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「いやー、ありがとね。獅子ヶ谷さん。付き合ってもらって。助かるよ」
「ふんっ!別に!先輩に言われたから仕方なくだし!てか、一人で来てたってことはもともと一人でやるつもりだったんじゃないの!?だったら私、邪魔だったんじゃない!?」
「いや、そんなことないよ。結構助かる。やっぱり球技って相手がいてなんぼなところがあるし。流石に一人じゃあ、道具の使い方とか、そういうリアルな描写ができるようになるぐらいだしね。種目決めも難航しそうだし……ていうか、獅子ヶ谷さん。さっきから顔と台詞の声のトーンの落差がイグアスの滝くらいあるんだけど……表情はすんごい暗いのに、声だけすごい、なんかまるで別人が乗り移ってるみたいに明るいっていうか……」
「別に!普段からこんなんだけど!」
「いや、普段からそれだったら流石にいま隣歩いてないと思う……」
休憩に入り、というか強制的に休憩させられ(なんやねんそれ)、五分後。
西条の指摘を華麗にスルーしつつ、私は西条と二人でいられる喜びと、先輩への怒りで内心感情をぐちゃぐちゃにしながらも、店内をジャージ姿で二人、うろうろしていた。
まったく。あの人はフリーダム過ぎる。
しかもいつの間に準備していたのか、さっき更衣室に行ったらちゃっかりジャージまで準備されてたし。
……いや、まぁ、ぶっちゃけて言うと、別にそれ自体はいいのだ。
むしろ家からバイト先まで着て来た私服を汗だくにしなくていいのは非常に助かる。
しかし、胸元に『中原中学』『2ー1』『水面』と書かれたゼッケンが貼られている、おそらくは先輩が中学の頃に着ていたであろうと思われるこのジャージ。
やけに、胸元が緩いように感じられるのは気のせいだろうか……。
……いや、やっぱりこの点についてこれ以上は考えるのはよそう。
考えるだけで胸が痛む。
おそらくは、JC水面先輩よりも小さいであろう、私の胸が。
私はジャージの裾を思いっきり引っ張りながら、
「それで、何やるの?というか、球技大会って種目何があったっけ?」
ぶっちゃけ、球技大会自体。そこまで興味があるわけでもないので、何やるのかもまったく知らない。今私が興味がある球は胸のボールだけだ。が、優等生の西条はきちんと調べてきているのか、指折り数えながら、
「バドミントン。テニス。バスケ。バレーだったかな。それで、自分が入っている部活、もしくは入ってた部活の競技に出場するのは禁止」
「公平性を保つためってことね。なら、西条は全部出れるわけだ」
「獅子ヶ谷さん、まさか俺を運動部になんて一度も入ったことない根暗運動音痴オタクだと思ってる?」
「……いや、そこまで思ってないし。被害妄想強すぎでしょ。単に仕事で忙しいだろうから部活に入ってなかったんだろうなって思っただけで……じゃあ運動部入ってたことあんの?」
「ない」
「ないんかい」
「おっとっと」
ツッコミの印としてちょっと肩ひっぱたいたのだが、それだけで西条はよろめいた。うん。これは運動したことなさそうだ。
「で、どれやりたいとかあるの?一応、ここならその四種目全部できるけど。道具はちょっと安物だけどね」
「店員が言っていいの?それ。うーん、まぁ、どれも小説のネタにはなりそうだけど、出場するならバドミントンかテニスかな。そっちを長い時間やって、あと他のはさらっとやりたい感じ……集団スポーツに出ちゃうと迷惑かけるだけだし……」
「んじゃ。近いし、バドミントンから行きますか……いま集団スポーツだと迷惑かけるって言った?」
「言ってない。オレ、スポーツ、ダイトクイ」
「あ、そう……」
私が相槌を打つと、「よーし、今日も一日頑張るぞい!」とかどっかの紫ツインテみたいなことをわざとらしく言って、先を歩き始める西条。
うーん。どうしよう。あの棒読み、なんかゲームとかで魔王討伐した後の勇者の「ようやく終わったな……」という台詞並みにフラグにしか聞こえない。
い、いや、まぁ、今時そんなお約束めいた展開を展開するやつがいるわけないか。それにこいつは小説家だ。ありきたりを外すことに全力を捧げているような奴のはず。大丈夫。きゆーきゆー。
……しかし、流石は予想を裏切ることにかけては天才的な小説家という生き物。
五分後。杞憂どころか、急を要するような、そんな、甘い展望の展開を撤回したくなるエンディングが待ち受けているとは、この時のは私は夢にも思っていなかった。
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