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その日は穏やかな日差しが窓辺から差し込むような日だった。
変わり映えのしない景色をベッドの上の人物がぼんやりと眺めている。
軋む音を立てて小屋の扉を開けば、その人物は振り返った。
窓辺から差し込む日差しが逆光になって表情はわからない。
「ーー…………」
ベッドの上の人物が口元を動かす。
何を言ったかは聞き取れない。
違う。正確には覚えていない。
穏やかだった景色が唐突に炎の景色に変わる。
パチパチと燃ゆる炎が記憶を焼くように穏やかな景色を炭のような闇に塗りつぶしていく。
やがてすべてが燃え尽きて、黒狼は目を醒ます。
ここ最近のねぐらにしている洞の景色にゆっくりと頭をもたげ、体を起こしてぶるりと頭を軽く振った。
夢を見ていたことは覚えていても、起きた瞬間に指の間からあっという間にこぼれ落ちた水のように夢の内容は滑り落ちた。
黒狼はそのままねぐらにしている洞を出て、足先を岬の方へと向ける。
見晴らしの良い岬からはよく空が見えた。
夜明け前の一番暗い夜空には満天の星が輝いている。
一頭明るい星もあれば、明るい場所では見えなくなる小さな星も無数に散らばっていた。
その星々を見上げたまま、黒狼は静かに尻尾を揺らす。
昔、誰かが星とは塵芥であり、遥か遠くで燃え尽きた輝きがこの星に届いているのだと言っているのを聞いたことがある。
もうすでに死んだはずのものの輝きが何千、何万、何億という距離から今更にこの場に光として届いているものなのだと。
それはまるで自分の記憶のようで、黒狼は満点の星空を見上げることが好きだった。
遠くに消え去ったはずのもの。
けれども今も無数に輝いて、どれがどの星なのか判別がつかなくとも、キラキラと輝いて美しい。
やがて水平線から太陽が顔を出す。
薄暗い空を真白に染めて、輝く星々をゆっくりと光の中に沈めていく。
燃えるようにオレンジ色に染まる朝焼けが炎のようだった。
まぶたを閉じれば、朝焼けが今朝見た夢の炎と重なった。
燃え尽きたのは記憶だったのか、現実にあったことなのか。
黒狼の中ではもうさだかではない。
ただ、けれども太陽が星を白く塗りつぶし、どこか彼方に追いやったとしても、星がそこにあることを黒狼は知っていた。
ごうごうと燃え盛る炎が辺りを舐め尽くす。
パチパチと耳障りに爆ぜる音が響き渡っている。
周囲で盛る炎は何もかもを焼き尽くし、真っ黒な炭に食い尽くしていく。
炎に喰われた小屋が脆く崩れ落ちていく。
そのさなかで、年老いた男はただじっと待っていた。
きっと彼は来るだろう。
自分に穏やかな生をくれた森と土の匂いのする獣は、自分を見放すことはしない。
ふと小屋の屋根が崩れる。燃え盛る木片が頭上から降ってくる。
それでも男は動かなかった。
降ってきた木片は男の頭上スレスレで粉々に砕けて吹き飛んだ。
男の目の前に立つ漆黒の影のような獣人を見上げて微笑んだ。
「クロ」
無邪気な子供のように笑んだ男の手元にはひっそりと鈍く輝くナイフがあったーー
(お前は、僕のものだ)




