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6

 クロの献身的な看病の甲斐あってか、傷ついた体はずいぶんと癒えた。

 今は痛みもなく、自分ひとりで体を起こすことくらいはできる。


 それでも失った右足は戻らず、体に残った傷痕は消えない。

 ウィリアムはただ日がな一日、ベッドの上でぼんやりと過ごす日々を送っている。


「クロ」


 暖炉に乾いた薪を焚べるクロに呼びかければ、彼は振り返らずに大きな耳だけをピクリと動かしてこちらに向けた。

 話は聞いているのだろう。


「……そろそろお前の目的を話せよ。何故僕を助けた?」


 その問いにクロは何も答えない。


「惚れただとかいい加減なことを言っているのはわかってるんだよ。僕を助けて何をしたいんだ」


 沈黙に焦れて強く問いただせば、彼は手にしていた薪を暖炉に焚べてウィリアムを振り返る。

 凪いだ黒曜石の瞳は相変わらず感情が読めない。


「無償の善意というわけでもないんだろう。僕にさせたいことでもあるんじゃないか?」


 苛立ちをそのままぶつけるように感情的な声で責めるが、クロの表情はやはり変わらない。


「肝心なところで黙るんじゃない、いい加減吐け!」

「ーー…………」

「は、よほど言えないことがあるらしいな」


 沈黙を守るクロを睨みつけたままウィリアムは舌打ちをする。

 クロはしばらくウィリアムをじっと見つめ、それからゆっくりとまぶたを閉じる。


「……言えないというよりは、言うべき理由がない、というのが正しい」

「…………は?」


 クロの言葉にウィリアムは怪訝に眉をひそめる。

 けれどもクロは言うべきことは言ったとばかりに扉近くに立てかけていた斧を手にして、のしのしと歩いて小屋を出ていく。


「おい、待て! 話はまだ終わってないぞ!」


 その背に怒りを投げつけて、ウィリアムはベッドから降りて彼を追いかけようとした。

 けれども久しく歩くこともしていない体はそのままベッドから転げ落ちる。


「ーーっ!」


 地面に叩きつけられる直前に黒い風が間に割って入った。


 クロだ。

 彼はそのままウィリアムを抱きとめ、ベッドに押し戻そうとする。


「待てよ」


 そのクロの腕を掴み、ウィリアムはクロを睨みつけた。


「言うべき理由がないとはどういう意味だ。まさか本当に善意だとでも?」


 礼も言わずに問い詰めるウィリアムにクロは軽く目をすがめた。

 肯定も否定もない。


「何なんだ……お前は、本当に何がしたいんだ」


 理由のない善意が気持ち悪い。

 不可解な行動がおぞましい。

 自分を抱きとめる彼の腕がとても異質なものに見えて、つい突っぱねそうになる。


 けれどもそれは堪えて彼の腕を掴んだまま、真正面からクロの凪いだ表情を見返した。


 瑕ひとつない黒曜石のような瞳は見つめているだけで吸い込まれそうになるほどに黒く、光さえ届かない闇夜のようだった。

 その闇に今、ウィリアムだけが映っている。


 天使のよう。芸術品のようだと持て囃された美貌が醜く歪んでいる。

 苛立ちに歯噛みする表情は癇癪を起こした子供のようだった。

 それを見ていると鏡に映った自分を睨みつけているような気分になる。


「何とか言えよ!」


 その苛立ちすら込めて、クロを揺する。

 彼の大きな体躯はウィリアムが揺すったくらいではビクともせず、そればかりか抱えたウィリアムをそのままベッドへと戻してしまう。


「今度、杖を作る」

「………は?」

「それだけ動けるようになったのならば、必要だろう」


 クロの言葉は自分が欲しかったものではない。

 あまりにも唐突な言葉にウィリアムが唖然と固まる間にクロはウィリアムに掛布をかけて今度こそ小屋を出て行った。


 見えなくなった背中が出ていくのを固まったまま見送ったウィリアムは、やがて我に返ると手元にあった枕をクロの出て行った小屋の扉に向かって投げる。

 療養している間に筋力が落ちたのか、枕は扉にぶつかることもなくベッドにほど近い床に落ちた。

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