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「宿題ってさー英語でホームワークって言うじゃんー。だからつまり宿題ってのは家でするものだと、日輪さんは思うわけなのだよー。こんなシャレオツなカフェじゃなくてー」
「家ですら宿題をやらないからこういうことになってるんでしょう。英語を使って宿題について説くのなら、まずはその英語のテキストを解いてからにしなさい。ほら、足ぶらぶらさせないちゃんと閉じる。気が散るでしょう」
私の対面に座る麗優は、テーブルの下でぶらんぶらんさせていた肉付きのいい日輪の太ももをわしづかみにすると、無理矢理自分と同じようなお嬢な座り方を強制させた。JKがJKの太ももを鷲掴みとは……その類の変態がいれば即刻写真を撮って家宝にしかねないシチュエーションだ。……SNSに挙げてみようかな?
時刻は放課後。午後六時。
西条との放課後デー、じゃなかった、テニスの練習もおじゃんになってしまったので、私は親友二人とカフェでこれまた青春イベントっぽい勉強会をしていた。
もっとも勉強会とは名ばかりで、ただ私と日輪が麗優にひたすら教わるというだけの、なんともお粗末なイベントだ。
ちくしょう。歌手の仕事が忙しく、勉強に割く時間が少ないであろう日輪はともかく、何でどこの部活にも所属していない私もお馬鹿なんだ。
いや、もちろんSNS映えのための大量のバイトのせいというのもあるのだけど、でもそれは日輪もほぼ同じ、むしろそれ以上の時間を音楽につぎ込んでいるはずで、つまりは私は、全く勉強をしていない日輪と同じくらいの馬鹿、あるいはそれ以下ということにある。くそうやっぱり納得いかない。勉強方法が非効率なのだろうか。非行に走ってやりたい。
ああ、あと、ちなみにカフェで宿題なんて後から来る客に迷惑だろやめろとおっしゃる高潔な御仁も、もしかたらいらっしゃるかもしれない。
が、そこはご安心を。
ここはそういう学生の試験勉強だったり社会人の資格取得を応援しているカフェであり、基本、勉強さえしていれば、あとは飲食物の持ち込みさえしなければいつまでもいていいという変わったカフェなのである。あるのだ。世の中にはこういうありがたいカフェが。これから飲食店経営を始めようと考えている方がいらっしゃれば是非とも検討していただきたい。
「にしても、結構暗くなっちゃったな」
頬杖をついて呟く。
窓の外ではもうお日様がレジ締めを始めようとしている頃合いだった。それにしては宿題の進捗が悪いのは何故なんだろう。はぁ……センチメンタルだ。
「デートを断られたショックで宿題が手につかない傷心少女みたいな顔しない。それはあなたがやってくるケーキやら珈琲やらの写真を撮りまくってたせいでしょうが」
ちっ。ばれた。あとデートじゃなくてテニスの練習です。
麗優はどっかの特務機関最高司令官みたいなポーズをとってから、
「ななせも別に地頭が悪いわけじゃないんだから。少しは勉強に熱を入れてみたら?バイトはともかくSNSに割く時間さえ削ればもっと上を目指せると思うわよ」
「そうかもしれない。だが断る」
「顔を六十度傾けて言われても……」
この獅子ヶ谷ななせが最も好きのことの一つは、自分で撮った写真を、見知らぬ人たちからちやほやしてもらうことだ!ワーカコイイ!
「でもさー。やっぱりななせんの言う通り、大事なもんより苦しい物を優先する方がおかしいんと思うんだー。ほら、私シンガーソングライターだしー。英語なんて将来使わないもんー」
宿題をエスケープする好機と見たのか、日輪も生活するうえで不便でしかないであろうでかい胸を反らし、でかい顔をして、話題に乗っかってくる。自分の意見ではなく私の意見みたいに言ったのは癪に障るが、しかし、ナイス乗車。いいぞ、もっと言ってやれ。
「いや、日輪……あなた前挙げたMV、英語使いまくりだったじゃない。しかもあれ、所々文法間違ってるってコメント荒れてたわよ。英語でも荒らされてたわよ」
「なぬ!?」
が、どうやら不正乗車だったらしい。あえなく鉄道警察に連行された。罪名は駅への不正乳場って感じかな。何言ってんだ、私。
……しかし、将来、か。
「ねぇ、二人はさ、もうなりたいものっていうか、将来の目標決まってるんだよね?」
なんとなく目を合わせて喋れなくて、ペン回しに集中している風を装って私は問うた。
どういういった意図の質問なのか考えてくれたのだろう、若干間があったが、すぐに麗優のアルトボイスが返ってくる。
「まぁ、一応ね。だけどわたしは、日輪みたいに昔からこれ、って感じで決められたわけじゃないけどね」
ちらっと、麗優は日輪を、いや、厳密にいうと日輪が首から下げている向日葵のイヤリングの方へと視線を注いだように思えた。
それから自分の首に飾られた太陽のネックレスを見やる。
そういえば二人ともいつもそのアクセサリーつけてるな。もしかしてそのアクセサリーに麗優が将来を決めた理由があったりとか。
なんてまさかそんなドラマチックなことがあるわけもないか。
きっと麗優が日輪から向日葵のネックレスをもらったから、お揃いにするため、似たようなネックレスを日輪にプレゼントしたとかそんなのだろう。何それはかどる。おかげで勉強がはかどらない。
「けど、どうして?ななせが急にそんなこと訊いてくるなんて珍しい。人生相談みたいな感じ?」
「え?あ、うん。まぁ、そんな感じ。私は二人みたいに具体的な目標とか見当たらないしさ」
「え?フォロワーから集めたお金で旅行して、その時アップした写真や投稿でさらにフォロワーを増やしてもっと豪遊するインフルエンサーじゃないの?」
「わー、友人との距離が宇宙の膨張並みの速度で開いていく気がするー」
どんな奴だよそいつ。こいつの中の私のイメージ黒すぎるだろ。宇宙よりも真っ暗だろ。
「ふふ、冗談よ。じゃあ、何か好きなこととか、やりたいこととかないの?あと、これだけは誰にも負けたくない、とか」
「負けたく、ない……」
考える。
SNSは、好きではあるけれど、別に絶対勝ちたいとは思わない。競争心が完全に無いというわけでもないし、昨今ではそういう人もいるみたいだけれど、私は自分一人で満足できるタイプだ。好きなものだからこそ、仕事にしたくないというのもある。
だからそれ意外。私の好きなもの。負けたくないもの。
………。
ふと、何故かどっかの推理小説家の顔が目に浮かんだ。
……いやいや、あいつは人間であって、そういうのではないだろう。勝ち負けとかではないし、好きなものの部類ではあるが、私があいつ自身になれるわけではない。ていうかあんな変態になりたくねぇし。
……けど。
私はどんなふうに思うだろう。
もしも私が負けたら。
私ではなく、別の誰かがあいつを奪ったら。
つまり、私以外の人と付き合ったりしたら。
それは嫌ではないだろうか。そしてそれは誰にも負けたくないからそう思うのではないだろうか。
再度、窓の外を見た。
あいつが、誰かと付き合う所。
そう、例えば今みたいに、窓の外で私たちよりも少し年下の制服姿の女子中学生とあいつがデートをしているような、そんな光景。
そんな光景を見せられれば、私は……私は……。
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………今、みたいな?
「ってはぁ!?」
「いきなりどうしたの、ななせ。もうそのギャグは見飽きたわよ」
「私のリアクションをギャグ扱いすんな!そうじゃなくて!」
いる!外に裏切り者(?)が!
「えっと!ごめん、私、予定できたから帰る!ごめん!」
「予定?何よ?」
「えーっと、女子中学生!」
「え?ななせんロリコンでかつ百合やったんー?」
正面からとんでもない誤解が聞こえてきたような気がするが、それは店の外にいる変態小説家とお前の隣にいるお嬢様の方へパスをする。
日輪に千円札を渡し(ケーキと飲み物代ぴった)、店を出て二人の背中を追いかけた。
そして、幸か不幸かやっぱり不幸か、二人はすぐに見つかった。
おそらくばれないであろう距離を維持しながら、私は改めてあいつの隣で歩く女子を観察する。
見た目の年齢は私たちより二歳くらい下な感じ。どこのなのかは知らないが、制服を着ていることから、中学生だと分かる。
華奢な体躯にセミロングの赤っぽい髪。垣間見える凛とした横顔からはよく言えばしっかりしてそうな、悪く言えばキツめの性格をしていそうな雰囲気が出ている。
そんな二人は、駅の方へと向かっていた。
嫌な予感が背中を人差し指で撫でる。
駅と言えば、もちろん人の足としての機能もあれば、周辺には様々な施設が鎮座する場所でもある。
カラオケ。ゲーセン。飲食店。デパート。そして、宿泊施設。
うだうだ引き延ばすのはめんどくさいし、何より私のハートがhurtなので先に結論だけ言ってしまうと、二人の行き先はよりにもよって一番後者の施設だった。
だから。
つまり。
要するに。
男子高校生が、女子中学生とホテルに入っていった!
ご一読ありがとうございました。よろしければ続きもご覧いただけますと幸いです!