季節の神
夏は嫌いだ。暑いし食欲もなくなる。世の中にはクソ暑い中、あえて熱々のラーメンなんかを食べる奴がいるらしいが、頭のネジがどこかにぶっ飛んでいるのだろう。
冬も嫌いだ。寒いし風邪もはやる。しかし、これまた世の中には寒い雪の中、駆けずり回って遊ぶガキどもがいやがる。俺も小さい頃には雪が積もると嬉しくなって友人たちと遊んでいたものだが、大人になるといったい何がそんなに嬉しかったのか、なんてくたびれた回想をするようになる。
春と秋は許そう。気温も過ごしやすくなってくるし、春は世の中が浮かれているような気がしてくる。ワクワクに包まれたやつらを見ると、こちらも新鮮な気分になるしな。秋は月が綺麗だし、食い物がうまい。食欲の秋とはよく言ったもんだ。まあ、どちらかといえば秋のほうが俺は好きだ。一年中秋だったらよかったのにな。
俺は自室で暇を持て余し、こんな得にもならないことをつらつらと考えていた。少々喉が渇いたので飲み物でも取りに行こうと思い、立ち上がったところで急に目の前が真っ暗になる。突然今まで見ていた景色が変わって暗闇になったのだから、当然慌てふためいてしまう。いったい何が起こったのだろうか。
「なはははは。お前のその願い叶えてやろう」
暗闇が一転して真っ白になり、見たこともない髭面のおっさんがぱっと現れた。
「わしは季節の神。この国の季節をつかさどっているものだ。季節を変えるのもなかなか大変で飽き飽きしていたところ、面白いことを考えるお前を見つけてな。お前、秋が好きなんだな。ようし、それでは一年中秋にしてやろう」
おっさんは驚いている俺に構うことなく一方的にそう告げた後、これまた突然消え去ってしまった。ふと気付いた時には景色が戻り、俺は自室で一人ポツンと立っていたのだった。
今のはなんだったのだろうか。ほんの短い時間だったが、季節の神とか名乗るおっさんに出会ったのだ。
「うーむ」
考えてみてもやはり意味がわからない。夢だったのか、現実だったのか。まあ、俺はもともと物事にあまりこだわる性格でもない。少し時間が経って白昼夢でも見たのだろうと結論づけ、飲み物を取りにいくことにしたのだった。
季節が秋に固定されてから、今日で一年になる。あの謎のおっさんは本物だったのだ。誰かが初めて季節が変わらないことに気付いた時、国中がてんやわんやになったことは言うまでもない。これまでずっと長い間、四季があることが普通だったのだ。春夏秋冬、それが世の中の常識であり、秋秋秋秋になるなど誰もが予想していなかった。
しかし、人間とは適応していく生き物。なんだかんだ言って一年経った今では、皆この非常識に慣れてきたように思える。桜の開花もセミも雪だるまも見れなくなってしまったことを残念がるやつらは大勢いたが、そのうち結局、秋だけの生活を受け入れていくのだろう。
大変だったのは農家の連中だった。秋だけになったことにより、これまで通りには作物が育たなくなってしまっていたらしい。さすがに俺もそんなニュースを聞いた時には食い物がなくなるのではないかと冷や汗が流れた。しかし、秋はもともと作物が豊かな季節。この国の優秀な科学者たちにより作物の品種改良が行われ、今では一年中実りのいい作物が取れるようになった。食い物がなくては、いくら心地が良くても生きていけないからな。世界でも有数な科学大国であったことが幸いだった。
なんとか国中が餓え死にすることは免れたが、さすがに政府は大変なようだ。四季を前提に作り上げられたこの国の制度を秋だけの国にあったものに変更したのだ。作物の品種改良にお金もだいぶ使ったらしい。最近のニュースではよく国の借金の増大が取り沙汰されるようになった。こんな急激な変化にも対応して国民を救わなければならないのだから、政治家も大変だな。俺には何もできないが、せめて頑張っている政治家たちのために、次回の選挙では票を投じてやろう。
そんなことを考えていると、目の前が真っ暗になり、俺は季節の神と再会したのだ。
「どうだ。秋を満喫しているか」
「ああ、季節の神様ではありませんか。ずいぶんと久しぶりですね。一年間秋が続き、いい事ばかりではありませんでしたが、なんとか皆生きているようです。でも、秋は過ごしやすいですし、いずれ皆この暮らしに感謝するでしょう」
「そうか。それは良かった。だかな、秋は今日で終わりだ。一年間たったし、そろそろ別の季節にしたくなってきたのだ」
「なんですって。いったいなぜなのです」
「季節を変えるのは大変な仕事だが、一年中なにもせずにいるのも暇でな。あまりにも暇だったから、ちょいと別の国へ旅行に行ってきた。いろんな季節を見学してきたが、オーロラとかいうやつを見てな。あんなに綺麗なものをわしは見たことがなかった。一生あれを見ないのではもったいないし、せっかくだからこの国の連中にも見せてやろうと思ってな。明日からは毎日見られるぞ」
季節の神は一方的に告げた後、俺の前から消え去ったのだった。