地球爆破スイッチ抑止論
世界一の科学者が死ぬ前に、押すだけで地球を爆破するスイッチを作る
世界一の科学者がいた。あらゆる分野において史上類を見ないほどの功績を残し、この科学者のおかげで世界は2世紀分の進歩を遂げたと評価されていた。しかし、その科学者も老いには勝てず、のんびりとした田舎で床に臥す生活をしていた。
「先生。お体の具合はどうでしょうか」
「お前か。私はもうだめだろう。こんなことになるなら、医学をもっと進歩させておくんだったな」
寝たきりの科学者の具合を気遣ったのは彼の一番弟子。その弟子も世界一とは言わないが、世界で10本の指に入るだろうとの評価を受ける程の科学者であった。
「お前は優秀だ。私にとっての1番の功績は、お前という科学者を育てたことなのかもしれないな」
「いえ。私などまだまだ。先生の足元にもおよびません」
「そう謙遜することはない。ところでお前、私の夢を叶えてみるつもりはないか」
「夢、ですか。しかし、先生が叶えられなかった夢を私ごときが叶えられるとは思えませんが。いったいどんな夢なのです」
「なに、そう大したことじゃない。私の夢というのは世界の平和だ」
「平和ですか。たしかに今も戦争は起こっています。まだその夢は実現していませんね」
「そうなのだ。しかし、私は夢を実現する方法を思いついた。核抑止論というものがあるだろう」
「敵に核を打つと自分も報復を受け、お互いに滅ぶことになるため、核戦争ができないというやつですね」
「そうだ。しかし、戦争は今も起こっている。核ごときでは平和は得られないということだ」
「そうですね。では先生はいったい何を作ったのですか」
「地球爆破スイッチだ。あそこの棚の1番上を開いてみてくれ」
世界一の科学者の指さした棚から、弟子はひとつのスイッチを取り出す。
「これが地球爆破スイッチですか。しかし、地球を爆破することなど、核兵器でもできると思いますが」
「たしかに、たくさん核を打てば地球を爆破することができるだろう。だが、それではだめなのだ。一発で地球を爆破することができなければ、完全な抑止論は成り立たない。棚の上から2段目を開いてくれ」
弟子は棚の2段目を開く。
「これは、設計図ですか。ふむ、なるほど。たしかに設計図が正しければ、この兵器は地球を一度に爆破することができますね。それで、兵器はどこに」
「ここの……地下に……」
「先生! 大丈夫ですか!」
「……頼んだぞ」
やがて、世界一の科学者は息をひきとった。
それから弟子の行動は早かった。世界中のマスコミに地球を一瞬で爆破する兵器があることを公表し、トップクラスの頭脳を集め、設計図が正しいことを証明した。
弟子はマスコミに世界中に自分のメッセージを届けさせる。
「私は、地球爆破スイッチを持っている。もう戦争はやめることだ。もしこれ以上戦争をするようであれば、このスイッチを押し皆で死ぬことを選ぶ」
そして、世界から戦争がなくなった。そもそも戦争というのは自分たちの利益のためにやるものであり、地球が爆破されてしまえば、戦争を行っても何の意味もないことは明らかであった。
戦争をしようと考えるものもいた。設計図は公表されているのだ。解体してしまえば起爆することなどできなくなる。
しかし、そこは世界一の科学者の設計。地震などの災害では起爆しないが、解体の方法として考え得る全ての方法では起爆してしまう理論が、設計図には書いてあった。
スイッチを弟子から奪ってしまおうと考えるものもいた。しかし、弟子も世界で十指に入る科学者である。スイッチを改造し、自分以外のものが持つと起爆してしまう仕組みを組み込んだ。
平和は訪れた。弟子はマスコミに世界中の情報を集めさせ、戦争が起こっていないことを確かめる生活をおくる。
何年か経った頃、ある宗教ができた。地球爆破教である。地球爆破教では地球を爆破することで皆が救われることを信念としていた。馬鹿馬鹿しいと思うかもしれない。しかし、戦争を奪われた人々は行き場のないもやもやを抱えており、地球爆破教の信者は年々増加していった。
地球爆破教の信者が全人口の半分に近づいたとき、地球爆破教徒たちはそうでない者たちに対して戦争を仕掛けた。長く平和だったため、核兵器や銃器などは全てなくなっていた。それによりこの戦争では非常に原始的な方法で人々が戦うことになった。
弟子はマスコミから戦争が始まったことを伝えられる。曰く、人々は物を投げたり棒で叩いたり刃物で刺し合っていると。
弟子は諦めた。真の平和など無理だったのだ。人々は心から戦争を望んでいるに違いない。
弟子はマスコミを使って世界中の人に自分のメッセージを届けた。
「戦争が起こってしまいました。私はこのスイッチを押すことにします。先生、申し訳ございません。平和は実現しませんでした」
地球爆破教徒たちは歓喜した。ついに救われる時が訪れたのだ。
地球爆破教徒ではないものたちは悲観にくれた。もう全てが終わる。いったい自分たちが何をしたというのだ。
世界中の人々が注目する中、弟子はゆっくりとスイッチを押した。目をつぶる。先生、今からそちらに行きます。
しかし、爆破は起きなかった。地球爆破教徒たちは悲観にくれ、そうでないものたちは歓喜した。
弟子は思い出した。
「そういえば、スイッチと設計図は渡されたが、兵器が完成しているという話は聞いていなかったな。あれは地下に作れという意味だったのか」
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