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みんなで原発の「再稼働」を考えよう 

作者: 山川草木
掲載日:2026/06/16

             みんなで原発の「再稼働」を考えよう   


 あの事故から15年が過ぎようとしていた。私は大学生になり今、都内に住んでいる。駅前のカフェで、その速報を聞いた。カウンターの奥では、古いラジオが、どこか遠くで水が滴る音のように、小さく鳴っていた。マスターは無言でコーヒーを注ぎ、誰も拍手もしなければ、怒号も上がらなかった。都内の空気は平和そのものだ。

 郷里の海沿いには、発電所がある。白い建物は昔と変わらず、風景の一部になっている。子どもの頃、夜の海に向かって点滅していた赤い灯を、私は怖いとも美しいとも言えず眺めていた。福島での事故の後、稼働を停止し、議論が続き、そして今日(2月9日)にも、再稼働されるとのこと。それは大きな出来事のはずなのに、都内の日常は壊れないふりをして流れていく。

 父は若い頃、町役場の会議室で開催された原発の誘致説明会に出たことがある、と一度だけこぼした。

「あの日、外は珍しく夕焼けがきれいだったなあ」

 初めて発電された日(1985年9月18日)のことを、父から聞かされたことがある。その日は驚くほど静かだったそうだ。空は薄く曇り、海は()いでいたそうだ。ニュースは淡々と「安全確認を経て起動」と告げ、町の人々はそれぞれの朝を過ごしていたそうだ。その静けさを、父は「まるで祈りごとの始まりみたいだった」と言った。

 そんな父は原発の誘致と稼働に賛成だった。「電気は必要だ。理想だけじゃ暮らせない。仕事も増えて食っていける。若者も街を離れなくてすむ」その言葉には生活の実感があった。母は反対でも賛成でもなく、「決めた人たちは、ちゃんと覚えていてくれるのかしら」と言った。何を、誰が、どれだけ背負うのかを。

 福島での事故の後に開催された説明会で聞いた言葉を、私は思い出す。想定、確率、基準、対策。きれいな言葉。きれいすぎて、何かを隠しているみたいだった。もし将来再稼働するのであれば、それは危険が消えた証明ではなく、危険を引き受けるという選択なのだ、と中学生の頭で初めて理解した。それ以来、新聞で読む原発関連記事のスクラップを欠かしたことがない。

 コーヒーカップの胴を人差し指でなでながら、テーブルの一点を見つめつらつら考えを巡らせた。再稼働すれば町には仕事が戻る。関連企業が増え、雇用も増える。他の地域から来てそこで働く人たちの宿屋、ホテル、飲食店が潤う。空き店舗に灯りが点る。たとえ歓迎の声は小さくても、平穏な日々が保障される。住人は声高に語らない。語らないことで、責任が軽くなる、とどこかで信じているのか。

 首長にとって、再稼働の容認に『地元同意』を必須条件とされたことは「重たすぎる任務」であったろう。国から最終責任を押し付けられたのも同然だったから。

 県民意識調査では再稼働を容認する人が50%、反対する人が47%。意見は割れていた。議会で承認されても納得できない住民は多かった。誘致と稼働にかつては賛成し、今は老いた父もその一人だ。「住民投票での信任を問うべき」と。その口調には過去に賛成した者としてやるせない気持ちと後悔の念がありありとにじんでいた。

 福島の事故を教訓に2025年5月「原発ゼロ」を実現した台湾では、その年の8月に再稼働の是非を「住民投票」で問うたことがある(再稼働への同意票が有権者総数の4分の1以上とならず否決された。同意票は約430万票、不同意票は約150万票だった。2026年3月26日現在、進展するAIへの電力需要増、液化天然ガスの輸入リスクを理由として、再稼働の計画もある)。

 しかし、こうしたことに加え、しっかり認識すべきことがある。電気の多くは地元ではなく、首都圏へ送られてきていることを。この天井にある灯りも、ラジオの電源も、それで点いている。まるで沖縄の米軍基地問題と同じだ。この事実を知る友人も都民もほとんどいない。「問題に向き合うべきは、大都会の側だ」こう切り出せば「原発のある地域に住む方たちの厚意に甘えているだけで申し訳なく思う」と乾いた声を返す人もいる。福島の事故があるまで原発がどこに立地しているのかすら意識していなかった人も多い。能天気にも程がある。事故後、首都圏の広域で計画停電や節電が呼びかけられた。そんな歴史的事実も今は教科書の隅にしか載っていない。

 こう思考を進めるとスクラップブックを捲るように、幾つかの事実が脳裏に浮かんできた。福島の事故後、その賠償や廃炉に計23・4兆円かかる。うち電力会社は16兆円超の負担をする。残りは国が肩代わりする。民間電力会社の国有化である。電力会社の有利子負債残高は6兆5097億円(2024年度)あるそうだ。原発が1基動けば、年1千億円の収支が改善するらしい。数字は冷たく、しかし生々しい。再稼働したがるのも分かる。が、〝焼け石に水〟だ。原発の安全対策費がかかること、16年の電力小売り全面自由化で本業の稼ぎも減っている。賠償に加えて福島第一原発の廃炉費用もかさむ。

 私は夕闇の迫る窓越しに暗い波を見つめるような気分になっていた。地元にも反省すべきことがある。電源三法交付金など多額の「原発マネー」をもらっては箱物─ほとんど利用者がいない温水プール、フィットネスルーム、レストランなど─を作るばかりで、若者が働ける仕事を作ろうともしなかった。

「使用済み核燃料税」も独自な財源となっている。これは原発施設内にたまっている使用済み核燃料を外へ搬出させる目的で徴収している。新潟県柏崎市では全国に先がけて2003年に導入した。2020年には基本の税率を1キロ当たり年間480円から620円に引き上げた。さらに保管期間が長くなるにつれて税率を高くする「経年累進課税」も採り入れた。税収額は25年度には8億1千万円超になり、23年間の累計税収は130億円に達する見込み。その一部は除雪事業の財源にもなっている。

 こうした大金の見返りに自然災害プラス原発事故=複合災害というリスクを引き受けてきた。ぜひとも再稼働したい電力会社は地元の鼻先へニンジンをぶら下げ─父はそう表現した─他の炉の廃炉を提案した。この時とばかりに地元も経済的なメリットを要求した。再稼働容認の見返りだと誇示するごとく電力会社は地域貢献策と銘打ち1千億円の資金提供を提案した。双方の思惑が絡むたび、複合災害の影は濃くなる。

 ソフトとハードの両面において度重なる不祥事─運転員のID カード不正使用、核セキュリティ上の杜撰(ずさん)な管理実態の発覚、30年超運転申請書の記載ミスなど、一時は原子力規制委員会が、事実上の運転禁止命令を出す事態となっていた─は不信感を増幅し、原発への安全対策も住民に「納得されぬまま」再稼働へと舵をきった。再稼働後、電気料金は下がると宣伝されるが、下がらない。再稼働を前提にして、すでに値下げが織り込まれているから。また1基だけの稼働ではスケールメリットは働かず、電力料金が下がる見込みもない。

「ブㇽ~ブㇽブㇽ~」

 テーブルに置いたスマホが鳴った。

 父からの電話だ。

「もしもし」

「今日中に再稼働するそうだ」

 挨拶もなくそう言う父の声は一瞬だけ震えたように聞こえた。

「さっきニュースで聞いたよ。そっちの雰囲気はどうなの?」

「容認は早すぎた。事故に備えた避難経路の整備と避難所が完成してからでも遅くない、と言う住民が多い」

「やっぱり」

「動かしたところで、燃料プールもすぐに満杯になる」

 燃料プールとは、使用済み核燃料を冷やす施設のことである。25年末現在、国内17カ所の原発にある燃料プールの保存可能量の78%に達し、多くの原発で数年後に満杯になる。

「柏崎刈羽では、敷地内で一時的に保管する「中間貯蔵施設」が青森県六ヶ所村にあるが、その再処理工場の完成が遅れ、受け入れてもらえない」

「そうだね。新聞で読んだよ」

「不安と心配ばかりさせられる……皮肉にも核燃料税収だけは増える」

 そう言い残して父は電話を切った。

 私はスマホをテーブルに戻し、冷めかけたコーヒーをグイと飲んだ。合わせた手を口元に当て、テーブルの一点を見つめているとスクラップブックで見慣れた数値の記憶がよみがえってきた。

福島の事故後、政府は原発に代わり、かつ二酸化炭素(CO2)を排出しない再生可能エネルギー(バイオマス、地熱、風力、水力、太陽光など)の供給体制を支援してきた。

 2024年度の電源構成は、火力67%、再エネ23%、原子力9%。依然として、化石燃料は電源構成の67%を占め、主要7カ国(G7)の平均50%を大きく上回っている。

 政府は、40年度には再エネ4~5割、原子力2割、火力3~4割を目標にする。政府が想定する40年度の電力需要は9千億~1兆1千億キロワット。総発電量に占める再エネの割合は10年度の9・5%から23年度には22・9%に増えた。特に、太陽光発電(メガソーラー;大規模太陽光発電施設)で増え、23年度は10年度の約28倍に相当する965億キロワットだった。

 太陽光発電は25年における総発電量の約10%に達し、世界平均の9%を上回り、15年から約3倍に増えた。が、その設置は飽和状態にある。一方、風力発電は1・3%、世界平均の8・5%を大幅に下回る。

 現状において、再エネが十分に普及しない要因は、送電網の制約、投資の消極性、地域合意形成(森林伐採、景観問題)の難事など複合的だ。

 再エネの潜在的な供給力は1兆1千億~3兆1千億キロワット。この数値の背景には、データセンターや半導体工場の新増設で将来的に電力需要が高まることも見込まれている。そのデータセンターの国内市場規模は23年度の2兆7361億円から28年度には5兆812億円に達する見込み。

 見慣れたはずの数値の列はかつてピョンピョンと踊っているように見えたが、今日は妙に重たく感じた。原発の他と比べたときの圧倒的に安価な発電コストを盾とし、それに反する『核のゴミ』処理方法・費用と処分場確保という問題は解決の方途さえ見えないまま、未来世代へ『負の遺産』として贈られる。耐えかねたのか、最終処分場の適地は国の責任で選定しろ、と声を荒げた首長もいる。これに勢いを得たのか、新たな候補地が浮上してきた。

 しばらくすると父から電話がきた。

「ニュースで見たけど、核のゴミを南鳥島へ持って行きたいようだな。さっそく村民説明会を父島と母島で始めたぞ」

「村長は国の方針を容認するようだよ」

「それでいいのかなぁ」

「地質学的に安定していて(科学的特性マップで)好ましいと推定されたそうだよ。面積は約1・5キロメートルで、全域が国有地で未利用地があるからね。土台、文句を言う住民も住んでいない所だから」

「ふん、推定かい。『世界遺産の小笠原』というイメージがガタ落ちだな。決まれば、ご愁傷様だ」

 父は皮肉を口にして電話を切った。

 南鳥島は台風もくるし、津波はチリやアラスカからもくる。さらに島は浸食されているから護岸工事もしなければならない。南鳥島は今後100万年の間に地球内部へ潜り込んでいくとも言われている。そのとき核のゴミは地球の高温で溶かされるかもしれない。しかし、10万年周期で氷河期もくる。どうなるか分からない。

 さらに福島の事故後に出した除染土の持って行き場所もなく、霞が関の中央省庁の植え込みや花壇に入れてきた。その場所を知っている官庁職員たちは口元を手で塞ぎ足早に通り過ぎて行くようだ。今後は地方の出先機関や所管法人に広げ、ゆくゆくは公共工事や民間企業に使わせる案まで浮上している。

 この話題を新聞で読んだ父は、放射能を日本中にばら撒く行為と理解したのだろう、また電話をかけたきた。そして、新たな夢の発電技術である『核融合発電』について、教えてくれと言った。

「核融合発電はどうなんだ」その声は怒気を含んでいた。

「どうなんだって?」

「実現できるのか? できるならいつ?」

 詰問されているようだった。

 私は、知っているかぎりのことを話した。

 物質の小さな単位である原子の核同士が合体することを融合と呼ぶ。高温や高圧の状態に近づけると、融合することがある。このとき融合前よりもわずかに重さ(質量)が軽くなる分が、莫大なエネルギーを放出する。太陽の内部で延々と起きている反応と似ている。核融合とは、これを人工的に作ること。『地上に太陽を作る技術』と呼ばれている。

 これで発電するときのメリットは2つある。

 一つ目は、効率よく大きなエネルギーを取り出せること。重水素と三重水素トリチウムを燃焼させると、1グラムから放出されるエネルギーは石油8トンを燃やした量に相当する。原発(核分裂)だと、ウラン1グラムで石油1・8トンのエネルギーにすぎない。

 二つ目は原発と違って、核融合では高レベル放射性廃棄物が生じない。ただし、中性子を浴びた炉や部材などは低レベルの放射能を帯びる。

「で、いつ実現できるんだ」

 父は同じ問いを繰り返した。

「2040年代から50年代という話もあるけど……。日本では30年代に発電の実証実験を試みる計画があるようだよ」

「じゃあ、日本はまだ基礎研究段階なんだな」

「そう。世界をみても、そのレベルだよ」

「う~~ん」父は低くうなり声を上げた。

しばらく、黙った後、父は思いついたように訊いてきた。

「メガソーラーは設置場所が満杯状態らしい。ただで使える太陽光を利用して他の発電方法はできないのかなぁ?」

「あるよ」

「おォ。ある?」

「次世代型の『ペロブスカイト太陽電池』が有望で、商用化が始まったよ」

「どんなものだ」

「簡単に言うと、フィルム型で従来の物よりも軽くて、かつ薄く曲げやすい物だよ。光エネルギーを電気に換える効率も15~20%くらいで従来のシリコン型と変わらない」

「ほ~。軽くて、曲げられるなら屋根や壁にも設置できるよな?」

「できるよ。原料のヨウ素も国内で調達できるし」

「いいことずくめだな」

 父さんの声は弾んだ。

 やりきれない思いは規制当局や司法にも向かう。

 福島での事故後、原発の立地する幾つかの地域では自然災害(津波、地震、火山の噴火など)に起因する原発事故の誘発を危惧し、住民による再稼働の差し止め訴訟が繰り返されてきた。これに対し、審査を担う原子力規制委員会は「津波・地震・噴火のリスクは社会通念上許容される」とする考え方を示した。

最後の砦、司法の判断もこの社会通念にならい、一部の不合理を指摘しつつも「たとえ及ぼす被害が甚大であったとしても稀にしか発生しない自然災害には建築の法規制や防災対策はなく、そのリスクは〝無視してもよい〟」と言う。自然災害に起因し原発を破壊するリスクには目をつぶり、被災者には耐えていただこう、とその本心が言外(げんがい)に滲み出ていた。まるで想定外のことは考慮しなくてもいい、と開き直っている感すらする。

「事故はあり得ない」ということはあり得ない。「想定外」を想定して法規制や防災対策、稼働をさせてこなかったが故に福島では大惨事を被ったのだぞ。これが福島の教訓だ。自覚が足りなさすぎる。

 確かに、どこまでを想定内とし、どこから想定外とするのか線引きはとても難しい。だからみんなで考えられうる想定外を出し合って、想像を膨らませることが大事なのだ。

〝喉元過ぎれば熱さを忘れる〟

学習しなさすぎではないか。愚かにさえ思える。決して忘れちゃいけない。事故によって今も苦しんでいる人間がいることを。生まれ故郷にすら立ち入れない人間がいることを。

この裁判官の姿勢を父に伝えてみた。

「裁判官も、物を知らないものだ。ふん」と、鼻を鳴らして呆れられた。

その思いを父はこんな歌にして詠んだ。

〝原発の 動かぬ日々の 平静が 事故の恐怖を 消し去っている〟

 住民による多くの提訴は、この社会通念の前に否決されてきた。この国で司法が原発を止めた事例─関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止め─は極めて少ない。これは専門家の判断をうのみにした裁判官の愚かさでもある。再稼働の容認は本当に国民が支持するコンセンサスなのか。原発の立地圏外に住む大多数の国民の利益を代表しているだけでないか。国民も電気料金など、次元の異なるものを、安全と天秤にかけていないか。政治家や専門家や電力会社にとって好都合な「想定外」を作り出してはいけない。

 たとえ司法が許したとしても、電力会社にも事故の未然防止義務の他に「責務」がある。原子力災害対策特別措置法では「原子力災害発生時には被害の拡大防止や復旧に必要な措置を取ることが「原子力事業者の責務」と書かれている。電力会社は放射線防護の知見や技術、方法をもっと積極的に住民に提供すべきだ。それは最低限の約束であるはずだ。こうしたいくつもの疑問符が私の思考に静かな波紋を描かせて止まない。

 裁判所といえば、電力会社(東京電、中部電、関西電、九州電、四国電、北陸電、東北電、日本原子力発電、電気事業連合会)の社員が裁判官の許可を受けずに法廷内でのやり取りを無断で録音するという不祥事もあった。報告書の作成をスムーズにするためという。禁止されていることを知った上でのルール違反。あきれて物も言えない。

 私と違って、父は現場が回らないことから起こりうる事故を心配していた。こんな話をした。

「事故の後、原発の仕事に就く人材が減って、運転や保守にかかわる人材は、2023年度には約5600人、2010年度よりも1割減った。原子炉の建設にかかわる人材は約2500人でほぼ半減している。その育成も追いついていない」

「じゃあ、運転は誰がしているの?」

「それがぁ、驚きよ~。原発の中には発電機を動かした経験のない運転員が約4割(女川原子力発電2号機)、多いとこころでは約6割(島根原子力発電2号機)もいる。これじゃあ、安全な稼働はできないかもしれない。できたところで、故障も直せない。ましてや事故には対応できない。要は人材がいないのさ」

「なるほどォ」私は納得してから新聞で得た知識を話した。

「確かに、人材は育成どころじゃなくて、若い人たちの原子力離れが加速したんだ。福島での事故以降、大学で原子力分野を専攻する学生数はずっと減りっぱなしで、2010年度には300人超いたものが、その10年後には220人にまで減ってしまったから。学生には人気のない学科になっちゃって、学科名や教育内容をガラッと変えた大学もあるよ」

「だから~、現場は人材不足に加えて高齢化も進んでいる。どう対処しているのやら」

 父の声は不安でしょうがない、と聞こえた。

「AI(人口知能)を使っているようだよ」

「AIに運転させているのか?」

「いや、まだ運転まではさせていない。今のところ、人間の理性は正常なままのようだね」

「じゃ、どこにAIを?」

「『AIゲート』とか呼んで、作業員の被曝を管理し、着衣、線量計などを装備しているかどうかをAIに確認させてるそうだよ。人間には慣れからくる失敗もあるから。労災事故が発生しやすい状況をAIが指示する『労災防止AI』も使われてるみたい」

「ふ~ん」この話題は父のため息で終わった。

コーヒーを一口飲んでからカップを見つめたまま、私の夢想は続く。夜、発電所の方角を見ると、赤い灯が点るのだろう。再稼働の合図だ。美しいとも、恐ろしいとも言えない光だろう。ただし、これは確かに現実なのだ。

 私はさらに思う。福島の事故の教訓として国民は『安全神話』への猛省を迫られたはずだ。どの場所に住んでいようが国民には避けて通れぬ責任がある。その責任とは、賛否を投票箱に入れて終わることではない。決定のあとも、忘れずに問い続けることだ。安全は維持されているか、情報は開かれているか、別の電力源は育っているか。

 再稼働は「誰か」がした判断ではない。受け入れて電気を使う私たち全員が、連名で署名した決断に等しい。原発を使う使わないは、究極的には国民の選択に委ねられるべきテーマだ。『地元同意』で終わらせるレベルのものじゃなく、国民投票で決するに値する社会問題だ、と私は強く思っていた。

 この持論を父に伝えてみた。がしかし父は私よりも、この国の現状を数段高く正しく理解していた。

「そりゃあ、おめでた過ぎる持論だ。お前と同じことを言う首長もいるが、ダメだな。国民投票にかければ、再稼働は驚異的とも言える絶対多数で支持される」と、冷め切った語気の強い言葉が届いた。

「なぜ? その根拠は」

 私は愚問を口にしていた。

「よく考えろ。全国に立地する原発の危険地域に住む総人口数と、それ以外の安全圏に住む総人口数を比べてみろ。後者が圧倒的に多い。リスクを被らない人間が再稼働に〝否〟を投じると思えるか?」

 私が答えを返せないでいると、父はさらに教え諭すよう続けた。

「受難を引き受けている原発立地地域の総人口数をもってしても、受益を受けてる東京だけの総人口数に負けている。分かるだろ」

 もはや私は返す言葉がなかった。確かにそうだ。国民の全てが、私が頼みとする正義の味方ではないのだ。リスクなしの恩恵をやすやすと手放す訳がない。

 コーヒーが冷めきったころ、ラジオは別の番組に移った。世界は忙しく、時間は当たり前に流れ続ける。ラジオの音が途切れ、臨時ニュースが入った。

《午後7時2分、再稼働しました。》

 その瞬間、カップを強く握っていた。原子炉内には核分裂を抑える制御棒がある。これを徐々に抜くと核分裂が続けて起こり「臨界」に至る。その核分裂によって生じる熱で水を沸騰させてタービンを回して発電する。制御棒を引き抜く作業中の午後8時23分、「臨界」に達した。


 翌朝、ニュース番組を見るためにテレビを点けた。トップニュースを伝えるアナウンサーの声は興奮気味で裏返っていた。

《昨日、再稼働した東京電力柏崎刈羽原発6号機は本日午前0時28分、警報が鳴り、作業を停止しました。再稼働後、わずか4時間後のことです。現在、原因を究明中とのことです。続報が入りしだいお伝えします。》

 このニュースは2回繰り返された。

画面には海側と山側から撮った発電所が交互に映されていた。

「止まった」

 私の心は救われた。がすぐに事故でなければいいいが、という不安にも襲われた。

 そのときテーブルに置いたスマホが鳴った。

「おはよう。朝早く、ごめん。止まったぞ。また、トラブルだ」父からLINEが届いた。

 同じ、ニュースを見ているのだろう。

「そうだね。事故でなきゃいいけど」返信を送った。

「分からん。不都合なことは隠したがるから」

「でも、きっとまたすぐに動かすよ」

「だろうな」苦虫を嚙み潰した父の顔が見えるようだった。

「何もなきゃいいけど」

「神仏に手でも合わせるか?」困り顔の絵文字も付いていた。


 その後、トラブルのそれらしき原因として、制御棒を動かすモーターの速さを調整する「インバーター」が本来設定すべき感度より、高く設定されていた、と報道された。設定の〝ずれ〟、ヒューマンエラーで済ませてよいのか。忘れてはいけない。この種のトラブルは今回が初めてじゃない。再稼働の前日、4日前、7日前、一年前の6月にもあった。十分準備する時間はあったはずが……。


 2月19日夜。父から電話がきた。

「原子力規制委員会は、誰の味方だ」

 唐突に話すその声は怒気を帯びていた。

「これまでのやり方からすると、原発事業者だろうね」

 私は、父が期待する答えを皮肉たっぷりに返した。

(はらわた)が煮えくり返るよ」

 父の憤りは理解できた。

 原子力規制委員会は、原発事業者に設置を義務づけた原発へのテロ対策を事業者側(特定重大事故等対処施設)の事情を優先して審査終了から5年以内としている設置期限を「営業運転の開始から」へと先延ばしする案を了承した。柏崎刈羽原発6号機は29年9月が期限であるが、延長されれば31年まで運転できる可能性がある。

「分かるよ、その気持ち」

 私は父をなだめる言葉をかけた。

 がしかし、父はしゃべらないと収まらず、

「規制委員会の委員長は、『できないものを強制的に約束だから守りなさいという姿勢も好ましくない』『規制緩和ではなく継続的改善だ』と言い張る。これで安全が保障されるのか」。

 私も、父の意見に賛同する言葉を伝えた。

「そもそも、原発事故を防げなかった理由の一つに、規制側が推進側に取り込まれる『規制の(とりこ)』も指摘されてたよね。原発の60年を超える運転を認める制度でも、規制委は政府の方針に足並みをそろえていたし」

 安全安心の確立、独立した意思決定の理念を掲げた規制委員会の存在・運営自体が国民を見ていない、と批判されそうな事態が新聞報道されたのである。

「原発政策の背後には『核ナショナリズム』とでも呼べる国家主義的な発想があるんだな。そのため社会的受容性などはどこかへ置き去りにされちゃうんだ。ふん」

 父は鼻を大きく鳴らし、悔しそうに言った。

 確かにそうだ。福島での事故の翌年に国会事故調査委員会が電力会社を国会主導で監視することを提案しても、国はやろうともしない。特別委員会や諮問機関を設置することしかしてこなかった。まだある。2023年から処理水を海に捨て─政府は海洋放出と言う─ている。これも風評被害を心配する漁業者との対話や議論を投げ出し、政治判断した。こんな権力側の対応は当事者たちに無力感を植え付け、被災地が立ち上がる力を削いでしまった。


 3月2日の夜。また、父からの電話が鳴った。

「知ってるか? 出力制御のこと」

「知ってるよ。太陽光発電や風力発電なんかの再生エネの受け入れを電力会社が一時的に止めることでしょ」

「そうだ。天気が良くて太陽光発電による発電量が増えて、首都圏でも出力制御─太陽光と風力で計184万キロワットの制御─したそうだ」父は、新聞報道を知らせてきたのだ。

「東電の送電子会社だね」

「そう」

「他の大手電力9社はすでに出力制御を実施済みだよ」私は事実を伝えた。

「じゃあ、電気、余ってんだよな」父は奥歯にものの挟まったような言い方をした。

 これまで政府は需要予測に合わせて供給力を確保するという偏った発想をしてきた。太陽光発電の出力を抑制するのは本末転倒である。出力の変動は送電網や蓄電池の拡充、需要側の制御など技術的に克服できる。

「うん。上手く使えば、原発はいらない」私に正解を答えさせた。


 3月13日、朝。父からLINEが届いた。

 昨日、午後4時頃、柏崎刈羽原発6号機は発電と送電を停止した。タービン建屋にある発電機から地面へのわずかな漏電があったことを知らせる警報が鳴った、という朝刊を読んだようだ。

「何、やってんだ! しょっちゅう止めるなら生涯止めたままにすりゃあいいんだ。そうすりゃ、世間様に迷惑をいっさいかけずに済む」

 文面には怒気が溢れていた。

 ところが18日には、この漏電は発生していなかったと発表された。電気を地面に逃がす装置アースと発電機を結ぶ電路が破損しており、電路には常に微少の電気が流れているが、破損で流れなくなった。これを漏電が起きたと監視装置(設置導体)がとらえ警報が作動した、と原因らしきことを特定した。


 3月19日。また、父からLINEが届いた。

「じゃ、なぜ電路が破損するんだよ。破損してること自体、問題だろうが。何も解決してない」

「この部品は30年前の運転開始から取り換えてなかったそうだよ。金属疲労だってさ」最新の報道を返信した。

「どんなに丈夫な車も30年も乗り回せば、どっかがちびる、だから定期的に車検して部品を交換するんだよ、な」

 このトラブル、まったくお粗末としか言いようがない。自分たちの仕事の重み、事の重大さを今もって、認識できていない。が、そう言って済む事態ではない。


 つくづく思う。本当の賢さとは、愚かなことをしないこと、人の幸せのために技術を作り、使うことだ。その前に、技術の発展は幸福をもたらすということに、根拠はあるのか。そこに立ち戻って問うべきだ。過去は変えられない。未来に起きることはコントロールできる。

 いきつくところ原発の問題は、人間にそれを担い続けるだけの当事者能力があるのか、ということに尽きる。福島の事故、他の原発における絶えないトラブルの発生からすると、〝ある〟と結論づけるための根拠は、見当たらない。そして、原発に関わる問題は、国民一人一人が自分事として冷静に考えるべきところに来ている。

 父にそう話すと、〝絵に描いた餅だ〟と一蹴された。

「じゃあ、国民全員に原発の問題を考えさせるには、どうすればいいの?」

 父は、意図したかのように間をおいて、答えてくれた。

「全員が原発事故の被災者になってみればいいんだ。想定外の大津波を被ればいいんだ」

 寒々しい言葉だった。

 便利さの向こうにある灯は、今日も夜を照らしている。忘れてはいけない。私たちは、その光の意味を、何度でも問いなおすしかない。再稼働に、原発に「拘る」訳を再考せねば……。(了)


付記。東京電力柏崎刈羽原発6号機は2026年2月9日、午後2時に再稼働され、午後3時20分、「臨界」に達した。しかし2月13日に原子炉内で、中性子を計測するための機器が正常に動かなくなり、また停止した。16日夜には試験的な発電、送電を開始した。定期検査入りする直前の2013年3月下旬以来14年ぶりである。本文にあるように3月12日にも漏電が原因で稼働を停止した。

 小笠原村村長は南鳥島での国の文献調査を容認することを表明し(2026年4月13日)、国(経産省)へ伝えた(4月21日)。調査は5月20日より始まった。

 ちなみに国内の原発は33基あり、うち10基は稼働中。23基は停止中である。世界では415基が稼働中で、新たに72基が建設されている(いずれも4月27日現在)。

 経産省は廃炉を決めた原子炉を原発敷地内でリプレース(建て替え)する目標案(40年代までに最大5基、50年代までに最大14基)をまとめた(6月5日)。


参考文献

池内了(2025)『「科学知」と「人間知」を結びつけるために』青土社、110~111頁、118  

 頁、126~127頁、151~152頁参照。

『毎日新聞』「南鳥島「お墨付き」やないで 核ごみ処分地「提唱者」京大ナマズ総長の真意」4月17日。


以下は、すべて『朝日新聞(朝刊)』である。

2026年;

「六ケ所再処理 説明終了」「九電系、1090万件漏洩恐れ」6月9日。

「原発建て替え 官民綱引き」6月6日。

「原発建て替え 数値目標案」6月5日。

「裁判無断録音、東北電も」6月3日。

「大飯原発 住民側が逆転敗訴」5月29日。

「法廷内での無断記録 日本原電も」5月27日。

「文献調査を国認可 「核のごみ」巡り南鳥島で」5月21日。

「使用済み核燃料に独自課税」「滞る核燃料 膨らむ税収」5月17日。

「核ゴミ文献調査 南鳥島実施決定」「再エネ、石炭上回る」4月22日。

「再稼働は「正義に反する」原発止めた元判事、札幌で講演」4月20日。

「南鳥島 核ごみ調査容認」4月14日。

「原発テロ対策 期限延長」「核燃プール 近づく満杯」「南鳥島調査国方針容認の意向」4月2日。

「薄い・曲がる太陽電池 商用化」3月31日。

「突然の核ゴミ 戸惑う小笠原」3月27日。

「台湾「原発ゼロ」政策転換か」3月26日。

「電路破損で警報作動 柏崎刈羽 漏電は発生せず」3月19日。

「電力会社の監視 逃げ続ける国会」3月17日。

「核のゴミ最終処分場 小笠原で国が説明会」3月15日。

「柏崎刈羽 発送電を停止 6号機 わずかな漏電示す警報」3月14日。

「原発事故 重い宿題」3月13日。

「原発事故 福島から考える」3月11日。

「行く当てなき 核のごみ 調査地「手挙げ」進まず 動いた国」「原発回帰 先見えぬまま」3月6 

 日。

「核ゴミ「国が地区選定を」寿都町長、調査巡り議会で方針」「南鳥島に核のゴミ調査打診 経産省小笠 

 原村長「今後判断」」3月4日。

「夢の核融合発電 どんな技術」3月3日。

「再エネ発電量増 東電が出力制御」3月2日。

鈴木達治郎「ひもとく 3・11から15年 原発政策と社会構造 推進・反対を超えた取り組みを」2 

 月28日。

「社説 原発テロ対策 事業者の事情を優先か」2月25日。

「原発テロ対策 期限延長へ 規制委5年で施設 起点は先延ばし」2月19日。

「30年超運転申請書に誤り 柏崎刈羽原発28カ所審査に影響か」2月18日。

「柏崎刈羽6号機 送電を本格開始」2月17日。

「柏崎刈羽 計測器に不具合 再稼働した6号機 原子炉内」2月14日。

「原発事故時 医療を守るには」「いちからわる 事業継続計画(BCP)」何を定める」「除染土の利

 用先「秋までに決定」」2月11日。

「柏崎刈羽 原子炉を再稼働」「柏崎刈羽再稼働 地元は賛否交錯「慎重に」東電へ注文も」2月10

 日。

「柏崎刈羽 9日に再稼働 警報設定で異常誤認 ミス否定」2月7日。

「制御棒トラブル警報設定にずれ」「再エネ 7党「積極的活用」」2月5日。

「制御棒 相次いだトラブル 柏崎刈羽原発停止 今も原因分からず」1月30日。

「臨界4時間後に異変」「柏崎刈羽6号機停止へ」1月23日。

「再稼働 原発の足元では」1月22日。

「原発回帰 置き去りなのは」1月20日。

「「想定外」福島原発の教訓 稼働か否か判断は私たち」1月3日。


2025年;

「社説 逆風下の再エネ 課題乗り越え、再び加速を」1月13日。

「原発は新潟 恩恵は首都圏」「県民二分の再稼働 議会は追認 柏崎刈羽「地元同意」が完了」「再稼

 働 地元同意の意味」12月23日。

「データセンターに揺れる街 上・下」12月12・13日

「いちからわかる 再生可能エネルギー 発電量増えているの?」12月2日。

「知事容認 再稼働へ」「東電 原発頼りの経営再建」11月22日。

「再稼働 県民は賛否二分 東電「1基で年1000億円収支改善」」11月20日。

「核融合発電 実現に向けて転換点」11月4日。

「東電1・2号期機廃炉検討」10月17日。

「東電 新潟基金に1000億円規模 拠出調整 再稼働向け貢献策」10月9日。

「原発めぐる「社会通念」とは」10月8日。

「東電への不信感 にじむ 原発の安全対策 県「理解進まず」」10月2日。

「「原発ゼロ」台湾 再稼働否決」8月24日。


















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