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表か裏か

「さあ!  皆様、準備はよろしいですか!」


テレビの中でマイクを持った男が画面に向かって叫んでいる。俺は手に汗とリモコンを握ってテレビの前で正座していた。


いや、俺だけではないだろう。世界中の誰もが俺と同じように注目しているはずだ。きっとこの番組の視聴率は99%、いや100%にもなっているはずだ。


「それでは、一回目。いきますよ!」


司会者が意気込んで、思いっきりコインを上に弾き飛ばした。俺はリモコンをテレビに向けて、赤いボタンを押す。赤いボタンは表、青いボタンは裏だ。


やがて、ほんの何秒かたったあと、コインが地面に落ちた映像が映し出される。くるくると地面で回転した後、パタリと倒れる。


表だ。思わず俺は「よし!」と叫ぶ。


「一回目。表でした! 赤いボタンを押した方はクリア、おめでとうございます! 青いボタンを押した皆様、残念でした。また来週の機会に!」


ひとまず、一回目はクリアした。次は表だろうか。裏だろうか。


この番組、今年の春から始まった政府主催の新番組だ。毎週放映されていて、今話題の視聴者参加型番組というやつだな。実は毎回参加料として百円を支払う必要がある。まあ、たったの百円だ。払うのもそんなに大変じゃない。それにもしゲームクリアできれば、その何万倍、いや何億倍ものお金を手に入れることができるのだ。


この番組のゲームのルールを説明すると、司会者がコインを投げて視聴者がリモコンを使って表裏を投票する。当たればクリア、外れればおしまいだ。これを繰り返し、国中の視聴者と対戦する。つまり、コインの表裏を当て続け、最後まで残った視聴者が、全員の参加料を総取りなのだ。まあ、多分番組の制作費として、幾らかは抜かれた額が手に入るんだろうが、それにしたって莫大な賞金額だ。なにせ、視聴者は何億人も存在するのだから。


「それでは二回目。それ!」


司会者がコインを弾き飛ばす。表か。裏か。もちろんコインが地面に着くと投票できなくなるから、不戦敗になってしまう。


どっちだ。さっきは表だった。今度は裏だ。


俺は青いボタンを押す。


「二回目。裏でした! 青いボタンを押した皆様! クリア、おめでとうございます」


ぐっ、と手を握りガッツポーズをとる。二回目もクリアだ。まだまだ先は長いが、正解は正解。勝利の興奮で胸がドキドキしている。


「さあ、時間もありません。三回目ーー」



番組開始から20分ほどたっただろうか。もう、20回以上コインが投げられた。そしてなんと、俺は勝ち残っていたのだった。


「これで、25回目! いきますよ!」


司会者がコインを弾き飛ばす。俺はリモコンのボタンを押し込む。もう何もわからない。心臓がバクバクと打って頭がぐるぐるしている。表か。裏か。俺はどっちを押した。押し込み続けている指先を確認する。青だ。青ということは、裏。裏だ。


「25回目。正解は……裏ー!」


なんてことだ。正解してしまった。はっきり言って、ここまで来れるとは微塵も考えていなかった。当たれば一生遊んで暮らせるな、なんて馬鹿馬鹿しいと思いつつも参加したこのゲーム。まさか、まさかこの俺が大金までもうちょっとのところまでくることになるなんて。


「さあ! 国民の皆様。今週もこの番組、そろそろ終わりに近づいてきました。テレビの前の皆様はほぼ全員負けてしまったかと思いますが、ご安心ください。来週も再来週もこの夢のようなチャンスはやって参りますから。そして、皆様に重大なお知らせがございます。ついに! 今回のゲーム。勝ち残っている参加者はなんとあと二人! つまり、あと一回、いやあと二回かもしれませんが、それで勝者が決まることになります! おおっと、忘れてはいけません。残っているお二方、ともに答えを外してしまった場合、当然勝者はおりませんので、賞金は来週のゲームにキャリーオーバーされます! きっと、皆様ほとんどはその結末をお望みでしょうが、たった二人の方は是非とも勝って賞金を手にしたいとドキドキしていることでしょう!」


俺の興奮がテレビを通して司会者に伝わっているかのごとく、司会者はとても高いテンションで話している。もっとも俺はそんな話を満足に聞いている余裕などなかった。俺が考えているのはもちろん、表か、裏か、だ。


「テレビの前の勝ち残っているお二方! 準備はよろしいですか! では、いきますよ! それ!」


どっちだ。表か。裏か。赤いボタンか。青いボタンか。ええい。


「表だ!」


俺は興奮が爆発し、叫びながら赤いボタンを思いっきり押し込んだ。


テレビには飛んでいるコインが映されている。走馬灯を見ているかのごとく、ゆっくりと時間が流れているように感じられた。


と、突然コインから可愛らしい犬の映像に映り変わった。あっけにとられた俺は握りしめていたリモコンを落として、画面にすがりついた。明るい音楽と綺麗なナレーション。なんてことはない、ただのコマーシャルであった。そういばこの番組、最後の最後に結果が出る前、必ずコマーシャルが挟まれるんだったな。


俺は、いてもたってもいられず、ドタバタと部屋の中を飛び跳ね回るのであった。


永遠にも続くかと思われた数分間ののち、テレビがあの番組に戻ってくる。司会者がニンマリとした笑顔で最後の宣告をした。


「長かったこのゲーム。遂に終わりました。なんと、本日、一人の億万長者が達成しました!」


おお。つまり、俺か。いや、もう一人のやつか。どっちなんだ。早く。早くコインを見せてくれ。


「では、最後の答えです!コインは!」


画面がコインを映す。


「コインは裏! 裏です!青いボタンを押したあなた! おめでとう!そして、赤いボタンを押したあなた! 残念! また、来週ご参加をお待ちしています! それではさようなら。また来週!」


ああああ。終わってしまった。ハズレだ。あと一歩、いや、ほんのちょっと。青いボタンを押していれば。もうダメだ。こんなチャンス二度とありえない。


がっくりとうなだれる。何もやる気が起こらない。なにせ、一生遊んで暮らせる夢に目の前まで迫った後、奈落の底に叩き落とされたのだ。


数時間、倒れこんでいただろうか。真っ白になった頭が落ち着いて来た頃、ふつふつと怒りの感情が湧いて来た。最後に俺と対戦したもう一人。出会えるのであれば殺してやりたい。お前のせいで俺は大金を逃したのだ。ああ、なんてことだろうか。


しかし、あの番組。大金を手にした人間について、絶対に発表はしないのだった。なにせ勝者はほんの数十分で、一般市民から億万長者になるのだ。周りの人間からの妬み、怨みが凄まじいことになる。そして、俺と同じく殺してやりたいなんて考える奴も大勢いるだろう。そんな奴らから身を守るためにも、番組で勝利者の発表はしないのだと想像できた。


終わってしまったな。来週、もう一度挑戦するしかない。ここまでいけたのだ。また、チャンスは巡ってくるさ。ああ、でも本当に惜しかった。くそう。俺はそんな感情を振り払うために、冷蔵庫から大量のビールを、取り出して飲み更けるのだった。



番組の司会者が一仕事終えて控え室でのんびりと休んでいると、コンコンと入り口のドアをノックするものがいた。どうぞ、と答え訪問者を招き入れると、番組のプロデューサーでもあり、政府の役人でもある人物であった。


「いや、惜しかったですね。最後に赤いボタンを押した方。実はあの時点で最後の一人、つまり、本当は大金を手に入れていたなんて知ったら驚くでしょうね。しかも、最後のコインもコマーシャル中に裏にしましたが、本当は表。まさに、今日一番ついていた人間でしょう」


司会者は笑って役人に話しかける。対する役人はふん、と鼻で笑い答えた。


「なに、どうせ最初から手に入らないことは確定しているのだ。せっかく国民が自ら喜んで税金を払ってくれているのに、その国民に還元してどうする。最後の勝者は常に我々政府なのだ」

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