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第零印象

おひさしぶりです。

初対面の人間同士が出会った場合、各々が相手に抱くイメージの5パーセントは第一印象で決定される。その後、当人同士の付き合いで形成されるイメージが同じく5パーセントであり、残りの90パーセントは第零印象により出会う前から決定づけられているのだそうだ。


全く嫌な世の中になったものだ。テレビもパソコンもインターネットというやつも、もはや過去の遺物。科学の発展によって、人間同士の思考を無線でつなぐことができるようになってから早十年。そこから生まれたのは世界中の人々の持つ価値観の共有だった。


例えば普段の生活を送っていて、たまたま面白い現象に遭遇したとしよう。すると、その面白いという印象は瞬く間にその場にいない人間にも共有できるのだ。なんとも便利なシステムだが、いいことばかりではない。


大小を問わず、過去に犯罪を起こしたことのある人間はどうなるだろう。そいつが犯罪者であるという印象は、まだ会ったことのない、これから出会うだろう人間にも事前に必ず共有されるわけだ。これを第零印象と呼ぶ。


第零印象によって共有された犯罪者としてのイメージにより、罪を犯した人間はまともな生活ができなくなってしまうわけだ。犯罪を起こすような人間が生きづらいのは当然であり、そのような世界を実現したシステムは素晴らしいと皆口をそろえて言う。しかし、全く罪を犯さない人間などいるだろうか。ゴミのポイ捨てや信号無視など、他人の目がないところでは楽を選ぶのが人間の本質であるはずだ。皆第零印象を悪く形成されることを恐れて、内心ビクビクしながら生活をしている。詰まるところ、このシステムは人間の相互監視社会を実現したのだと言えるだろう。



恐怖とも言える第零印象のシステムだが、うまいこと考えてシステムを逆手にとり甘い汁を吸おうとたくらむ奴らも僅かだが存在している。要するに共有される印象が良ければいいのだ。悪いことをしてもバレなければ問題は何もない。


こうしてシステムが作られてから、犯罪の形も変わっていった。複数人の犯行では、お互いが相手に抱く犯罪者という印象が自動的に共有されて犯罪を起こすことがバレてしまう。よって、犯罪の主流が単独犯によるものになった。一人での犯罪では当然大規模なテロなどは難しい。できてもハイジャックくらいである。最もハイジャックを起こす人間などほとんどおらず、ひったくりやコンビニ強盗が多くなった。


面白い傾向としては、その昔よく発生していたらしい万引きというものは見られなくなったことだ。なにしろ、顔を出して盗んではバレたときに即座に第零印象が出回ってしまい、まさに人生の終了となる。お店に許してもらって警察に捕まらなくとも、その代償は得られるかもしれないものに比べて非常に大きなものであるのだろう。



システム初期の主流となった単独犯による細かな犯罪から、時間を経ることで新たに大規模な犯罪が僅かずつではあるが見られるようになってきた。相互監視を実現した第零印象をもってすれば、このような犯罪は起こり得ないと予測していた科学者達にとっては、寝耳に水の出来事であっただろう。大規模な犯罪なだけあってどうやら複数人での犯行であるらしい。しかし、複数人で犯行してはお互いの印象から犯罪者のイメージが他人に露出してしまうはずである。


この複数人での犯行の真相はまさに第零印象の裏をかいた手口であった。第零印象とは、ある人間に対して他人が持った印象を共有するシステムである。もし仮に犯罪を良いことだと心から考える人間が複数人いた場合はどうなるだろう。その人間たちが協力し、一つの大きな犯罪を成し遂げる。お互いは努力しあい、まさにスポーツ大会で優勝したかのごとく讃え合う。他者がその印象を共有した場合、まさに青春に明け暮れた子供たちかのような素晴らしい人間であるように感じるのだ。


もちろん犯罪を心底良いことであると考える人間はなかなかいるものではない。そのような人間は生まれたときからそう考えるように意図的に教育されて作り出された、まさに犯罪のエリートだった。


エリート達による大規模な犯罪は一世を風靡した。警察のような対犯罪向けの組織は第零印象システム導入により犯罪が少なく小さくなったことから、捜査能力もひどく衰えていた。また、捜査にも第零印象は悪影響を及ぼしていた。なにせ犯人から得られる印象はこれ以上ないほどの好印象なのだ。皆が犯人を良い人間だと第零印象から共有する。共有する人間が増えるほどその印象はより強固なものとなり、警察の目を眩ませた。エリート達の中には警察から好青年として街を代表し、表彰されたものもいたらしい。


しかし、そんなエリート達にも終わりはくる。なにしろ育ち方が普通ではない。日常で出る些細な違和感からきた印象がだんだん共有されていくにつれ、エリート達に疑問を持つものが現れた。最初は一人、二人と僅かではあったが、その小さな印象も共有されていく。実は悪人なのではないか、そんなイメージが出回るのは当然であったのかもしれない。

やがて、エリート達による大規模な犯罪も減少していった。



第零印象のシステムが導入されてさらに時間がたつと、弾き出された者達の数が増えてきた。犯罪を起こして社会にとけ込めなくなった者。犯罪を起こしていないのに誤って悪いイメージを持たれた者。システム自体に異を唱える変わり者。それらの脱落者達は一定数の集団となり、各地にバラバラに住処をもった。お互い悪いイメージを第零印象から受けるが、その印象はひとまず無視し、実際に会い、話し、共に生活して各々を見極めるようになっていった。すると、第零印象と実際の印象では大きく異なることがわかってきた。


悪いことをしても、それ以上に良いことをしている人間はいくらでもいる。第零印象のシステムでは一つの良くない印象がすぐに出回り共有されてしまうことにより、一度ついた悪評はなかなか覆せない。長らくシステムに操られてきた人間達は久々に自身の目で他人を見極めることを思い出したのである。


そうして第零印象に負けた人々は、そうではなく未だシステムに操られている人々を不幸だと思うようになった。中には自分を弾き出した人々の元に戻り、いかにシステムが悪影響を及ぼしているかを説くもの達も現れた。いまだシステムが絶対だと考えている人々はなかなか聞く耳を持たなかったが、だんだんシステムではなく自分自身で持った印象を大事にしようという風潮が広まっていった。弾き出された者達も少しずつ元の社会に戻り、とけ込んでいくことができた。



そして今、ついに第零印象を司っていたシステムは停止されようとしている。もはや誤った価値観を共有しかねないシステムは不要であると皆が考えるようになったのだ。



「先生。本当にシステムを停止してよろしいのでしょうか。誤った価値観を共有してしまう可能性があったのは事実です。しかし、そのシステムにより犯罪が抑制できていたのもまた事実です」


二人の科学者はシステム停止の命令を政府から受けてその作業を実施しながら話していた。


「なに、問題はないよ。これから人々は己自身で判断した印象により他人を見極めるようになるというだけだ」


「人間は第零印象がなくなった後は自身が感じた第一印象が8割で相手のイメージを形作るそうです。そのような見た目重視のあやふやな印象で他人を判断してよいものなのでしょうか」


「何も問題はないんだよ。政府からの依頼により第零印象を操っていたシステムは止めるが、こっそり第一印象を操るように変更して作動させる。人々に公表はしないが、犯罪を起こした者はなんとなく見た目が犯罪者に見えるようになるというわけだ。自分でそう感じたように錯覚するのだから、今度は気づきようがないだろう」

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