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9

 あれからウィリアムはクロの手を借りずとも歩けるように歩行訓練を繰り返した。


 ほとんどが意地だった。

 何度も転ぶことを繰り返しながら、けれどもその執念が実ったのか。ウィリアムはほどなく杖を使えばひとりで歩けるようになった。


 歩行訓練を繰り返しながら、ウィリアムは小屋の周辺を調べた。

 クロはドラゴニア辺境領とルディアーノ領の境と言っていたが、鬱蒼とした森に覆われたこの場所が本当にそうなのか確証は持てなかった。


 わかったことはここが人里に遠く離れているということくらいだ。


「ーー……ドラゴニア辺境領の境という割には魔獣はいないんだな」


 同じような場所の続く森を歩き、ウィリアムがぼやく。


「獣人の縄張りにおいそれと踏み込む魔獣はそういない」


 ウィリアムを見守るように一歩離れた場所を歩くクロが答える。

 それが監視のようで居心地が悪い。


「は、たかが獣人に魔獣が怯える? 面白い冗談だ」


 だからウィリアムは棘をたっぷりに皮肉を言う。

 クロはそれには何も答えない。


 ウィリアムは歩を進める。

 どこまで行っても深い森。

 出口は見当たらず、今がどの辺りを歩いているのかもわからない。

 いつまで経っても変わり映えしない景色に徒労感を感じて足を止める。

 クロもまた足を止めた。


「ーー疲れた」


 ウィリアムは子供のようにそう告げてその場に座り込む。


「君さ、こういう時、気が利かないよね。そんな風に突っ立ってないで水くらい差し出したらどうなんだい?」


 横柄にクロに手を差し出すウィリアムに、クロは無表情のまま一度瞬きをした。


「あいにく手持ちはない」

「ああ、そ。使えない奴。そういう時はさっさと探しに行くんだよ、愚図」


 そうしてウィリアムが追い払うようにシッシッと手で払うと、クロは素直に踵を翻して深い森に消えゆく。

 その後ろ姿を見送り、彼の高い背が茂みの向こうに見えなくなってからウィリアムは杖をついて立ち上がる。


 逃げるなら今だ。と思ったのだ。

 いや、こんなことをしてもクロがその気になれば自分などあっという間に捕らえられるのだろう。


 けれども彼はウィリアムに「お前が望むなら」と言ったのだ。

 彼があの場に戻った時、ウィリアムがいなければウィリアムの真意はすぐに汲み取るだろう。


 だからきっと、彼は追ってこない。

 ウィリアムは杖をつき、足を動かして遠くへと向かう。


 どこに向かうかなど、自分でもわからない。

 けれどもここではないどこかなら今はどうでもよかった。




 やがて森を抜ける。

 今まで木が日差しを遮るほどの薄暗い森の中にいたから、差し込んだ日差しに思わず目が眩んだ。


 明るい光に目が慣れて改めて辺りを見回せば、そこは寂れた街道のようだった。

 でこぼこの細い道が続いている様子にウィリアムは小さくため息をつく。


 いまだに見慣れない場所。これから自分がどこに行くのか。どうなるのかがわからない。

 かすかに芽生える不安を踏み躙ってウィリアムは新たに一歩を踏み出した。


 ここではないどこかへ。


 ただそればかりがウィリアムの足を動かしていた。

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