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 耳が痛いほどの静寂。


 窓から月明かりだけが差し込む薄暗い部屋に忍び込んだウィリアムは目の前に眠る青白い整った顔を見据えた。


 月明かりに照らされる深い眠りについた顔はおとぎ話に出てくる王子のよう。

 こんな時でも様になるこの男の姿を憎々しく思う。


 まったく、あんな断崖から落ちてまだ生きているとは悪運が強いにも程があるだろう。


 苛立ちに美しい顔を歪め、手にした毒瓶を握りしめる。

 今、この男を確実に仕留めなければ。


 何せこの男が目覚めたらウィリアムは終わりだ。

 この地を支配する辺境伯の夫を悪意を持って崖から突き落としたことが露見すれば断罪される。

 よしんば辺境伯の温情を賜って生きることができたとしても、王家の血を引く辺境伯に取り入って王に戴きこの国を掌握しようとするベルフェゴル公爵家の目論見はご破算だ。


 そうなればウィリアムの生きる道などない。

 こいつを殺さなければ。


 固く握りしめた毒瓶を持った手をゆっくり持ち上げて蓋を開く。


 きゅぽ、と間抜けな音を立てて開く瓶の中身を彼の口元に垂らせば、それで終わりだ。


 ウィリアムは彼に毒を落とすために眠り続ける彼の頬に毒瓶を持っていない方の手を当てる。

 白磁の滑らかな感触が手のひらに伝わる。

 死にかけた低い温度だが、それでもかすかな命の鼓動を伝えるようなぬくもりをしていた。


 その温度に思わず動きが止まる。

 そういえば彼に直接触れたのはこれが二度目だったな、と不意に意識してしまった。


 これから殺そうという相手に何を思っているやら。

 ウィリアムは思わずふ、と自嘲の笑みを浮かべる。


 それでも彼の頬に張り付いた手のひらは剥がすことができず、これが最後だと思えば僅かな彼のぬくもりを堪能することを止められなかった。


「……ねえ」


 返事が返らないことを知りつつもウィリアムは静かに言葉を紡ぐ。


「……君さ、僕のことを嫌いだと言っただろう? 僕も大嫌いなんだ、君のこと」


 自分自身がどんな声音で言葉を滑り落としているか、自覚しつつもウィリアムは言葉を重ねる。


「僕は君が大嫌いだ」


 ウィリアムは重ねて告げて、握りしめたままの毒瓶を彼の口元に傾けようとした。


 その時だ。部屋の扉がバタンと開いて廊下の灯りが室内に差し込んだのは。

 ハッと振り返るよりも先に素早くその場に取り押さえられ、ウィリアムは毒薬の瓶を落とした。

 床に毒がこぼれてシミを広げていくのを見て、ウィリアムは失敗を悟った。


「お前、婿殿に何をしている」


 怒りに満ちた女性の声。

 彼女に見つかる前にとわかっていたのに、感傷に浸ってしまったことが敗因か。


 ああ、取り損ねたな。


 ウィリアムは計画が失敗したにも関わらず、ただ笑って目の前の青白い端正な顔を眺めていた。

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