number
今日もいい天気だ。こんな日は散歩にでも行くに限る。綺麗な女性と出逢えるかもしれないしな。そう決めた俺は頭の中で数字を唱える。
『2680』
そうすると俺が乗っているロボットが指示を受けて動き始めるというわけだ。2680は外に出るという指示番号である。
この便利なロボットは何百年も前に偉い科学者が作り出した、人類のお世話ロボットだ。ロボットが発明される前、人類は自分で歩き、手を動かしていたらしい。しかし、俺は生まれた時からロボットの中で育ったからこの生活が当たり前だった。とてもじゃないが、自分の足で歩くことなんて想像もできない。
このロボットを動かすには頭の中で数字を唱えることだ。唱えた数字がロボットへの指示を表す番号になる。といっても、そんな面倒なことをする必要があるのか、などと感じる奴も大勢いるだろう。実は俺のロボットはマニュアル操作なのだ。世の中の9割以上の人間はオートマチックなロボットを使用している。オートマチックの場合には数字を唱えなくてもロボットが全て判断して勝手に動いてくれるのだ。しかし、よく考えてみて欲しい。オートマチックに乗っている奴らは死んでいるにも等しいではないか。勝手にロボットが移動し、食事も全自動で食べさせられる。もちろん食事の際は栄養が偏らないよう好物だけでなくバランスのとれた構成になる。オートマチック式ロボットに乗っている人間が自力でやることといったら、景色を眺めることと、寝ることぐらいだ。はっきりと言ってあいつらは全員死んでいる。もはや乗っていてもいなくとも、どちらでも変わりはないのだ。
俺と同じように考える人間はそれなりに存在していたらしく、このマニュアル式ロボットが開発されたのだ。マニュアル式ロボットは数字を頭の中で唱える必要がある。しかし、自分の思い通りに動かすことができるから、生きている人間であるという自覚が持てるのだ。
『47』
近くの公園にでも向かおうと、俺はロボットに指示を出した。47は右に曲がれという指示番号だ。
この指示番号というやつ、実は無限とも言えるだけ存在しているのだ。もともと人間がロボットに乗っていなかった時代、人間は自身の身体を動かしていた。それと同じだけのことができるようにするためには、莫大な量の指示番号が必要だったわけだ。しかし、この無限の数を、一から自分で勉強するわけではない。オート学習チップを頭に埋め込んであり、そこに全ての指示番号が記憶されているのだ。これにより、いっさい勉強する必要などなく、自分の意思で自由自在にロボットに指示番号を伝えることができる。
『8326985』
公園に近づくと、どうやら綺麗な女性がいることがわかった。俺はカッコ良く近づいていく指示番号をロボットに出す。普通に近づくのであれば『907』で良いのだが、より好意を持たれるためには『8326985』を使用した方が効果的だろう。このように、自分の考えにあわせて繊細な動きを可能とすることが、マニュアル式の醍醐味なのだ。当然無限に存在する行動パターンを数字で表しているのだから、より難しい指示を与える場合には大きな数字になってしまうことが多い。しかし、オート学習チップのおかげで記憶するのは全く大変ではない。また、より動かしやすくするための工夫として、使用頻度の高い指示番号から小さな数字が割り振られているのだ。例えば。
『59』
「こんにちは」
ロボットが喋る。このように、よく使用される挨拶をする場合には、小さな数字で指示を与えることが可能だ。
「あら、あなたもマニュアル式なのね」
女性のロボットが喋った。
『9652 7541236 77512365412』
「これは驚きました。あなたもマニュアル式ですか。いやはや、やはり素敵な女性にはマニュアル式がよくお似合いですよ」
「ふふふ。お上手だこと。マニュアル式に乗っている男性なんて滅多に会えるものじゃないもの。もしかしたら運命の出会いなのかもしれないわ」
俺は天にも昇る心地になって、綺麗な女性との甘いひと時をすごしたのであった。俺がこの間に与えた指示番号は凄まじい数になっていただろうな。しかし、オートマチック式の奴らには到底俺のように振る舞うことができないだろう。マニュアル式のロボットに乗っている人間こそが、この世で生きているのだ。
女性と過ごしたあと、そろそろ家にでも帰るかとロボットに指示番号を与えた。
『32169』
これは家に帰るという指示番号だ。もちろん、真っ直ぐ進むとか右に曲がれなどといった指示番号を逐次出して家に帰ることも可能だが、今日はもう疲れたのだ。ロボットに全自動で家に帰るよう指示を出して俺はボンヤリと休むことにした。
ああ、素晴らしいひと時だったな。明日も逢う約束をしたし、今日はゆっくりと休んで明日に備えよう。本当にマニュアル式ロボットを選んで正解だった。
そんなことを考えながら空を眺めていると、上空から光るものが落ちてくるのが見えた。
あれは隕石とかいうやつではないか。生まれて数十年経つが、初めて見たな。今日はなんて運の良い一日なのだろう。
ぼーっと隕石を眺めているとどうやらこちらに向かって落下しているらしい。しかし、俺に焦りはない。このロボットには危険が迫ったときのために、完全防御ガラスで俺を覆ってくれる機能が搭載されているのだ。このガラス、例え核爆弾が目の前で爆発しても傷ひとつつかず守ってくれるのだ。つまり、この機能を起動することにより、隕石から俺は完全に守られ、加えて目の前で隕石がガラスに衝突する貴重な光景を観察できる。
こんな滅多にない経験をした人間は俺くらいだろう。明日あの女性にも話してやらないとな。きっと羨ましがるだろうな。
ええっと、完全防御ガラスで俺を覆うための指示番号はなんだったかな。核爆弾から守ってくれるガラス防御なんて、滅多に展開されることがないから、パッとは思い出せない。まあ、オート学習チップのおかげで問題はないが。
なになに、7556321466872234799005566880552653541268423688883341157314159265358979323846264338……。