた話の内容が何だったのかが分かった学斗は、はっ、として顔を真っ赤にしながら必死に首を横に振る。

「違うって!そういう意味じゃなくて、単純にここで昼食を食べるのくらいは構わないでしょって意味だよ!!」

 言われた百合は先ほどとはまた違った意味で顔を赤くする。

「え、いや、その……………わ、分かってた!!ただ、そういう意味だった時には否定しておかないと後が怖いし!」

「…うん、分かったよ。それで、結局僕はここでお弁当を食べてもいいの?」

 何となく疲れた様子で確認を取る。

「………勝手にすれば」

 そう言って学校の方へ向かって歩き出す。

 すると。

 きゅぅぅううう。

 何とも可愛い腹の虫が鳴った。

 早速おにぎりを一口飲み込んだ、現在進行形で昼食を食べている学斗が鳴るはずもなく。

「あっ、いや。これは、その……」

 必死に弁解する百合に学斗は少し笑って。

「良かったら食べる?」

「いっ、いらない!」

 反射的に答えた百合だが、その視線はチラチラと弁当に向けられていて説得力は欠片もない。

「無理しちゃダメだよ。空腹って辛いでしょ?」

「こんなの!!」

 いきなり振り向いて激昂する百合。その様子に、学斗は目を丸くする。

「…別に、辛くも何ともないんだから……」

 失敗した、という表情で顔を逸らす。気まずい空気が流れて、このまま帰った方が良いとすら思える雰囲気が漂う。だがその様子を見た学斗は、

「そう。でも、やっぱりお昼は食べた方がいいよ」

 何も気にしない様子で言うと、弁当を持って百合に近づく。

「ちょ、ちょっと!何近くに来てるのよ!」

 文句を言う百合を意に介さずに卵焼きを口元に持っていく。

「どうぞ」

「だから…そんなの、食べなくても……」

 否定はするが、お腹が減っているからなのか、卵焼きが良い匂いだからなのか――――恐らく両方なのだろう――――ほとんど意味を成してない。

「………………じゃ、じゃあ一口だけ………いただきます」

 長い葛藤の後、空腹には勝てずに卵焼きを食べる。そのまましばらく咀嚼して呑み込む。

 その間、驚きとほんの少しの笑顔の混ざった顔をしていた。

「どうかな?」

「美味しい…」

 百合の口からは自然と感想が出てきていた。

 ふっくらで柔らかな卵焼きにはもう熱など残っていないのに、そのちょうど良く味付けされた甘さがまだ卵焼きの美味しさを保ち、手作り感溢れるそれは、まだどこか温かい気がした。

 美味しいの一言をもらった学斗は、なら良かった、と嬉しそうに言い、

「良ければもっと食べる?」

 と、勧めた。

 普段なら即答で拒否する百合だが、

「…………………………………………………………………も、もう一品だけ、ちょうだい?」

 長~~~い葛藤の末、プライドよりも多少空腹が勝ったのか、おかずをもらうことにした。

「うん」

 学斗は、適当に一品おかずを取ってまた口元に持っていこうとする。

「じ、自分で食べるわよ!」

 だが、百合はそれをさせる前に学斗の手から箸を奪い、適当におかずを食べた。

「あ」

 気付いた時にはそのおかずは喉を通って胃の中へと収まってしまった。

「ご馳走様っ!」

 それだけ言うと、急いでその場を去る。

「ん~、まぁいいか」

 百合のことは少し気になるけれど、まずは昼食だ。と、持ってきたエサを猫にあげながら食べ進めていく。






 学斗は予鈴が鳴る頃に教室に戻った。

「おかえり~、トト。新作の味はどうだった?」

 席に着くなり、目の前に座る友人――――佐原晶(さはらあきら)が振り返って興味深々に尋ねる。

「ん~。まぁ、悪くなかったかもしれない」

「なんだそれ?お前にしちゃ、珍しいぼかし方だな」

「そっかな?」

「そうだって。こと料理に関しちゃ、評価についてもこの学校で右に出る奴なんてそういないんだからよ」

 笑いながら、ありがとう、と言って話を流す。

 実は先程百合が一口で食べたおかずがまさに新作なのだった。あえて朝から味見せずにとっておいたのだが、見事に一口も味わうことなく飲み込まれてしまったわけだ。とはいえ、理由を詳しく話すわけにはいかない。百合と―――親しげにではなかったが―――人気のない場所で一対一で会話をし、自分の弁当を分けてあげた上に―――よくよく考えてみれば―――俗に言う『はい、あ~ん』をやった。それは、個人的には恋人同士でやったのでもないし、人前で見せ付けるようにしていたわけではないので、そういった嬉し恥ずかしイベントには感じなかった。だが、周りの(特に男子)が、その極個人的感覚をそのまま顔面通りに受け取ってくれるとは到底思えない。そんなことを話せば、いつ誰にどんな目に遭わされるか分かったものではない。一番要注意なのが百合なのは言うまでも無いが。

「そういえば、次の授業って何か宿題あったっけ?」

 だからそのまま話題を逸らすことにした。

 えぇっと、確か…あっ!やべぇ宿題やってねぇ!!と叫ぶ晶を見て、

(とりあえず誤魔化しは成功したかな)

 と思いながら次の授業の用意をする。

 ―――ちなみに、晶が罰として三倍ほどの宿題を追加されたのは余談である。






 カラン、コロン。

「ただいま、源蔵(げんぞう)さん」

 店に帰ると、店長兼学斗の養父、斗賀野源蔵がちょうどお客に料理を出しているところだった。

「おぅ、やっと帰ったな。早速で悪いが学斗」

「はい、十分で支度します」

 言いながら店の奥へ入る。

「おっ。マスター、もしかしてここでエース投入かい?」

「おおよ!皆喜べ!こっからは料理の旨さが一段上がんぞ」

 おおおぉぉぉ…、と感嘆の声を上げるお客。その顔は皆、学斗の腕への期待と、追加注文するか、いやここで食べ過ぎるのも…という葛藤に満ちていた。

「ああもう、そんな言うほどじゃないってば。皆大袈裟だよぉ」

 苦笑いしながらキッチンに入る。客席から見えるようにキッチンがあるのでお客と話しながらでも料理ができる。

「んなことねえぞ、坊主!俺ぁ、料理で感動したのは生まれて初めてだったぞ」

 他の者も大なり小なり反応は違えど頷く。

「すみませーん!今日のシェフのおすすめは?」

「う~ん…色々ありますよ。アスパラガスと春キャベツの和え物とか、烏賊と春野菜のスープとか、御飯物なら新ごぼうと筍の炊き込み御飯とか、魚介茶漬けとか、デザートならキウイのシャーベットなんかもありますよ。5月の旬の食材を使った料理です」

「ならそのスープ一杯ください」

「こっちには和え物一つだ!」

「私はシャーベットを貰おうかしら」

「ええい!もう夕食もここで済ましちまおう!料理長!炊き込み御飯と和え物一つ頂戴!」

「そっちも捨てがたいけど……いや!今日こそはここの絶品オムライス(部活の先輩情報)を食べるんだ!という訳でオムライス一つ下さーい!」

「はいは~い。源蔵さん、和え物とシャーベットお願いね」

「おうよ」

 言ってる傍から料理を用意する源蔵と、スープの味見をする学斗。

「うん。ちゃんといつも通りだね」

 一口飲んで頷く。

「当たり前だろ。正確にレシピ通り作らないとお前怖いし」

 学斗から目を背けながら言う源蔵。その表情が、過去に滅茶苦茶怒られたんだろうなぁ、ということを伺わせる。

「本当よね。そういう時の学斗君何て言うか、逆らえないのよね~」

 出来上がった料理を運びながらホール長の高橋杏子(たかはしあんず)が頷く。

「折角美味しく料理する方法を教えてるのに、わざわざ不味く作るんですもん。怒るのはそれこそ当たり前です」

 何を言ってるのか、という様子で味見をしながら料理を取り分けていく。その傍らで、オムライスを作る準備を進める。

「へぇ~!この和え物、さっぱりした味と、シャキシャキした食感が美味いな」

「烏賊と野菜って普通に合うんだね~。あ~おいし~」

「ぅわ~。炊き込みご飯もいい香り!」

「おおおおお!?なんだこれ!!?オムライスの卵がめちゃくちゃふわっふわしてやがる!!うまーーーい!」

 追加注文した料理を食べるお客は皆満足そうな顔をしていた。






「ごっそさん」

「ありがとうございました」

 最後のお客が帰る。

「では皆さん、今日もお疲れ様でした」

「学斗君もお疲れ」

「あ~あ、疲れた」

 後片付けも大体終わらせた店内で各々くつろぐ店員一同。

「料理長~、まかないお願い」

 バイトの一人、大学生の来間苺(くるまいちご)がテーブルにつっぷしながら視線を学斗に向けてねだる。

「は~い、ちょっと待っててくださいね」

 そう言ってキッチンに入る。適当に人数分の料理を用意して戻る。

「はいどうぞ。余り物フルコースです」

 やったー、と喜びながら手を着けていく面々。

「ねね、料理長」

 大体食べ終えたころに苺が話し掛ける。

「どうかしましたか?」

 と問いかけたところではっ、として、

「もしかして、煮込み過ぎて具がドロドロになってましたか!?それとも味付けに違和感でも感じましたか!?まさか、シャーベットが変に酸っぱかったりしましたか!?」

「ち、違うから!そういうことじゃないし、そんなこと全然ないから!」

「いいから少し落ち着け学斗」

「あてっ」

 ゴスッ、と殴って学斗の暴走を止める。

「思考がいきなり空回りするのは学斗君の悪い癖よね」

 しかもすごい高速だし、と食後の紅茶を飲みながらのんびり眺めていた杏子から指摘が入る。

「すいません…。それで苺さん、どうかしましたか?」

「いや、またオムライス食べたいなあって思って、その…」

「分かりました。ではキッチンに」

「うん!」

 先ほどの言葉で何を言いたいのか理解した学斗は苺をキッチンに促す。

「それで、結局何が分からないんですか?」

「いやぁ、チキンライスはかな~りマシになったんだけどさぁ…」

 えへへ、と笑いながらもチキンライスを炒めていく苺。

「いや~さあ。卵がふわっふわにならなくてさあ」

「この間のオムライスは普通に良かったですよ?」

 言うほど問題はなかったのに何かあるのか、というニュアンスを含めて聞く。

 しかし、褒められた苺はいやいや、と首を横に振る。

「あれは柔らかいって程度だって。今日のお客の一人も言ってたけど、料理長のは柔らかいの範囲に収まらないくらいにふわっっふわでとろっっとろ、まさに『ふわとろ』なんだもん!さすがに全く同じとはいかなくても、もうちょい近づけたらなあって」

 なるほど、と頷きながら学斗が手際よく卵をかき混ぜる。

「なら、作って見せますか?それとも説明だけ?」

 苺はう~ん、とチキンライスを皿に盛り付けながら唸る。

「今日は料理長が作ってよ。お手本ってことで」

 分かりました、と学斗がフライパンを握る。

「まず、かき混ぜた卵に大匙二分の一ほどの水か生クリームを入れてください」

「あれ?そこは牛乳じゃないの?」

「いいえ、牛乳だと熱しすぎた時に味が飛んじゃうんですよ」

 へぇ~、と苺が感心する前でフライパンの熱を確認して軽くサラダ油を垂らして伸ばしていく。

「フライパンに熱が通ったら流しいれて、お箸でかき混ぜます」

 それと、と学斗は付け加えて、

「ここが重要なんですが、お箸で混ぜすぎないことと、火をあまり強くしすぎないことです」

「え?でも強火の方が良いんじゃないの?」

 苺の疑問に対し、普通はそうなんですけどね、と一言入れてから、

「火が強いと細かい調整が難しいんですよ。基本中火から弱火。まぁ、初めは強火からでも問題ないんですけどね」

 と説明しながら卵をフライパンに入れていく。

 じゅわ~~~!!という音と共に卵が徐々に固まっていく。

「ここでバター10gを追加します。チーズを加えるのもこの時です」

 と一欠片ほどのバターを投入して混ぜる。

 しばらくすると卵が固まり始め、それに合わせて学斗が形を整えていく。

 それを先ほど苺が作ったチキンライスの上に乗せる。

「はい、これで完成です」

 見事なオムライスが完成した。

「んじゃ、早速。いただきます」

 できた途端に苺はスプーンで掬う。

 固まって整えられた卵を割ると、半液状の、液体としてこぼれそうでこぼれない絶妙な焼き具合で固まっている卵が現れた。まさしく『ふわとろ』である。

「うわ、すご~い。乗せる直前はまだ固まってなかったよね?こう、割ったら確実にこぼれちゃうくらいに」

「単純に卵とチキンライスの余熱ですよ。お客様に持っていく時も少し時間がありますから、その間に少しだけ固まるのでそういう感じになるんですよ」

 その説明に苺が、なるほど、と頷く。

「はぁ~、ごちそうさま~」

 ものの数分で食べ終えると、満足そうに床に座り込む。

「あら、苺ちゃん一人で全部食べちゃったの?」

 様子を見に来たのか、いい匂いにつられたのか、杏子がキッチンへ入ってきた。

「はい~。だって料理長のオムライスがおいしくて」

「その辺りは同意するけど、苺ちゃんいいの?」

 何がです?と首を傾げる苺に、

「だって苺ちゃん、この間からダイエットしないとって言ってたじゃない」

 これ以上無いほどの核爆弾を投下した。

「…………」

 先ほどまでの幸せに満ちた顔が嘘のように青ざめている。

「…いいもん、また頑張ればいいんだもん」

 と、泣きながら膝を抱える苺。学斗としては、ここで声を掛けていいか迷う。少し悩み、意を決して声を掛けることに決めた。

「そんなことしなくても、十分魅力的ですよ。大体苺さん、スタイルいい方なんですし必要なんですか?ダイエット」

「うう、料理長には分からないんだよ。胸なんて大きくても肩は凝るし、男からは変な目で見られるし、胸が大きいって事はそのまま脂肪が付きやすいって事でもあるからお腹周りは常に気をつけないとならないし、みんな顔の前に胸を見るしでいいことなんて全然ないのよ…」

「出過ぎたこと言ってすみませんでした」

 ぐすぐす、と若干マジ泣きになっている苺に、学斗は平謝りするしかない。

「いいのよ、料理長はそういう目で見ないし、ちゃんと顔を見てくれるし、言えばカロリー抑え目のまかない出してくれるしで色々助かってるから」

 一頻り(ひとしきり)愚痴ると気が済んだのか、立ち上がる。

「はぁ~。それじゃ、もう帰るわね。ありがとう、ごちそうさま」

「はい、お疲れ様でした」

「私ももう帰るわ。ごちそう様でした」

「杏子さんもお疲れ様です」

 二人が出て、一気に店内が静まる。

「おう、今日もお疲れだな」

「源蔵さんも」

「俺はこっちに専念さしてもらってるからな。おめぇは学校帰ってから休みなしだろうに」

「それは大したことでもないですって」

「しかしな…」

「ちゃんと休みももらってますし、大丈夫ですよ」

 気遣って引かない源蔵の心遣いに改めて感謝しながら、そのきっと言うであろう提案をやんわりと拒絶する。

「洗い物の残りと後片付けはお願いします。先にお風呂入って寝ますね。おやすみなさい」

 それだけ言って自室へと向かう。

「ふぅ~、もうちっと我が儘でも良いと思うんだがな~。遊びたい年頃なんだし」

(しかもこの作業の押し付けってのもよ、結局俺の気遣いに対する気遣いだしなぁ)

 源蔵はため息をついて残りの作業に取り掛かる。





「ふぅ~~~~」

 風呂から上がった学斗は、大きく息を吐きながらパタン、とベッドに倒れ込む。ゆっくりと仰向けになって今日を振り返る。やはり少し疲れたけれど、

「今日もいつもと変わらない楽しい一日―――」

 ではなかった。

 天橋百合。

 昼休みに会った、名前と教室での静かでツンツンした様子しか見たことのなかったクラスメイト。

 その彼女が見せた――――いや、正しくは見せてしまっただろう―――笑顔。

 猫が好きなのか、可愛いものが好きなのかは知らないが、少なくとも、

「笑った顔は可愛いかったなぁ」

 そう思って、気になった。

 とはいえ、惚れた腫れたしたのではなく。

 ただ、どことなく昔の自分に、最悪の時代の自分(・・・・・・・・)に似てる気がした。周りには気付かれないで、自分を取り巻く環境と、自己の中の考えで、傷付き続けて壊れていく。

 彼女がそんな末期だとは思わないが、何かに傷付いてるのではないか。

 学斗は何となく、そう思った。根拠があるわけでもない。

 もしかしたら、単に惚れただけで、無理矢理親近感を沸かせたいばかりにそんな事を思ったのかもしれない。もし本当にそうなのだとしても、そんな彼女に何が出来るとも思えない。

 しかし、彼女がもしそうなのだとしたら。

「どうにかしてあげたいなぁ」

 口から出た言葉はとても傲慢で、

「あはは、いくらなんでもそれはないよなぁ。………寝ますか」

 布団を被った。

 仕事で疲れた身体は、すぐに夢の中に意識を落とした。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

紛うことなき純愛小説。今回は頑張ってみました。

どうかこの先もお付き合い下さい。

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