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第三事件 男子高校生、女子中学生とホテル事件(マジの事件じゃねーか)



 先日のバイトの時の一件から五日(いつか)ほどが()った。

 

 連絡先を交換して以降は取り立ててあの日みたいに一緒に外で行動とかはなかったけれど、一日に二、三回ほどLINEでの雑談(数は少ないが、あっちは仕事で忙しいようだ。仕方ない)をしたり、その内容を学校での休み時間に話し合ったりしている。


 ちなみにLINEを交換したあの日のことについてもう一つ話しておくとすると、球技大会の種目はテニスに決まった。


 何でもボールの固さだったり、ラケットの重さ、そんでサーフェスが芝やゴム(ハードコートと言ったりもするらしい)クレー、オムニとかに、分かれてれているところとかも、色々ミステリーに利用できそうでお気に召したらしい。だからあいつはスポーツに何を求めry)。

 

 あとそう言えば、あの日種目決めが終わった後、あいつにこんなことを言われた。以下、私の五日前の回想からお届けします●原さんソラ●ロー。


「いやー!テニスっていいね!すぐ人殺せそうだし!俺、結構気に入ったよ!」

「ATPとWTAから告訴されそうな台詞やめて。てかあんさん楽しめるほどプレイできてないでしょうが」

「プロの試合とかだと、試合中にコーチが助言できないっていう珍しいルールもあるみたいだし、そこらへんも色々利用できそうで面白いよね」

「聞けよ、人の話。でもまぁ確かにそうかも。あとは、ボールボーイとか結構な人数いるからしいから、そこらへんとかも使えたりすんじゃない?知らんけど」

「確かに!やるね、獅子ヶ谷(ししがや)さん。人殺しの才能あるよ!」

「いらんわ、そんな才能」

 

 てな感じ。

 

 十六年間生きてきたけど、人に褒められてあんなに嬉しくなかったことは一度もない。

 

 ちなみに現在。朝のホールルーム前。その西条はと言えば、まだ学校に来ていない。

 

 いつもならとっくに学校に来て例の呪詛(じゅそ)をふりまいている頃なのだが、いかんせん最近は遅刻までは行かないまでも、やや遅れ気味だ。調子でも悪いのだろうか。あの呪詛も聞く機会が少なくなってしまった。……呪詛をふりまく方が、調子が悪いような気もするが。


 しかし、本当にどうしたのだろう。一緒のクラスになって一か月近く。そして別のクラスへの友達への聞き込み……じゃなかった、風邪の噂で聞いた話も合わせれば、西条はいつも必ずと言っていいほど同じ時間に学校に来てたはずだ。締め切りにでも追い回されているのだろうか。……はっ!それともまさか、私との会話が面倒くさくなったとか……まさかそれでLINEの回数も少なめだったり……いやいや、それならそう言ってくるだろうし、でも、あいつ、ああ見えて気を(つか)うタイプだから、言い出しづらくてこんな感じになってるという可能性も……それともそれとも、まさか他の女(?)ができたり!


「朝っぱらから喜怒哀楽いろんな表情浮かべて忙しそうですなー。おはよん、ななせんー」

「ほんとね。おはよう、ななせ」

「ああん?」


 どうやら怒の感情になっていたらしい。思わずヤンキーみたいな口調で返事をしてしまった。


 顔を上げる。


 そこにはクラスメイト兼友達の、肩こりの原因になるだけの発達した胸部を持つ茶髪ボブの風祭日輪(かざまつりひのわ)と黒髪ロングのお嬢様、納楚麗優(のうそれいゆ)とが立っていた。


「ああ、おはよ。日輪。麗優。あと前者の胸でかい方、ななせん言うな」

 

 私は、ブレザーの上からでもはっきり形がうかがえる、その死亡……じゃなかった、脂肪が詰まった革袋を揺らす女に、苦言(くげん)(てい)する。日輪には語尾(ごび)間延(まの)びさせてしまうというくせがある。そのせいで、私の名前も勝手に変格活用(へんかくかつよう)されてしまっている。いい加減やめて欲しい。もしどうしても伸ばしたいのなら、そのでかい胸を縮めてから出直してこい。


 日輪は急に手を合わせ、それをどっかのインドのダンスみたいに左右に揺り動かして、


「別に、いいじゃ、ないの~。可愛いし。それよりななせん。今日も数学の宿題、お願いしますぜー」

「人が嫌がるあだ名で呼んでおいてよく見せてもらえると思えるな。あと、普段から私があんたに進んで宿題見せてあげてるみたいな言い方しないように。それと、ネタが古い」


 ダメよーダメダメなんて言うと思うなよ。ああ、言っちまった。なーにーやっちまったなぁ!何を言ってるんだ、私は。黙っとけ。


 私は、五歳児みたいな高い声で「えーいいじゃん。お願いー。一生のお願いー。いや、百生のお願いー」とか支離滅裂(しりめつれつ)戯言(ざれごと)(はっ)しながら私の両肩を持って揺らし、ついでに目の前で振り子みたいに胸を揺らす(殺すぞ)その女郎をジト目で改めて観察する。


 風祭日輪。


 二年連続同じクラスのクラスメイト。


 性別、女。


 顔、子犬系って感じ。


 身長、私より5センチくらい高めの160くらい。


 胸。うざい、じゃない、でかい。


 髪、染めた茶髪のボブ。


 耳、なんか向日葵(ひまわり)の形をしたイヤリングつけてる。


 全体を総括すると、どっかのリア充グループのおバカ担当という感じなのだが、しかし、こう見えても、こいつは、まぁ安易な言い方になってしまうが、実はすごい奴だ。

 

 なんせ歌手なのだから。


 それもMVを上げている某動画サイトの登録者は50万人越えのまぁまぁ売れっ子シンガーソングライター。

 

 顔出しこそしていないものの、若者の間ではミステリアスなJKシンガーとして名を馳せている。文字通り「ちょ、おま、有名人じゃーん」というやつだ。もっとも、彼女が有名人であることは彼女の家族を除けば、彼女の幼馴染である麗優と私くらいしか知らないのだが。

 

 私は、別の生き物みたいにバインバイン目の前で跳ね回るそのダブルメロンを鷲掴んで(鷲掴んだ時、偶然、本当に偶然、爪を立ててしまった。それこそ鷲のごとく)、それを起点に現役JKシンガーソングライターを押し返す。


「てか、宿題ならその隣にいる完璧お嬢に見せてもらえばいいじゃんか。私よりよっぽど役に立つと思うよ。なんせ毎度毎度模試の冊子(さっし)売名(ばいめい)してるんだし。どうせ将来は人を使う側になるんだから今の内にこきつかっとこうぜ」


 私は90度回転させたサムズアップで、さっきから何故か自身が暗殺される際にブルータスを見つけたカエサルのような視線でこちらを見下ろしてきていた私よりも胸が小さい(私よりも胸が小さい!)黒髪女、つまり麗優を指差した。しかし、


「……あー、えーっとー」

「?何で日輪、そんな露骨(ろこつ)に視線をバショウカジキ並みに泳がせてるわけ……!?ああ、ごめん。分かった。もう分かった。言わないでいい」


 私はもはやこちらを見下ろすどころか、いつの間にかこちらに視線さえ向けなくなって、ひたすらつかつか上履きのつま先でリノリウムの床をいじめる麗優を見て悟った。


 これ、髪の毛が天に突き刺さってるやつや。


 その理由はもちろん、私がこき使っとこうなどと言ったから。

 

 などのちゃちな理由では全くない。


 もっと恐ろしい物の片鱗だ。


 その理由は麗優と日輪の関係に由来する。

 

 納楚麗優。

 

 日輪と同じく高1からの私のクラスメイト。

 

 |頭脳明晰容姿端麗猗頓之富ずのうめいせきようしたんれいきとんのとみと、この世で最も嬉しい四字熟語を三つ重ねて尚足りないお嬢様。

 

 モデルみたいな体に、切れ長の瞳と濡れ羽色の腰丈まである黒髪。首には日輪がつけている向日葵のイヤリングと似ているが若干違う、太陽を(かたど)ったアクセサリーが付いたネックレスを身に着けている。


 親はとある芸能事務所を経営しているらしく、理由は分からないが、その会社をもっと大きくすることが彼女の夢らしい。


 が、そんな一見完璧そうに見えるお嬢様にも欠点があり、それは胸の小さいこと、じゃない、それは美点だなうんうん。そうではなく、たった一つ、欠点と言うか、まぁ、その変な所があるのだった。


 それは――


「何、日輪。また、麗優に餅を炭にさせるようなことしたわけ?罪な女だねー」


 私は言った。


 そう。この私の台詞(せりふ)通り、彼女の幼馴染である日輪への気持ちだ。


 何でも、この完璧お嬢様。名言(めいげん)はされていないものの、日輪のことが異性として(同性として?)好きらしい。それはもう、蛍が身を焦がす(いきお)いで。


 いや、私はもちろんレズビアンだったり百合(ゆり)だったりが欠点だなんて言うつもりは一切ない。

 

 一切ないが、ただ、その百合の度合(どあい)の方が問題なのだ。

 

 日輪は困ったように向日葵のイヤリングを撫でまわしながら、


「別にそこまでのことしてないよー。やきもち焼かせるって言うより、まだ、餅を炭する方が罪なくらいだってー。単にいつも麗優と学校に行く時に集まる集合場所に、私が別の友達と喋ってたら遅れたってだけー」


 うわ。またツッコみにくい……。

 

 遅刻はもちろん悪いことだが、日輪にもその子との付き合いがある。一概に日輪が悪いと決めつけることはできないだろう。

 

 それは麗優も分かっているのか、「ふん」と小さく溜息を漏らしてそっぽを向いた。なんだよこいつら、『仕事と私どっちが大事なの』で揉める夫婦かよ。


「てなわけで、宿題見せてくださいー。おねげーしますーななせん。いや、なな仙人!」

「……仙人って別に人を敬う言葉じゃないから。つけるならさんをつけろよデコ助野郎。てか人の名前で遊ぶなななせん言うな。……はい、ちゃんと数学始まる前までには返してよ」

「え?貸して、くれた?」

「は?」


 何(ほう)けた顔してやがる。あんたが貸してくれ言うたんやがな。


「いや……絶対もっと抵抗してくると思ってたから。普段ならもっとごねるじゃん」

「あー、ななせ、最近不幸相手にラブゲームだから」


「?」


 今まで会話のキャッチボールに入ってなかった麗優が、いきなり私たちの間にあったボールを別のボールで弾き落としてきた。?なんのことだ。てか、日輪の野郎さっきさりげなくごねてるとか言いやがったな。ごねてんのはお前だろうが。


「あー、なるほどなるほどー」


 しかし、日輪も納得したのか、麗優と共に先日の水面先輩のようににやにや笑いかけてくる。だからなんなんだよ。


「いや、ななせがお隣さんとあっちっちって、は・な・しー」

「はぁ!?」


 ざわざわと、奇異(きい)なものを見るような目線が向けられた。


 私としたことが周囲の視線を一切憚ることなく大声張り上げ立ち上がってしまった。


 

私は既に8割ほど登校してきているクラスメイトに「あ、いや」と誤魔化しにもなっていない誤魔化す台詞を吐いてから、隣、つまりは西条の席を見る。よ、よかった。まだあいつは登校してきてない。ってそっちじゃない!


「な、何で私があいつと!てか、そんなんじゃないから!」

 

 人口扇風機|じんこうせんぷうき》かっつーくらい両手を振る私。


 あいつとは、まだ(まだ!)そういう関係じゃない。勝手なことを言わないでいただきたい。さっき隣を向いてしまった時点でお前の負けだとか、そういうことは考えてはいけない!


 しかし、そんな私の意思など通じなかったらしい。


 日輪はにやにやを通り越して、もはや死体を前にして微笑むサイコパスみたいな顔を浮かべて、


「いやぁ最近噂になってるよー。とうとういろんな男子の求愛を無慈悲(むじひ)にばっさばっさやってた石川(いしかわ)獅子ヶ谷(ししがや)銀髪(ぎんぱつ)クールビューティー五右衛門(ごえもん)さんが付き合いだしたーって。ついに斬れないこんにゃくが現れたーって」

「何そのあだ名!というか別に求愛なんて受けてないって。告白もされてないし。とにかく、私はあいつとはなんともないから!」


 確かに今まで、何人かに連絡先を聞かれて、別に使わないよなーと思って断ったことはあったけど、でも本当にそれだけで、私は誰かに告白を受けたことも付き合ったこともない。他の男子と仲良くする理由なんて特になかったし。てかこんにゃくて。酷い例えをされてるが、なよなよしてる西条とこんにゃくのイメージが合致していて否定しづらいところがなんとも悲しい。


 と、そんな風に思っていると、ぽんと、麗優が肩に手を置いてくる。おお、流石は優等生。ようやく私の気持ちを分かってくれ――


「何いってるのななせ。昨日の夜もツイッターで「はぁ……これからどうしよう笑笑笑」なんて意味深な発言してたじゃない」

「うおおおおおおおおおやめろ麗優うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅl!」


 言葉のたらいに頭をガツンとやられ、思いっきり私は机に顔面をねじ伏せられた。


 しまったぁぁぁ!こんなところでSNS好きの弊害(へいがい)がぁぁぁあ!


「ほんと気を付けなよ。ななせ、日輪ほどじゃないけど、SNSのフォロワー多いんだから」

「くっ……殺せ……!」


 恥ずかしすぎて、ドラ●もんの空間接着剤で貼り付けられたみたいにこれ以上顔を上げられない。というかこれもはやいじめだろこれ。助けてどらえ●んーひのわんと麗優がひどいんだよー!


 というか、二人とも楽しそうにしやがって。さっきまでの険悪な雰囲気はどうしたんだおい。


「で、どこまでいったの?」

「……どこまでって、何が?」


 ドSなのか、人がせっかく顔面と机上表面(きじょうひょうめん)の合成に関する研究を行っているにも関わらず、さもこれがお嬢様ですよと言わんばかりの笑顔で麗優が問うてくる。が、質問の意図(いと)が分からず私はくぐもった声で問い返す。どこまで、いった?()った……別に珈琲(コーヒー)を作ったことはないのだが。


「それは焙煎(ばいせん)の方の炒るでしょ。何で急にそんなつまんないこと言うの。どっちかっていうと頭がイってるわよ。そうじゃなくって、西条君との関係。キスぐらいした?」

「はぁ!?」


 またしてもノッキングザデスクアンドスタンディング。そして再度クラスメイトの皆様方に「あ、いや」の敬礼、未だ空席の西条の座席の一瞥までのワンセット。私は歌舞伎町ナンバーワンホスト並みの速度でドSJKとの距離を瞬く間に詰める。な、何を言っているのだこのおなごは!


「えー、してないのかー。それじゃーデートとかはー?したー?」


 面白そうな匂いを()ぎつけたのか、ハイエナ日輪も輪に乱入してくる。


「してない、けど……」

「え?それじゃあ、流石に手をつないだりくらいはしたわよね?」

「してない」

「……一緒に帰ったりはー?」

「してない」

「……え?それじゃあ夜の(いとな)みは?」

「してない!ていうか優先順位おかしいだろ!」


 どうなってるんだ、こいつら。貞操観念(ていそうかんねん)が崩壊してるだろう。

……てか、あ、あいつとそういうことするなんて、あ、有り得ないし。それに方法自体は知ってるけど、やり方とか詳しく分かんないし。あいつもきっと……いや、あいつは知ってそうだな。そういう場面も小説で詳しく書いてたし。うわ、なんか謎の敗北感……。


「ええー……」

「ななせ……」


 ただ事実を述べていただけなのに、何故か親友二人がファンディ湾の干潮時(かんちょうじ)ぐらい引いていた。おい、なんだその可哀そうな人間を見るような目線は。別にこういうのは二人の問題なんだから、いいだろゆっくりでも。いや、二人も何もまだあいつとどうこうなっているわけではないのですが!


「あのね、ななせ」


 なんか麗優の声がダメ息子を(さと)す母ちゃんみたいな口調になった。


「確かにね。ななせは美人だよ。自覚はないみたいだけど。けど、あんな優良物件(ゆうりょうぶっけん)、早くしないと売り切れちゃうよ?」

「え?」


 私は、私より圧倒的な美人な麗優に美人と言われ、驚いた。のではなく、いや、それもあるけれど、それ以上にもっと聞き捨てならない台詞が聞こえてきて目を剥いた。え?いま、なんて?


「あいつが、優良物件?」


 幽霊物件の聞き間違いでは?ほら、あいついっつも呪詛呟いているし。が、信じられないことに、幽霊ぐらい信じられないことに、どうやらそれは聞き違いではなかったらしく、


「うん」


 と麗優は頷く。


「若干根暗な感じだけど、頭いいし。誰にでも勉強教えてくれて優しいし。線は細いところあるけど、そこが王子系って感じで良いって子多いよ」

「いや……あれは線って言うより単なる棒人間(ぼうにんげん)だと思うけど」

「なんでななせは好きな人に対する評価がそんなに辛辣(しんらつ)なの?」


 いやいや麗優どん。あんたは実情を知らないからそんなことが言えるんすよ。一度貸してあげるから身を以って体験してほしい。


「ななせが本当に貸してくれるならそれもいいかもね。けど、まあ、だからそんなわけでたぶん大丈夫だとは思うけど、狙ってんなら早めに引き金引いといたほうがいいわよってお話。恋愛は基本早い者勝ちだから。……そういえば、ななせ。球技大会の種目って何選ぶか決めたの?」

「え?話の道筋、いろは坂過ぎない?」


 急カーブ過ぎるだろ。振り落とされるかと思った。いや、まぁ、一応、テニス選ぶつもりだけど。


「ふうん。西条君も一緒なの?」

「……一応」


 おい、何だその顔は。今時狐でもそんなに目を細めないぞ。


「ごめんごめん。けど、それじゃあ丁度いいんじゃない?」

「何が?」

「テニスってダブルスしかないんだよ。しかもクラス対抗戦で、経験者は出場NG且つ男女ペアだけが出場できるの」

「へぇ、そうだったんだ」


 それなら初心者でも活躍できる場面があるかもしれない。約一名、絶望的なのがいるが……まぁダブルスだし、ペアが強ければ何とかなるのかな。……ってまさか!


「そういうこと。テニスのペアに誘うついでに練習も一緒にしよって誘ってきなさい。ほら、丁度西条君も来たしさ」

「ちょ、麗優!」 


 気付いた時には時すでに遅し。


 私は麗優に突き飛ばされ、いつの間にか席に着いてあくびをしていた西条の席へと放り出されていた。


 あの目……!くそ、覚えてろよ、女狐め。すぐに皮を()いでテニスだけにコートにしてやるからな。


「あ、おはよ。獅子ヶ谷さん。何か顔赤くない?大丈夫?風邪?」


 突き飛ばされた私に気付いたのか、早速西条が眠気眼をこすりながら話しかけて来てくれる。

 

 私はさっと笑顔を()(つくろ)って、


「あ、うん、おはよ。西条。別に、大丈夫。ちょっと怒り狂ってるだけ」

「それ全然大丈夫じゃないと思うんだけど。むしろ俺も大丈夫じゃなくなりそうなんだけど」


 西条は突然かっとんで来た私にも嫌な顔一つせず、いつも通り、例の誰にでもフラットな調子で返答してくれる。ふむ。こういうところが、こいつがモテる要因なのだろうか。あれ?でも、今気付いたけど、こいつ、さっきのあくびといい、なんか顔が少し疲れてるような?けど、調子はいつも通りっぽいし。まぁいい。それよりも先にテニスの件を片づけてしまおう(結局ペア組みたいのかよという野暮(やぼ)なツッコミはなしだ)。


「あのさ。前、球技大会の種目はテニスにするって言ってたじゃん。それ、男女のダブルスしか出場でき

ないって、知ってた?」

「あ、そうなんだ。知らなかった」

「そう、なんだよ。だから、さ。私と組まない?いや、嫌ならいいんだけど、さ」

「ああ、うん。いいよ。よろしくー」

「いや、無理なら全然いいんだけど……って承諾早いな!」


 こっちがどれだけ緊張したと思ってるんだこいつ!ま、まぁ、承諾してくれたなら話は早い。本番はこ

れからだ。私は一度、地球上の空気を無駄に吸収しまくって、


「あ、ありがと。それで、さ。放課後、空いてる日あったら一緒に練習したりしない?ほら、取材とかにもなるだろし」


 このミステリー狂人のことだ。こういう台詞をちらつかせさえすればまず間違いなく飛びついてくるだろう。それはもう、利権を前にした政治家のごとく。


 しかし、あにはからんや、


「あ、ごめん。しばらくはちょっと無理かも」

「……え?」


 ペア承諾と同じくらいの爆速で、今度は断られた。

 

 頭がホワイト一色になる。


 え?


 何故?


 ホワイ?


「えっと、なんで?あ、もしかして締め切り、とか?それなら仕方ないけど」

「いや、単純に家庭の事情。姉が季節はずれのインフルにかかちゃって。その看病しなくちゃいけないんだ」

「あ、ああ。そうなん。そか、お大事に」 


 なるほど。だから顔にいつもの覇気が無かったというわけか。いや、こいつに覇気はもともとあまりないのだが。


 しかし、そういう理由があるのなら、無理強いは決してできまい。


 結局。


 結局、それからはまたいつものようにてきとーに雑談を交わし、その後会話を終えると、私は日輪と麗優に手で作った三角のマークを送り、席に戻った。


 ペアは組んでもらえたが練習は無理だったと言う合図だ。

 

 やがて担任が入ってきて、ホームルームを開始した。


ご一読ありがとうございました!続きもよろしければご覧ください!ツイッターもよろしければフォローお願いいたします。@hinicchii

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