異世界召喚
嬉しくなってまた投稿!
異世界召喚。よく小説などで取り上げられるテーマの一つであるだろう。俺も子供の頃に小説を読んでは異世界に召喚される妄想をしたものだ。しかし、実際に自分自身が体験することになるだろうとは想像もしていなかった。
小説の場合、召喚された際になんらかの超人的な力を備えることになっていたり、魅力的な仲間とともに魔王なんかを討伐しに行ったりすることが多い。だが、俺の場合はそんな小説の中の世界とはまったく違い、ワクワクする展開などなに一つとして存在していなかった。
剣も魔法もない、ドラゴンも妖精だって存在しない。はたまた地球と違って車やテレビ、小説そのものも存在しないつまらない世界だ。
その世界に存在していた唯一のもの、それは闇だった。
俺はプカプカ浮いている。何も見えないから浮いていることを確かめるすべもないが。足も手も動かしたところでなんの感触も得られることがないことから、自身が浮いていることは推測できたのだ。
そんなつまらない世界に辿り着いてから、もうどのくらい時間が経ったのだろうか。時計もないから時間を確かめるすべもない。いや、時間という概念が存在しているかどうかもわからない。
誤解してはいけないのは、俺はこの世界が嫌いではないということだ。退屈には違いないが、それでも、ストレスにまみれた世界にいた頃に比べれば何倍もましである。
毎日ひたすらぼーっとして、気がついたら寝て起きてを繰り返す。この世界では空腹というものも感じないようであったから、苦しむこともない。
ああ、なんて幸せなのだろう。退屈だが、俺という人間はこんななにもない世界で時間を過ごせる幸福を噛み締めて浮いているのだ。
ある日のことだった。当然西暦何年の何月何日かなんて知りもしないが。少なくとも、もう俺が手足の動かし方も忘れてしまうほど、途方もない時間を退屈な世界で過ごした頃、ぼんやりと俺が目を開けていたら、遠くのほうで微かな白い光を感じたのだ。
この世界に辿り着いてから闇を見ることに慣れてしまった俺の目には、そのほんの僅かな光であっても太陽を直接見るかのごとく眩しく感じられたのだ。
小さな白い光をじっと見ていると、どうやらだんだんと大きくなって来ているように感じた。光はどんどん大きくなって行き、やがて長い間忘れていた距離感というものを俺に思い出させることになる。どうやら光は俺に近づいているようである。
俺が光に近づいているのか、反対に光が俺に近づいているのかはわからないが、とにかく、俺とその光の距離はぐんぐんと近づいていることは確かだ。
光に近づいていくとだんだんと光にはたくさんの色が含まれていることがわかってきた。
なんて懐かしいのだろうか。赤や青といったただの色ですら、ひたすら闇を見続けてきたこの俺には、映画を見ているかのごとく感動を与えるのだ。
そうか。これが感情というものだったか。退屈すぎる世界で過ごしてきた俺は何もかも忘れてしまっていたようだ。
やがて目の前にたどり着いた光に取り込まれ、あまりの眩しさに目が眩んでいると、どうやら俺の身体は地面のようなものにくっついているらしいことがわかった。
これが、地面だ。そういえば重力によって人間は接地しているんだったな。ああ、懐かしい。背中から振動が伝わってくる。
手足の動かし方を忘れた俺がどうやら地面に転がっていると、大勢の人間たちに取り囲まれている状況が目に入ってきた。
人々はざわざわとなにか言葉のようなものを発しており、その表情は驚きにつつまれているようであった。
人間だ。そうだ、俺も人間だったな。耳に入ってくるのはなにかの言葉だろう。懐かしい。なんて幸福なんだ。闇に包まれ続けた俺は、いつからか闇以外の世界というものを渇望していたのだろう。
ざわざわと言葉を発している人間たちの中から、白い服を纏った人間が俺に近づいてきて、耳元で跪いた。
「ようこそ勇者様。こちらの都合で我々の世界に突然の召喚をすることになり、申し訳ございません。実はこの世界は今、魔王により滅びようとしている状況でありましてーー」
ああ。幸せだ。遠い昔、憧れた、小説の世界に、俺は、たどり、着いたのだ。
呼吸の仕方さえ、覚えていればなぁ。
\(^o^)/