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タグ

俺は洗面台の前で固まっていた。別に真の意味で固まっていたわけではない。皆、経験があると思うが、信じられないことを目にした瞬間に、頭の中が真っ白になり、体が硬直するというやつがあるだろう。それだ、それ。


朝起きて、顔を洗おうと洗面台の前に立ったら、鏡の中の俺の頭上に文字が浮かんでいたのだ。俺が固まってしまったのもうなずける。


しばらく、硬直したあとに、頭が冷静になってくる。そうだ、とりあえず顔を洗おう。


バシャバシャと顔を洗う。顔を濡らしたまま、隣にかかっているタオルに手を伸ばし、顔を拭く。すっきりした気分でもう一度鏡を見る。


あいもかわらず、そこには存在しないはずの文字が浮かんでいたのだった。



落ち着いて頭上にある文字に触ろうとする。感触は……空気だな。つまり、何もないということか。鏡の中にはあるのに、触れることは出来ない。


文字を読んでみる。『管理者』と『イケメン』だ。


意味がわからない。まあ、管理者はともかく、イケメンと表示されて悪い気分はしない。と、そこまで考えたところでふと気づく。これは俺のことを表すタグなのではないか。


いや、そうに違いない。ネット上の動画などで、同じ属性を表すことを示すために、タグというものがつけられていたりする。そして、それをクリックすることで、同じタグがつけられた別の動画にアクセスすることができるのだ。


この管理者というタグ。これのおかげで、俺は自分のタグが見えるようになったのではないだろうか。



会社に向かう電車に乗る。俺の住んでいる地域は田舎なので、電車に乗っても普通に座ることができる。座席に座ってタグについて考える。


今朝の俺の考え、あれはだいたい正しいと思われる。目の前の、疲れきった顔をしている太ったおじさんの頭上を見る。『仕事が出来ないやつ』、『デブ』だ。今まですれ違った人間や、電車内の他の人間たちの頭上を見て、一つわかったことがある。それぞれの人間についているタグは2つまでなのだ。


この、どうやら自分にしか見えていないらしいタグについて考えていると、女子高生の集団が乗り込んできた。空いていた座席にまとまって座った女子高生のタグを見る。『ビッチっぽい』と『ケバい』、『メガネ』と『根暗』、『馬鹿っぽい』と『ブス』などなど、皆2つずつタグを持っている。


それにしても、これだけ仲が良さそうに見えても、タグはこれなのだ、と思うと俺は少しだけ悲しい気持ちになった。



それからも、駅に着くたび次々電車に乗ってくる人々のタグを見ていく。なかなか、面白い。おとなしそうで、清楚に見える女性にも、『ヤリマンっぽい』なんてタグがついていたりするのだ。人は見かけによらないというが、俺は人を見ためで判断することができるということか。



しばらくすると、女子高生の集団が、あの仕事が出来ないデブについて気づいたらしい。「マジでキモくない?」とか「ていうか、デブのくせに座ってんじゃねーよ。座席が狭くなるっつーの」などと会話している。


俺はその男のタグを見る。なんとタグは変わっていた。


『キモい』、『デブ』。


ふーむ、どうやらタグは変わることもあるようだ。


一体どういう条件で変わるのだろうか、とキモいデブを見ながら考えていると、女子高生の話し声が耳に入る。


「なんか臭くない?」


「いや、あのデブのせいでしょ」


「あー、絶対そう!」


キモいデブのタグに注目する。『臭いのもと』、『デブ』だ。どうやら、何人かがその人間について同じ思いを抱くと、タグが変わるらしい。



会社の最寄り駅に着いたので電車を降りる。会社に到着し、自分のデスクに座る。今日の俺は気分がいい。なんせ、何人かが俺のことをイケメンだと思っていることがわかったのだ。


コーヒをいれて、メールを見る。いつもはつまらないこの仕事も、タグが見えるおかけで苦にはならない。今日の帰りにでも、俺が密かに好きなあの子に声をかけてみようか。なんせ俺はイケメンだからな。


コーヒを飲んでいると、あの子がやって来た。すぐさまタグを確認する。『真面目』と『美人』だ。つまりは、あの子のことを皆、美人と思っているのか。まずいな。誰かが告白してしまうかもしれない。今日の帰り、絶対に食事に誘おう。



仕事が終わる。一旦会社を出て、入り口であの子を待つ。


出てきた、声をかける。


「おう、お疲れ」


「あ、係長。お疲れ様です」


係長とは俺のことだ。


「最近仕事どう?」


「大変ですが、みなさん優しくしてくれるので……。これからも頑張ります」


いい子だ。たまらず食事に誘う。俺はイケメンだから、断られることはないだろう。


「今から、どこか食べに行かない?」


「え? あ、いや……。二人でですか?」


「ダメかな?」


「二人というのはちょっと……」


その後も食い下がるが、結局、一緒に食事に行くことは出来なかった。



いったいなぜだ。俺はイケメンではないのか。いや、タグがついているんだ。2つしかないタグの一つがイケメンだ。俺がイケメンなのは間違いないはず。


一人でバーに入り、カウンターに座って酒を飲む。


店主のタグを見る。『寡黙』と『口下手』だ。まあ確かに。



あの子にふられた勢いで、ベロンベロンに酔っ払ってしまった。


家に帰って鏡を確認する。『管理者』と『酔っ払い』だ。あいかわらず管理者タグはあった。タグが見えているから当たり前ではあるのだが。それにしても酔っ払いか。たしかに、帰り道ですれ違った人々は俺のことを酔っぱらいだと思ったのだろう。しかし、やっぱりイケメンがいいな……。



タグは『管理者』と『イケメン』に変わった。どうやら、管理者タグはともかく、タグというのは俺の感想を表示しているだけらしい……。

にょーん

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