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認定屋

私の仕事は認定屋である。認定屋になるためには超高難易度の資格を取得する必要があるし、学歴やコネも必要でかなり大変であった。しかし、認定屋になれてしまえばバラ色の生活が待っているのだから、これまでの苦労なんて取るに足らないものであったと言えるだろう。


物事の境界というものは曖昧である。人間とチンパンジーとの境目の定義とは何であるのか。かつては道具を使うことができる者を人間とし、そうでない者をチンパンジーと定義していた時代もあった。しかし、チンパンジーの中にも道具を用いて狩猟する個体が存在することが判明し、この定義によるとチンパンジーを人間と判断してしまうことがわかった。


だが、チンパンジーはチンパンジーであり、地球の覇者たる人間様とチンパンジーを同一と判断することは勿論許されることではなかった。そのため、新たな定義を生み出す必要が生じた。


いく人もの学者達が、チンパンジーと人間の境界を定義してきた。火が使える者が人間、言語を話せる者が人間、文字が書ければ人間。


そして、それらの定義を確実なものとするため、人間はチンパンジーに対して数々の実験を行った。その結果、チンパンジーは訓練することで火を使い、言語を持ち、文字を書くことができるようになった。


よって、チンパンジーは人間なのである。という結論になってしまう訳にもいかず、人間は新たな定義を探求することになった。


DNAの構造、脳の容量など、大勢の科学者は科学的にチンパンジーと人間との違いを定義した。この定義は確実なものであり、世界中の人間達はその結果に満足した。やはり、人間様とチンパンジーは全く異なる生物なのである。地球上で最も偉いのは人間であり、チンパンジーはその他の下等な生物達の中の一種類にすぎないのだ。他の生物よりも多少は賢いのかもしれないが。


しかし、科学的な定義が生まれて何万年もたった頃、一つの問題が生じた。チンパンジーだって進化するのである。


チンパンジーは年々進化し、賢くなっていった。つまり、人間に近づいてきたのだ。もはや人間が訓練する必要もなく、チンパンジーは言語を理解し、コンピュータすらも使いこなせるようになっていた。昔は濃かったはずの体毛も薄くなり、最近では頭部のハゲに悩む個体も存在している。野生の生物たる象徴であった猛々しい筋肉も衰え始め、人間のモデルと同じようにスマートな体格になってきた。もちろん、服だって自ら着こなしている。もはや見た目は完全に人間なのだ。


こうなるともう、チンパンジーと人間の違いはわからない。そこで出てきた職業が、この私の仕事であるところの認定屋というわけだ。


私のオフィスには数多くの依頼が舞い込んでくる。今日も朝から晩まで予約でいっぱいだ。私は依頼を受ける際、かなりの高額の依頼料を要求するのだが、それでも依頼はつきることがない。


具体的な仕事内容を紹介しよう。今私は麗しき一人の若い女性から相談を受けたところだ。


「先生。実はあたし、学校でチンパンジーだって言われていじめられているんです。自分ではそんなはずないと思っているんですが、もう不安で不安で。あたしがチンパンジーでないことを証明するために人間であることを調べて認定して欲しいんです」


このタイプの依頼は実に多い。というよりも私の受ける依頼はほぼ全てこのような依頼であると言えるだろう。自分自身、身近な他人、あるいは自分のライバルなど、特定の誰かが人間であるか、チンパンジーであるかを判断して欲しいという依頼だ。


人間とチンパンジーとの境界はもはや曖昧なものであるが、世間での扱いは大きく異なる。所詮、この世の中は人間のために作られたものであるのだ。チンパンジーは人権を持たないし、守ってくれる法律も人間とは違う。チンパンジーを守る法律は動物愛護法なのだから。


「君を人間と認定するには、いくつか検査を受けて貰う必要があるが、君の両親は人間なのだろう? 戸籍も持っているはずだし、人間であるに違いないと思うがね」


「いいえ、先生。学校であたし習ったわ。戸籍なんていくらでも買えるんでしょ。こっそり人間に成り代わったチンパンジーもたくさんいるって」


まったく、ふざけた世の中になったものだ。チンパンジーは知恵をつけた結果、うまいこと人間社会に潜り込むようになった。当然戸籍の売買などは禁止されているのだが、取り締まるのはなかなか難しい。なぜなら、法律で戸籍の売買を禁止しているのは人間に対してだけだからだ。つまり、チンパンジーが戸籍を買っても罪にはならないのだ。なぜ、と思う人もいるかもしれないが、法律とはそういうものなのだ。人間のために作ったものであり、チンパンジーのために改正することは認められない。チンパンジーは人間様とは違う、下等な生物なのだ。


「たしかに、戸籍の売買をして人間になりきっているチンパンジーが多数いることは間違っていない。わかった。君を検査し、人間かチンパンジーか認定してあげよう」


「先生。ありがとうございます」


私はその女性を検査することにした。検査は400項目にも渡り、それらの結果を総合的に直感で判断する必要がある。なにしろ人間とチンパンジーはほとんど一緒なのだ。科学的に判断することはできず、判断材料は認定屋の勘以外にはありえないのだ。


数時間かけ、結果を判断した私は女性と向き合った。


「さて、君の判断結果が出た。誠に残念だが、君はチンパンジーなようだ。おそらく、君の両親がチンパンジーで、人間に成り代わっていたのだろう」


「そんな。嘘よ。信じられないわ。あたしもパパもママも人間よ」


「君は認定屋の判断にケチをつけるのかね。認定屋は国からも認められている仕事だ。つまり、この私の判断は国の判断ということだ」


「あんまりだわ……」


女性は泣き崩れた。当然である。チンパンジーと認定された以上、今までの暮らしはできなくなったも同然だからだ。学校にも行けず、就職だってできない。チンパンジーには人権はないのだ。こっそり人間に成り代わっていたチンパンジーを見つけた認定屋は警察に連絡する義務がある。チンパンジーは世間から追放しなければならないからだ。


「そろそろ良いかな。私も暇ではないのでね。警察に連絡することにしよう。もちろん君の両親のことも連絡しておくよ」


それまで泣いていた女性は、ハッとして私にすがりついてきた。

 

「それだけは、それだけは許していただけませんか。あたし人間社会じゃないと生きていけないわ」


「そう言われてもね。これも私の仕事だからね。いや、残念だよ。君のように美しい女性。人間だったら是非お付き合いしてみたかったが」


「……先生、あたしなんでもするわ。人間と認定してくれさえすれば」


覚悟を決めた表情に変わった女性は私に告げた。そう、これこそが認定屋の醍醐味である。これまで人間として生きてきた者が、突然チンパンジーとして生きていける訳がない。チンパンジーと認定された者達はその全てを投げ出してでも人間にしてください、と頼んでくる。こんな旨味のある仕事は他にはないだろう。この女性が人間だったか、チンパンジーだったか。そんなことはどうでも良いのだ。どうせ、誰にもわからない。もはやチンパンジーと人間は同じ生物なのだから。


仕事をさっさと終わらせて、ホテルで女性とのひと時を楽しんだ後、自宅の高級マンションへ向かう。帰宅途中で携帯端末から銀行の口座を確認したところ、多額のお金が振り込まれていた。名前を見る限り、あの女性の両親のようだ。チンパンジーと認定されかねないという話を聞いて、慌てて振り込んできたのだろう。認定されてしまえばまさに「人」生の終わりなのだから、当然だ。思わず口元がにやけてしまう。


マンションに着いたので携帯端末をポケットに入れ、入り口のオートロックを解除する。その瞬間、バンという音が聞こえた気がしたが、目の前が真っ暗になり私の意識は途切れた。




銃を認定屋に撃ちこんだ男は満足げな表情を浮かべて見下ろしていた。


「よう、先生。あんたにチンパンジーと認定されたおかげで、さんざんな目にあったぜ。だが、よかった。あんたを殺したって犯罪にならないんだからな。俺はチンパンジーなんだぜ」

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