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悪魔と契約と将棋

作者: 進藤伐斗
掲載日:2026/05/05

「ずっと将棋を指し続けてくれる好敵手……感想戦もキチンとやってくれて、ずっと相手をしてくれる者。そして自分も不眠不休でずっと将棋を指し続けられる体にしてもらいたい」

 悪魔を目の前にした男は、しばらく考えてやや俯き加減な姿勢のままこのように自分の願いを言った。

「そうですか。そのような相手を用意すること、そして貴方をそのような体にする、というこの2点の願いを叶えればいいのですね?」

 揉み手をしながら耳元まで裂けた口をにこやかに開いてスマイルを作り、悪魔は男の注文を確認した。


 とある事情によって将棋界を追放されてやや人間嫌いとなり、山奥でひっそりと暮らす男のもとを悪魔は訪れた。かつての優れた将棋指しも対局相手がいなければその腕をふるう機会もない。そこを言葉巧みに誘いかけた。

(うまく誘導出来たぞ。偏屈そうな人間ではあったが、心の隙き間をつけばこの通り……)

 内心ニヤリとしながらも腰の低い態度は崩さずに話を詰めていく。

「相手の方ですが一個の生命体を用意するのは難しい。人間そっくりのロボットということでよろしいですかな?」

 人間と比べて全く違和感のないこと、強さについてなど細かく男の方から注文を受けた。悪魔にとっては分からないことであってもそれは魔力で解決する問題だった。

「それでは3つ目の願いは当分保留ということで……」

「ああ、とりあえずこの2つで充分だ」

 ぶっきらぼうに男はそう答えた。

「分かりました。次の願いが必要になったらいつでも呼んで下さい」

 悪魔はそう言っておとなしくその場を離れた。

 3つ目を叶えてしまうと魂を奪われる。だから2つで止めておこうとするのは常套手段であった。ここからが悪魔にとっての本当の勝負なのだ。

 彼のような下級の悪魔は位くらいを上げて上級の悪魔となるまで、日夜人間を堕落させるために働き続けなければならない。魂を取るという大仕事を果たせば出世に大きく前進するしその時に得られる魔力も大きいのだが、一度ひとたび契約を交わせば無事履行を終えるまでは非常な苦しみを味わうことになるのだった。

(さあ、ここからが本番だ……)

 悪魔の表情は男の前で見せていた時とは打って変わり厳しいものとなった。


(いやはや、一体どうすればいいものか……)

 悪魔の表情には焦りが隠せなくなっていた。早々に2つの願いを引き出したまでは順調だったが、そこから先がどうにも進む気配がない。

 男に3つ目の願いを言わせるべく、様々な方法を試してみたがどうにもうまくいかない。食欲に訴え、性欲に訴えるといった正攻法が通じない。

 いつ来ても何度見ても、男はひたすらロボットを相手に脇目も振らず将棋を指し続けている。

「心が少年時代に遡ったよ。結果を出すことや人の評価を気にすることもなく、ひたすら純粋にあらゆる戦型をこのロボット相手にぶつけられる。何をやっても受け止めてくれるんだ」

 悪魔にそう自分の心境を話して、男はまたすぐに将棋盤に向かって一心不乱に読みふけるのだった。

(うーん……)

 その心理は理解し難いものだったが、とにかく何とかしなくてはいけない。


 幾月が過ぎても男の様子は全く変わらない。どんな誘惑にも乗ってこない。

「どうですか、貴方が望むなら将棋界に復帰することも出来るんですよ。今の貴方ではそれは不可能なのですよ」

 その言葉には男も心が動いたように見えた。しかし、

「……いや、ここには将棋の真実がある。それだけで充分だ」

 そう言うと男は口をきっと結んでまた無我夢中で盤に向かうのだった。自分の最高の力をぶつけられるロボットと向き合って。

「ううむ……」

 悪魔は唸った。もはやなす術がないのではないかと絶望した。

 どのような手段を持ってしても男の心を動かすのは不可能ではないかと思えた。きっと男にとっては将棋以上に興味を抱ける物など存在しないのだろう……そう考えて悪魔は己の無力さを感じた。

 気持ちだけではなく悪魔には肉体的にも限界が近付いていた。あまりの長期間魂を取れずにいると、その間に消費した魔力を取り戻せず、それが恐ろしい苦痛となって悪魔に襲い掛かるのだった。

(こんな物がそんなにも面白いものなんだろうか……)

 悪魔は力無く盤側に腰を下ろした。そして恨めしそうに盤面を覗いた。

「なんだ、あんたも将棋を指すのか?」

 そんな悪魔に男は声をかけた。悪魔が将棋に興味を持ったのだと勘違いしたのだった。

「将棋? そうですね、どんなものなのか、ちょっとやってみましょうかね……」

 ヤケクソ気味に悪魔はそう答えた。男は嬉々として将棋盤と駒をもう一面用意して悪魔の前に置いてロボットと同時に相手をする二面指しを始めた。

 悪魔もルールはすぐに理解したがセオリーは何も知らない白紙の状態だった。だが男にレクチャーを受けて指し続けていくうちに瞬く間に上達していった。何しろ悪魔であるので人間とは比べ物にならない能力を持っているのだ。

「なかなか面白い感覚を持っている。これは素晴らしい将棋指しになれる」

「そうですね。将棋もなかなか面白いものですね……」

 目を輝かせて褒める男に対して、悪魔は弱々しく笑顔を返した。そして現在の時間に気が付いて

「そろそろ戻りますね……」

 とこの場を離れる意思を見せた。少しでも休んで魔力の回復を図りたかった。かなり弱ってはいるが、それでも休息をとれば一応はそれなりに動けるようにはなるのだ。

 すると男は驚いたように目を見開いて

「えっ、もう行ってしまうのか? そんな、勿体ない。もっともっとここで将棋を指そうじゃないか」

 と必死に悪魔を引き留めようとした。

「いやいや、そんな訳には……。また来ますから」

「必ず戻ってきてくれ。頼むから。そしてまた将棋を指してくれ!」

 その一言で悪魔は我に返り、そして心底安堵のために表情を和らげた。



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